第二百十八話:ゼルオラ失踪・Ⅰ
「どうしてこんなことに……」
ルベリは周囲を多数の兵に囲まれながら思わずボヤいた。
彼女が思い出すのはこの状況に至るまでの経緯だ。
オーガスタに滞在していたルベリ一行は数泊してから領地へと戻る予定となっていた。
最終日の前日、ゼルオラとの市場巡りも楽しみ後は帰るだけ――となっていたはずだが、とある事件が発生したために帰るに帰れない状況になってしまった。
その発生した事件とは、ゼルオラ・リビアンが消えてしまった――というものだ。
(ゼルオラ……いったい、どこに)
消えた、とはいっても物理的に消失してしまったということではなく行方不明になってしまったという意味だ。
本来であればベルリ領へと帰還するルベリ達を見送るはずだったゼルオラ、彼女がいつまで経っても現れなかったのだ。
不審に思った二人がリビアン家の屋敷へと赴くと、門の歩哨から話を聞くことが出来たのだ。
ゼルオラが朝からどこにも姿が見つからず、大騒ぎになってセオドールらが探しているというものだ。
流石にその状況を見過ごして帰るというわけにもいかず、屋敷の中に案内されたルベリ達は彼女の捜索を手伝おうと打診しようとしたのだが……その結果がこの有様だ。
「これはどういったことかしら? 説明をしていただける?」
待ち構えるように立っていたセオドール。
剣呑な雰囲気を纏い、急に現れた兵たち。
彼らに囲まれている状況に苛立たし気にオフェリアは尋ねた。
「……お嬢様はどこだ」
「いったい何を言っているのか全く意味がわからないのですが?」
「とぼけるな! お嬢様は貴様たちと共に街に言った後から様子に異変があった。貴様たちが何かをしたのだろう!」
「――貴様たち? たかが男爵家の家宰風情が私やベルリ子爵相手に随分な物言いですね。それにこの対応……身の程を弁えるべきでは?」
オフェリアは周囲を囲まれている状況にも微塵も気圧されず、悠然と笑みを浮かべセオドールを睨みつけた。
その傍らでルベリは冷静に状況を分析していた。
(これはどういう状況だ? 当主であるゼルオラが行方不明となって焦る気持ちはわからなくはない……けど)
セオドールに対するオフェリアを尻目にルベリは周り確認する。
完全に武装してこそいないものの武器を手に持ちながら彼女たちを囲うように兵は立っている。
ハッキリ言って異常な反応だ。
ルベリにもそれがわかった。
(この反応は……なんだ?)
オフェリアが言っているように爵位で上であるルベリや侯爵家の関係者相手にする態度ではない。
如何に当主が居なくなり動揺しているとはいえ、それで許される行為ではなかった。
少なくとも貴族社会の常識においては。
(こっちが小娘だから……ってだけじゃないなこれ。私たちを囲んでいるこいつらはリビアン家の私兵か? 私が居た時には見たことのない奴らばかりだし、それに魔導士と思われる相手も混ざっている。それも結構な数だな)
明らかにただの男爵家が持つには大きすぎる戦力。
私兵の方はまだ別にいいのだが、魔導士として思われるローブ姿の人影が複数というのはおかしい。
傘下に収めている魔導士の数というのは即ちその勢力の力そのもの。
どう見ても出来たばかりのリビアン男爵家が従えているにはおかしな人数だ。
(傭兵として雇った、にしてもそのための資金はって話になる。となるとやはりこいつらは男爵家というよりも、その後ろの――)
などとルベリが考えている間にも話は進んでいたのだろう、セオドールが声を上げた。
「貴様たちがお嬢様を……喋らないというのであれば手荒いことになるかもしれませんぞ?」
「だから、リビアン男爵のことなど知りません。こちらとしても待ちぼうけを食らったのでこちらに伺っただけです。それをこんな非礼な対応をされるとは。それにその言葉――ペリドットへの布告みなしていいのでしょうか?」
ピリピリとした空気が周囲を満たす。
その中で務めて冷静にルベリは振る舞うことにした。
「一先ず、話を整理しましょう。我々は「見送りに行く」と約束されたゼルオラがやってこなかったからこうしてこちらに伺った。先ほどのオフェリア様の主張と同じですね。そして、そちらの主張はいかかでしょうか。どうして我々がゼルオラ様をかどわかしたなどと?」
「お嬢様が消えたのは朝だが前日の夜から様子がおかしかった。「食欲がない」といい寝室に閉じこもってしまい」
「そして、朝にはどこにもいなかった……と。それでキミたちは私たちが前日の市場巡りの際にゼルオラ様に何かを吹き込んだ、あるいは何らかの手段で誘拐した――と考えていると?」
「ああ、そういうことだ。そうに違いない。でなければ――「ですが、私たちはここに来ています」……それは」
「私たちの陰謀によってゼルオラ様をこちらの手に確保したというのであれば、こうして二人で乗り込んでくるというのは不自然ではありませんか?」
「それは」
「ゼルオラ様の行方に関して私としてもとても心配しております。故にその捜索のお手伝いをさせてはいただけないだろうか?」
「ぬけぬけと……っ!」
ルベリの言葉に苦虫を嚙み潰したような顔になるセオドール。
その様子に彼女は分析を進める。
(あの表情、それに敵意……もしかして単に混乱しているからこんな凶行にはしった――だけではない?)
