第二百十六話:不穏の影・Ⅰ


 その日、ルベリが領地を離れている間に少しの事件が発生した。


「それで……何があった?」


 ディアルドが問いかけるとヤハトゥはすぐさま返答を行った。


〈回答します。――領地への不法侵入を試みた輩を発見致しました。場所は北西部の湿地帯です〉


「対処は?」


〈侵入者への対応規定301にて対処。偽装化魔導機兵ファティマによる襲撃によって退却をさせました〉


「よろしい。それにしても侵入者……か」


 彼は考え込んだ。

 ベルリ領はヤハトゥの力によって警戒態勢が敷かれている。

 彼女の指揮下に存在する魔導機兵を巡回させることによってルベリティアの外の領地も一定の監視体制が敷かれていた。


 今回の一件はそれに引っかかった二人組の侵入者が現れた、という話だ。

 ヤハトゥからの報告では迷って入ってきたわけではなく、明らかにルベリティアを目指して向かっていたことから侵入者と断定し対処にあたった――ということらしい。


(ふむ……どこからだ?)


 その報告を聞いてディアルドが最初に考えたのはそこだった。

 別にベルリ領――ルベリティアへ、こっそり侵入しようとしていた輩が居たこと自体、彼としては別に驚くべきことではなかった。


 むしろ、今の様な時世であればあって当然であるとすら考えていた。


(うちは労働力という意味ではそれほど切羽詰まっても居ないし、食料などの供給も万全だ。モンスターの脅威もなく、王国の外で手付かずの資源の眠った領土がある。つまりは余裕がある)


 だからこそ、ベルリ領は入れる人間を選べるという贅沢を行うことが可能だ。


 選別することで領地への移住者の質を確保する。

 それはつまり、弾かれた人間もいるということだ。


 そう言った人間がこっそりとルベリティアへと入り込もうとした――という案件は既に何件か起きている。

 まあ、ヤハトゥの目をごまかすという難題を達成できなかったため、その全ては発覚し追放されたわけだが……。


 それはともかく。

 そう言った出来事もあったため、最初報告を聞いた時ディアルドはその類のことだと思っていたのだが――


「それで相手はどんなやつだった?」


〈回答します。――相手は偽装した魔導機兵相手に数分ほど戦闘した後、撤退していきました。その動きを解析した結果となりますが彼らは明らかに何らかの訓練を受けているものの挙動でした、そして……〉


 曰く、これまでに選別を受けた人物の中に類似する人物は見つけられなかったとヤハトゥは報告したのだった。


「ふーはっはっ! なるほど、いつもの正規のルートで入れなかったから……という連中ではなく、最初から忍び込むことが目的だったと?」


〈――分析の結果、そのようにヤハトゥは判断を行います〉


「となると問題は侵入しようとしたか――だな」


〈――退却させるだけにとどめたのは間違いだったでしょうか?〉


「いや、ヤハトゥは決められた対応通りにやっただけだ問題はない。偽装の方は問題ないか?」


 偽装化というのは魔導騎兵ファティマという手札を知らせないために魔法で作られた自動人形ゴーレムに見かけだけを似せ、ディアルドは警邏をさせていた。


〈回答します。――外見は我が主が作り出した≪黒鉄人形アマンダイト・ゴーレム≫を参考に完全に模倣。外見から見抜くことは困難を極めます〉


「ふむ……」


 貴族にとって賜った領地を守ることこそは使命である。

 だからこそ、魔法の産物である自動人形ゴーレムを利用して領地を守らせよう、という試み自体は割と多くの貴族の領地で行われている試みではあった。


 とはいえ、余程の腕がない限り単純な命令しか行わせれないため、融通が利かず事故も多いのであまり成功した例は聞かない。

 だが、ベルリ領を守っているのはそれに外見を見せかけただけの魔導騎兵ファティマ――しかも、いざという時は遠隔でヤハトゥが操作を行うことも可能で状況に柔軟に対応することが出来るし、何よりも強い。



