幕間
外伝:一方その頃なベルリ子爵の一日・朝
ルベリ・C・ベルリの朝は早い。
〈報告します。――起床の時間です、司令官。新たなる一日の始まりです〉
「ふぁー、おふぁよぉ」
ヤハトゥの声に従って起きるとノソノソとベッドから起き上がりと着替えを始める。
ただの一市民、しかもどちらかといえばその中でも下の身分であった頃とは比べ物にならないほど豪華な部屋――というか、そもそも城住まいというだけで最初は気後れがしたものだったが、人間というのは慣れるものでいつの間にか何とも思わなくなった。
ディアルドがどこからか調達してきた豪奢なベッドも初めて寝た時はふわふわ過ぎて逆に寝付けなかったぐらいだというのに今ではルベリはぐっすりだ。
「とはいえ、もうちょっとサイズは小さくても良かったんじゃないかな……やっぱ」
〈回答します。――我が主曰く領主たるものなんでも大きいものがいいらしい、とのことです。機能性にも不足はないかと〉
「いや、威厳とか見栄とかそういうのが貴族的には大事って言うのはわかるよ? 勉強もしたしさ。でもベッドは別に関係ないんじゃないかな?」
〈回答します。――単純に城を少々立派に作った結果、寝室も相応のサイズになったのですがそのせいで一般サイズのベッドだけだと部屋の中が寂しいことになってしまうことを危惧したようです。本来なら調度品などで埋める予定でしたが質のいい大型の物はまだ購入が……〉
「ああ、そういう……。別に気にしないんだけどなぁ。兄貴って変なところに拘るよな」
ぶつぶつと呟きながらイリージャル産の姿鏡で身嗜みをチェックするとルベリは朝食へと向かった。
仮にも貴族の身分の人間がやることではないが城の厨房へと向かいベルリ領で取れた新鮮な野菜と卵、あとは交易で手に入ったパンを使って軽食を作ると食べ始める。
「んー、美味い。野菜や肉もいいけど、やっぱりパンだよなぁ。うちでも作れるようにならないかな」
〈回答します。――原料の生産自体は可能ですが現状では加工のための人材が不足しています。生産自体の準備は現在遂行中ですので人材次第と言ったところでしょうか〉
「うーん、そうだよなー。収穫すればそのまま食べられる農作物とは違うからな……ヤハトゥじゃ無理なの?」
〈悲観します。――我が主からは娯楽飲食物の生産については許可を取らないと実行してはならないことになっていますので……〉
「ああ、あれか。兄貴ってそこら辺もうるさいからな。……具体的にヤハトゥがパンを作るとしたらどんなパンを作るつもりなんだ?」
〈回答します。――それは勿論、効率的な栄養の補給と効率的な生産速度を第一に生産ラインを確保し……〉
「うーん、兄貴がダメだしするのもわかる気がするな……。いや、そういうのも大事だというのは私もわかっているけどさ」
ただ、ここはベルリ領だ。
ここまで来るのにそれなりの苦労はしてきたが一貫して食料にだけは困ったことが無いベルリ領なのだ、栄養価も生産効率もいいが美味しいものをルベリとしては求めたいというか……。
「――私も贅沢になったもんだな」
〈疑問を呈します。――何か言いましたか?〉
「いや、別に。それよりも食料の話で思い出したんだけど、うちって食料の生産って結構余裕あるよな? でも、商品としては売りに出してないよな」
〈肯定します。――我が主からの指示で現在、食料品に関する輸出は行っていません。主な輸出品はベルリ領近辺のモンスター素材となります。大量に保有しており現状使い道がないものですから〉
「それはまあ、いいとしてだ。でも、なんで食料もダメなんだろう?」
ルベリはもぐもぐと朝食を食べながら考え込んだ。
彼女の疑問に対してヤハトゥが答えようとするもルベリはそれを制し、うんうんと考え込んでしばらくして答えを出した。
「ここからオーガスタまでの道はまだ整備されているとは言えないから、単純に食料の運搬には不向きだから……ってのはあるかもだけどわざわざ禁止するほどじゃないか。うーん、あえて禁止する指示を出したってことはなにか理由が――あっ、わかった。前に言ってたな食料は軍需物資がどうのって」