頭を動かしつつもルベリはにこりとした笑顔のまま、協力のための和解を求め片手を差し出した。
「貴様らはこちらのことを知って……」
「何のことでしょう?」
「……いえ、失敬しました。こちらの勇み足で非礼を」
「結局、こうして分かり合えたので良かったですよ。下手をすれば屋敷の外で待っているヘリオストルも交えた大規模な争いになるところでした。ひいてはそれは家としての対立にも繋がりかねない事態になるところでしたが……おさめていただきありがとうございました」
「はっ、いえ……」
にこやかに手を差し出すルベリ相手に気圧されたかのうような表情を浮かべつつ、セオドールは周囲の兵に目配せをした。
すると敵意に満ちた雰囲気はやわらぎ、囲んでいた彼らは少し下がり圧力は下がった。
とはいえ、囲まれていることには変わらない状況。
その中にあっても友好的に手を差し出した状態のままのルベリにセオドールは折れたように自らも手を差し出した。
「此度の非礼は」
「主を思う一心での出来事。水に流しましょう。それよりも今、大事なのはゼルオラ様の身です。居なくなったというのはやはり心配です。すぐに彼女を見つけなくてはなりません。なにか手がかりは?」
「それが全く。普段は入ることのできない私室の方も改めさせていただきましたがこれといって荒らされた痕跡もなく」
「つまり、無理やり拉致されたような痕跡は残っていなかった。となると自ら出てていったか……置き手紙のようななにかは?」
「そのようなものも全く」
「なるほど」
セオドールの言葉を聞いてルベリは考え込んだ。
そもそもが厳重に警備されていた私室に居たはずのゼルオラ、室内にも荒らされた痕跡がなかったとなれば誘拐の線は薄い。
となると自身で出ていった可能性だが、なにかしらの事情があって屋敷から離れる用事ができてしまったとしても、ルベリの知る彼女の性格からすると置き手紙の一つもないというのはいささか違和感を感じる。
「とにかく、私どももゼルオラ様の捜索に協力します。オーガスタの捜索は?」
「いえ、それがまだ進んでいない状態でして」
「では、手分けしてゼルオラ様のことを探しましょう。それでいいですね、セオドール様」
「はっ、了解いたしました」
ルベリの言葉に下がるセオドールを横目に、オフェリアは彼女の耳に口元を寄せて口を開いた。
「中々やる立ち回りだったじゃねーか。正直、急な事態についてこられず慌てているだけになるかと思ってたんだけどな」
「今も心臓がバクバク言っているよ。急に囲んでくるんだもん。……でも、兄貴だったらどうするかなって思ってさ。頑張ってみた」
「はっ、好きだねー」
「ちょっ!? そんなじゃ」
小声で抗議の声を上げるルベリの言葉を聞き流し、オフェリアは視線を鋭くした。
「……で? 一先ず、アイツらと行動を共にするってことでいいのか?」
「うん。あの慌てようから察するにゼルオラが消えてしまったのは事実だと思う。だからまずは彼女を見つけだすのが第一にって」
「……わかった。ただ、気をつけろよ。あいつら――やっぱ何かあるのは間違いないみたいだからさ」
「わかってるって」
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