第二百十五話:蒼い薔薇のペンダント・Ⅱ



「わっ、凄い賑わっている」


「へえ、本当ね」


「す、凄いですねー」



 結論から言ってしまえばルベリ達の市場への視察は許された。

 セオドールという壮年の家令は渋々とした態度であったがルベリは子爵家、オフェリアに至っては侯爵家の令嬢だ。

 実際はどのような立場の人間かはわからないが、表向きのセオドールの立場は男爵家の家令でしかない。

 ルベリ達が是非ともゼルオラと市場を見て回りたいと迫れば否といえる立場ではなかった。


 そうやって許可を貰い堂々と街を巡ることにしたルベリたち三人。

 セオドールらは同行を申し出るも、それに関してはオフェリアが一蹴した。


「前領主家が治めていた時はかなり治安の悪い区画もあったと聞きましたけど……」


「あー、その前領主家の没落の影響でそこと繋がっていたところも一掃されたんだよ。そのお陰で前よりだいぶ安全になっているって話」


「それに加えてベルリ領の発展に伴い、交易も盛んになってきたからこそ……か」


「それにしても良かったのか? 同行とか断って」


「別に危ないところに行くわけでもないのです。淑女三人の憩いの時間には不要でしょう」


 それに「いざという時は私が居るのですから問題はありません。不満があるというのなら私以上の魔導士を連れてくることね」と不遜に言い切って見せたオフェリアにルベリは笑みを浮かべた。


 事実、彼女は色位カラーの魔導士。

 それも最近は暇をあかせてエリザベスの指導も受け実力を伸ばしているとかで、将来的にはもう一段階上の魔導階級――王位キャッスルの魔導士も目指せる才覚があるとルベリは聞いていた。


 そんなオフェリアと同等以上の魔導士を急に用意できるはずもなく……。


「ゼルオラも楽しめなかっただろうし、ありがとうな」


 セオドールが同行者を手配すると言った時のゼルオラの曇った顔を思い浮かべながらルベリはそうオフェリアへと感謝を表した。


「きっと私だけだとうまくは出来なかっただろうし」


「べ、別に私はあからさまな監視などそばに居るのが不快だっただけです! 勘違いしないでくださいね!」


「そういうことにしておく」


 普段は揶揄われることが多いのでそのお返しと言わんばかりにルベリは頬を少し赤くしたオフェリアにそう返した。


「おい」


「地が出てるぞー」


 キッと鋭い視線が向けられたがルベリはその視線から逃れるようにゼルオラへと話しかけた。


「どうだ、ゼルオラ。ここらがオーガスタの中で一番大きな市場街だ」


「ひ、人が大勢います!」


「はは、確かにな。前に来た時よりもだいぶ賑わっているな」


「そうなんですか?」


「ここらでは一番大きな街だから賑わい自体はあったんだけどな。主に冒険者向けの品が多かった」


「少し前まではすぐそばに黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの縄張りがありましたからね。どこかの誰かさんたちが倒してしまいましたが」


「あはは」


「そうでしたね! 凄いです、ルベリ!」


「私だけの力じゃないけどな。まあ、そんなのもあって比較的安全になったことが大きいのかな」


「あとはルベリ領という交易地が出来たのも大きいのでしょうね。特に開拓領地ということで国からの減税措置を受けているので税も安いわけですし……あの領地で措置を受けているのはやはり詐欺では?」


「うちはまだ領地として再興したばかりの新興領地。だから仕方ないんだ」


 ジトっとした視線を向けてくるオフェリアに対しルベリは悪びれもせずにシレッとそう答えたのだった。


「強かに成長して大変結構……と言ったところですわね。まあ、それはそれはとして今のオーガスタはベルリ領への交易が盛んになった影響で賑わっていると――そういうわけですわね」


