第二百十七話:不穏の影・Ⅱ
「それで誰がいいと思う?」
「何がだ? 私は次の授業のための資料政策に忙しいのだが……」
「領主であるルベリが領地から離れている以上、俺様こそが今のベルリ領――そして、ベルリ家の全権を握った存在。そして、ニールはベルリ家の家臣であり俺様の言うことは絶対であると……」
「わかったわかった。それで?」
「話を聞いていなかったのか?」
「いや、聞いてはいたさ。侵入者がどうこうという話だろう? まあ、そういった者が送り込まれてくるほどにベルリ家の地位が上がったと証だと思えば……」
「そうではなくて歓楽街を誰に任せるかの話だが?」
「そこ……? いや、確かに話の最後に唐突に入れてきたけどそれ重要か?」
「責任者の認定は大事だろう? 何を言っているんだ?」
「とても不思議そうな顔をするな。バカにされている気がしてとてもむかつくから」
本日の業務を終えたディアルドはニールのところへと向かい相談をすることにした。
彼女は彼女で色々とやるべきことも多く忙しい身ではあったが――関係ない。
「責任者を誰にするかによって歓楽街の将来が決まるのだぞ?! いい加減に決めていいとでも思っているのか!?」
「私も多少は裏の世界に居た身だ。歓楽街というものを低く見るつもりはないが侵入者対策の方が大事じゃないか?」
「とはいってもだな、ベルリ領はヤハトゥの領域内、全ての事象が筒抜けとなる。最終兵器でファーヴニルゥも居るし、正直そこまで重く見ては無いのだ」
「最悪、力で潰せるという確信があるからこそ――というわけか」
「まあ、そういう感じだ。だが、歓楽街はそうもいかない。正直な、娼婦の方はあてがあるんだよ」
「……ほう?」
「王都に居た時の伝手もあってな。ほら、フランクリン伯爵家が潰れただろ?」
「ああ、正式に爵位剥奪の沙汰が下ったな」
「そこが問題なんだ。伯爵家はあんなことをしでかした家だが歓楽街の帝王と呼ばれるほどにそっちには顔が効いた。店の後ろ盾にもなっていたし直接的に関わっていた店もあったわけだが……」
「あの事件のせいで後ろ盾がなくなってしまったということか。なら、新たな傘下に……」
「となるのが普通だが……爵位剝奪になった経緯が経緯だ。王族の暗殺未遂事件となるとそうもいかない。伯爵の傘下という事うことは元をたどればギルベルトの派閥の傘下ともいえる存在だからな」
「下の人間は関わっていないと思うが」
ニールの言った通り、その大半はみかじめ料を払っているだけの関係なのが大半だ。
そもそも王都において誰かしらの貴族の勢力下について商売を行うことは普通のことではあったのだが……。
「だとしても関わりづらいのは確かだろう? 今の王都はクィンティリウスの影響下が強くなっていると聞く、その状況で下手に関わって不興を買うのだけは避けたい。だからこそ、色々と困っているらしい」
話によるとフランクリン伯爵家と関りが強かった店などはいくつか既に潰れているらしい。
娼館もその一つだ。
「そこでディアルドに?」
「全部が全部潰れたわけでもないがな。だが、今までのようにいかない。それで俺様に……というよりもベルリ家を頼ってな」
ベルリ領はオーガスタに代わり国の外縁部に位置する領地となる
当然、モンスターの生息域と隣り合わせになるわけでそうなると冒険者の需要というものが高まるわけだが娼館はそれらと相性がいい。
「冒険者については良くは知らないが……そういうものなのか?」
「ふーはっはっ! 冒険者と娼婦は一セットと昔から相場は決まっているだろうが物を知らない奴め」
「いや、別に冒険者は男性しかいないわけでもないだろう」
「安心しろ、ニール。男娼館も後でちゃんと作ってやるから」
「そういう話ではないが!?」
「あと別に女冒険者でも娼館には行くぞ?」
「!?」
「質の悪い安い娼館ならともかく、教育の行き届いている娼館の娼婦は知識や教養が豊富なことも多い。冒険者の大半は平民生まれだからな、そういったことに疎いものが多い。化粧の仕方とか自身の魅力をひきたてる服の選び方だとか、男の口説き方とか……」
「ああ、そういう」
「無論、伽の仕方とかも実技で――」
「言わなくていい!」