〈肯定します。――正解です、司令官。現状、ベルリ領では今後の都市の発展、それに伴う人口の増加も加味した上でそれでも余裕がある生産量を計画的に確保しています。ただ、それを迂闊に広めてしまうと他の貴族の介入を招いてしまうだろうと我が主は推測したため、食料に関する輸出に関しては禁止事項としました〉
「やった、当たった! ……あれ、でも商人たちには見せていたような」
〈回答します。――言わば見せ札というやつですね。ベルリ領の力を誇示するには短い期間であの広大な農地区画を築いたことを見せるのが早かったので。彼らにはちゃんと食料に関する輸出は今のところ見合わせていると説明しています〉
「今のところ?」
〈肯定します。――今のところ、です。場所が僻地なだけにいざという時の備えて自給体制を崩したくないのでそのような方針であると伝えれば納得していただけました〉
無論、それは表立ってのことで裏ではベルリ領の食料生産能力を見て輸出に舵を切ればどれだけ儲けられるかは彼らとて考えただろうが、現状ではモンスター素材を格安で売ってくれるお得意様で、なおかつ領内の様子を見れば明らかに今後力をつけてくることがわかる相手と来たものだ。
「少なくともしばらくは変なことはしてこないか」
〈肯定します。――噂が広まること自体は避けられないでしょうが現状で利益を得られている彼らも下手に今は関係を崩したくはないはずです。貴族側はともかく〉
「そう言えばなんか王国内はピリピリしてるって話だったか。いや、一応ここも王国内だけどさ」
〈回答します。――貴族間の間で軋轢が生じる事件が度々起きているとかなんとか。交渉に来ていた商人たちも言っていました。どうにも派閥間における抗争が起きている模様でそのため軍備を整ているところも〉
「あー、何かそんなこと言ってたな。それでその軍備の一つに食料の確保もあるから豊富にあるうちに目が向けられる可能性があるってわけだ」
〈肯定します。――片方の派閥が目をつければもう片方の派閥の目もこちらに向き、協力を求めてくるか、あるいは妨害をしようとしてくるでしょう。表向きペリドット侯爵家と縁を深めているのであからさまではないでしょうが〉
「うへー、いやだなそういうに巻き込まれるの……。ああ、だからの禁輸の措置に加えて含みを持たせて伝えたのか」
ルベリは納得した。
禁輸措置の解除の含みを持たせつつ商人たちに益が出るように優遇すれば商人たちは実質的にこちらの味方といえる。
輸出を行う方向に舵を切ったならそれに一枚嚙む形で儲けられる可能性だって出てくるからだ。
それに現状、儲けが出ているのであれば下手に焦ってベルリからの印象を悪くする必要がないわけで……。
「よく考えているなほんと……。それにしても貴族間の派閥の抗争ね。兄貴たちは大丈夫かな」
もぐもぐと最後のパンの一口を頬張りながらルベリはぽつりと呟いた。
いつもの朝はディアルドとファーヴニルゥ、エリザベスは……まあ、徹夜をして朝起きて来ないことがよくあるので偶にだが、朝食を共にする相手が居ない久しぶりの朝に思わず――と言った風に零した。
〈――司令官、寂しいのですか?〉
「ち、ちげーし! ちょっと兄貴たちが王都で変な騒ぎを起こしてないかとか、その派閥抗争とやらに関わってないかとか、まかり間違ってもさらにややこしい事件にしてないか心配で……」
あまりに直接的すぎるヤハトゥの言葉にルベリは咄嗟に顔を赤らめて、照れ隠しに早口で喋るもその勢いは徐々に弱まっていく。
自分で言っておいて心配になってきた。
おおよそ、予定では七日ほど王都に滞在して帰って来るだけのはず。
はずなのだが――
「いや……いやいやいや、ない。うん、そんな問題を抱えてくるなんてそんな――……よし、飯も食い終わったし今日も一日頑張るか!」
深く考えるとダメのような気がしたのでルベリは考えを打ち切った。
ルベリ・C・ベルリの朝はこうして毎日ちゃんとご飯を食べて活力をつけることから始まる。
「さて、何かするか。今日の予定は?」
〈回答します。――本日も通常通り、この後は魔法鍛錬。昼は領内視察、午後は……〉
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