「へー」


「……知らなかったんですの?」


「あまり外に出ることが無くて。魔法の勉強ばっかりでしたから」


 周囲をしきりに物珍し気に見渡しながらゼルオラは言った。

 その様子から察するに本当にこういった場所に出かけること自体が初めてらしい、人の多さに面食らっている。




「そっか、じゃあ色々と見て回ろうぜ。私も領主になってからはオーガスタの市場に行くことが難しくなってさ。実はワクワクしているんだ」


「はい! よろしくお願いします。ルベリ、それにオフェリアさん」




 三人はそれからというものの思うままに市場を見て回った。



「これは焼き菓子ですか? とても長いです」


「あっ、これ兄k――じゃなくてディアルドが買って来た土産の中にあったな」


「煙突焼きね。ほら、煙突のように細長い形をしているから」


「ああ、なるほど。へー、面白いですね」



「あっ、魔法薬のお店ですね! うわー、凄い色々ある」


「へえ、魔法薬には私結構うるさいですよ。ふむ、これは偽物……こっちは……品櫃が悪いわね。あら、こっちのこれって……この刻印は――これ二つ買ったわ」


「魔法薬かー、あんまり詳しくないんだよな。大まかなことしか知らないっていうか」


「あら、そうなの? なんともご機嫌な名産品を作っているというのに? いやらしい」


「あれはディアルドが勝手にやったことだから! 私は悪くないもん!」


「いやら……?」


「あー、うん。まだゼルオラに早いかなって」



「わっ、見てください本がこんなにたくさん……っ!」


「本当だ。珍しいな」


「ええ、そうですね。古本も交じっているようですし、どこかの貴族の家が大量に処分でもしたのでしょうか」


「明らかに手間がかかってそうな装丁の本があるからな」


「これとこれ……あとこれも欲しいです!」


「本、好きなのか?」


「はい!」



「これは……なんでしょう?」


「あー、遺物屋だな」


「遺物屋……遺物というのは遺跡から見つかる古代文明のアイテムのことですか」


「それだな。遺物屋はそれを販売している。とはいえ、まともなアイテムなんてまずないけどな。ほとんどがよくわからない何かのパーツとか部品だったり、壊れて動かないアイテムが大半だったりする」


「そもそも貴重なものだってわかってるならそれ相応のところに売りに行ってますからね」


「それは……そうですね」


「でも、案外売れているらしぞ? 古風アンティークって言うのか? そういった雰囲気のあるアイテムが好きって収集家はわりと居るんだよ」


「確かに……この歯車のアイテムとか不思議な魅力を感じます。材質も見たことが無い。金属なのかな……?」


「結構見てるだけでも面白いんだよなー。それに偶に当たりもある」


「当たり、ですか?」


「そっ、売っているやつらも使い方がわからなくて壊れてると思って売りに出したら、買ったやつが使い方を見つけてさ。結構使えるアイテムだった……みたいなさ」


「へえ、面白いですね」


「まぁ、早々ないけどな」



 三人は赴くままに市場を巡り最後に魔道具を取り扱う店へと辿り着いた。

 簡易的に組み上げられた屋台の棚には所狭しとアイテムが並んでいた。


「わぁ、たくさん並んでますね」


「そうだな」


「……というか並びすぎですね。やはり――……」


「オフェリアさん?」


「これはどこから?」


「へへっ、それはちょっと」


 オフェリアがそう尋ねると露天商の男は曖昧な笑みを浮かべるだけだった。

 身なりは整っているがどこか怪しげな風貌の男だなというのがルベリの印象だ、まあこういった物を扱う露天商は大抵似たようなものだが。


「いえ、なんでもないです。いい機会ですからね、ここで買い溜めと行きましょう。どこぞから流れてきたものかは存じませんがありがたく。魔道具は貴重ですからね」


「目が本気だ。……私も一つ買って行こうかな」


「それじゃあ、私も。……うー、お小遣い使いすぎちゃった」





「――もしや、新領主のリビアン男爵でしょうか?」


「えっ、はい。そうです」


「お噂はかねがね。しかし、お噂よりも……」




 ゼルオラが店の品を見ながら悩んでいると店主である男が話しかけてきた。

 そして、奥へと引っ込むとある魔導具を持って来たのだった。


「お近づきの印ということでいかがでしょう。こちらを献上させていただけたら」


 そう言って彼がゼルオラに渡そうとしている魔導具はアクセサリーのような形状をしていた。



 



「そんな悪いですよ」


「いえいえ、こちらの魔導具は身につけていると病気を防いでくれるというものでして」


「へえ、凄いじゃない」


「私の気持ちと思って受け取ってくれたら幸いです」




「えっと、それじゃあ」




 店主の勢いに押される形でゼルオラはその魔導具――≪蒼薔薇のペンダント≫を受け取ったのだった。


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