ディアルドの口を塞ぐようにニールは教材のために整理していた紙束を彼の顔面に押し付けて渡してきた。
褐色の肌でわかりづらいはずなのに一目見て紅潮しているのがわかるほど顔を赤らめている。
その様子を見てディアルドは一言呟いた。
「ふむ……やはり、貴様――初心か」
「ええい、うるさい! お前があからさま過ぎるだけだ! そういったことは……こう……貞淑にするものであって」
「その貞操観念の高さと子供が出来辛い体質のせいでエルフ種は数を減らしていることに危機感を覚えるべきだと思うぞ、俺様」
「だ、だからといってだな娼館など、娼婦など……ふ、不潔だ。いかがわしい……っ!」
「そう偏見を持つものではない。そりゃ酷いところもあるが王都のヨシワラ区の店の人間だぞ? あそこは基本貴族を相手にすることもあるのもあって教育の行き届いた娼婦ばかりだ。下手に相手を怒らせてでもして問題になったらことだからな。だから、それこそ、そこらの平民よりしっかりとした教養を身につけているんだぞ?」
「……むっ」
「どうしたって規模の大きな街をつくるなら将来的に必要になってくる。なら、今のうちに質の高いものを作っておくことは悪くはない。今なら教育を施された人材を恩に着せてこちらで引き取れるわけだしな」
「言い方……」
「あっちの元締めとの話は進んでいる。娼婦らをこちらが引き受けてその分の紹介料を払う形だな。仲介料で色々と取られたが……まあ、十分に元が取れる値段で交渉は追えることが出来るだろう」
「人身売買では?」
「ただの人材の紹介料を誠意として支払っただけだから……」
ジトッとした目で見てくるニールから視線を逸らしつつディアルドは答えた。
「はあ、全く。ルベリ様にあれだけ怒られていたというのにその裏で話を進めていたんじゃないか」
「ふっ、そう褒めるな」
「褒めてない。それで? 責任者を誰に選ぶか悩んでいるんだったか? キミがすればいいのではないか?」
「それも考えたんだがな。そうした場合、俺様は自分の理想の歓楽街を作るために自身の全労力を注ぎ込んでしまうがそれでも構わないか?」
「いや、構うが? とても困るんだけど??」
「だろう? というかアレだ、ファーヴニルゥの教育に悪いというか」
「歓楽街を街に作る時点で教育に悪いと思うけど……まあ、そうだね。確かにキミが責任者になってしまうと必然的に彼女が関わる機会も多くなってしまうか。……それにしても大事にしているね」
「ああ、変な学習をされてしまっては終わりだからな。具体的に言うと良かれと思って寝床で押し倒されでもしてみろ、俺様は大人しく食われるしかなくなる。……腕力で勝てるわけがないだろう!」
「そういう……いや、確かに笑い話ではないだろうが」
「ファーヴニルゥのことは大事にしているがそれはそれとして俺様はロリコンとかそういうあれではないからな……精神的にも幼子だし」
愛でる対象にはなっても、そっち系の対象にはならない――というかなってはいけないだろうとディアルドはわりとそれなりに常識的な倫理観を持っていた。
「というわけで俺様は責任者になれない。誰か適当な人物をあてる必要があるな。どうするべきか……」
「ベルリ家が直接治めるってのは?」
「こういうのは裏で手綱を握っておくぐらいの方がいい。どうせルベリティアの中での出来事ならヤハトゥが観測できるからな。責任者に求められるのは上手く歓楽街をまとめ上げる力……」
などとディアルドは口にするものの、いい人物が思い浮かばないのか悩んでいる様子だった。
「ううむ、いい人材が思い浮かばないな」
「それにしても人が一気に増えてきたものだな。下位貴族が大量に来たかと思ったら次は王都の娼婦か……」
「政情の不安が原因だな。本来ならもう少し拡大には苦労するはずだったんが」
「人が集まることは良いことだ。活気があっていい」
「――とはいえ、良いことばかりでもないことも確かだ。これは先ほどヤハトゥに御触れを出させたことなのだがな、しばらくの間交易品として流れてきた魔導具の購入を禁止する」
「急にどうしたんだい?」
「実はな……」
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