 事実、偽装を施した魔導騎兵ファティマはその侵入者の二人組を奇襲を仕掛けたとはいえ、追い払うことに成功している。

 ヤハトゥが分析するに何かしらの鍛錬を積んだ侵入者を相手にだ。



自動人形ゴーレムにあるまじき動きをして撤退させたらしいからもしや偽装に気付かれたかもしれないが――まあ、その程度は別にいい。問題はこの一件をどう分析するべきか)



(ベルリ領を知りたいのなら別に移住という手段を取らずとも冒険者や商人として訪れればある程度のところまでは見ることは可能だ。まあ、あくまでもある程度のところまでは――だが)


 ヤハトゥ曰く、今までベルリ領へ正規の手順でやってきた人物の中にも今回の侵入者らしき人物は見当たらなかったという。


(正規の手段でルベリティアに入ろうとせず、侵入しようとしたということは何かしらよからぬ目的や企みがあるのは明白。どこかの誰かがこのベルリ領を狙っている……――問題は思い当たる節があり過ぎることだな!)


 パッと思いついただけでも浮かんだ候補の数にディアルドは内心で溜息を吐いた。



(訓練された動きに撤退の判断も出来る……となるとただの野盗というわけでもあるまい。どこかの勢力や組織のひも付き。――誰だ? こっちにちょっかいをかけてきた両王子の手先……あり得る。連邦国の人間……あり得る。というかあいつらちょくちょくスパイを商人や冒険者たちに混じらせて送ってくるし。まあ、無難な情報だけ与えて満足させているけど……ああ、そういえばティタニア聖王国の秘宝をかっぱらったままだったな、ということはそっちの関係者もあり得る――)



 結論、多すぎてわからない。


「うむ、考えても答えは出てきそうにないな……。ただでさえ、このところベルリ領は注目が集まっている気がするというのに」


〈――注目、ですか我が主〉


「ああ、そうだ。俺様のベルリ領が素晴らしい領地になるのは当然であり、であるならばその名声がいずれ広まるのは必然ではあった。その想定で色々と進めていたわけだが……どうにも注目度の集まりが早すぎる気がする」


 両王子の争いが泥沼の様相を呈して来たこと、病に伏せている国王の不安定さ――下位貴族が生存戦略として積極的な動きを行うのはわかるのだが、その影響がベルリ領にまで直接的に及ぶとまでは思わなかった。


のお陰でそれなりに名は売れた自覚はあったが思った以上にな。少なくとももしもの時のための避難場所程度には目をかけられているとは……)


失敗したな、とディアルドは内心で舌打ちをした。

最終的に名を上げるのは決まっているが、それはあくまでまだ後の予定だった。



「だが、こうなってくるとなると……思いの外、早くなるのか? 第三勢力……――ともあれ、侵入者対策は再協議をしておくべきか」


〈――了解しました、我が主〉


「これから多くなりそうだからな。基本的によほど過激な手段にでも出ないのなら相手の目的を探りつつ適当に追い返しておけ、下手な問題になっても困る。それよりも対処しないといけない問題があるからな」


〈――例の案件ですね〉


「ああ、解析の方はどうなっている?」


〈回答します。――かなり特殊な術式構造になっているので解析には時間がかかりましたが今の時点でおよそ70,08%の解析に成功しています〉


「術式の解析、および取り込みに成功したら次は速やかに指示したことを頼む。最優先事項として行ってくれ」


〈――了解しました〉


 ディアルドは更にはいくつかの指示をヤハトゥに出すとだらけきった様子で執務室の椅子にもたれかかった。

 ルベリがいつもは座っている椅子に我が物顔で座りつつ、領主代行は口を開いた。



「ルベリはいつ帰ってくるんだったか?」


〈回答します。――予定ではオーガスタで数日宿泊してからの帰還としていますので、ルベリティアへの到着は明後日となっています〉


「うーむ、迎えに行くべき……いや、いい気分転換にもなっているようだしな。それに歓楽街の設置――問題はやはり人員……、ルベリに土下座してまで権利をもぎ取ったのだ鬼の居ぬ間になんとやら……進めなくては」




〈――諦めませんね、我が主〉



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