第百七十五話:ニール・Ⅴ
「ふーはっはっはァ! 凄いぞ、流石は俺様の従者にして剣! つまるところ俺様の見る目は確かであったという当然すぎる事実を再確認にしたわけだがそれはそれとしてよくやったな頑張ったな偉いぞー!」
「きゃー♪」
ファーヴニルゥの幼い身体を抱き抱えるとそのままくるくるりと回転するディアルド。
彼女からすればそんな速度などあくびが出るほどに遅いだろうに、とても喜んで楽しそうなファーヴニルゥ。
そんな二人の様子を眺めながらエリザベスはため息をついた。
こいつら本当に楽しそうだな、と。
別に特別なことがあったわけじゃない。
ニールの教会を後にし、宿泊している部屋に帰りついたところちょうど帰ってきた彼女と合流。
三人はそのまま互いの情報交換を行い――その結果ディアルドはこうなった。
それもこれもファーヴニルゥが持ち帰ってきた情報だ。
主に彼女が持ち帰ってきた情報は二種類。
まず一つ、ザハル商会を探った時の情報。
在庫管理用の書類や販売記録などなど、ファーヴニルゥが潜入し実物を見ることで記録し後で紙に書き写したものだ。
「なるほど、これを見る限りザハルは白に近いな。真っ当にベルリ領が流した正規品の
「ただ?」
「いや、この在庫……まあ、今は良いか。それはそれとしていい働きだ。ザハル商会は闇市とは関係していない――か、まではわからないが少なくとも裏に流した
「マスターの方はどうだったの?」
「ああ、俺様たちの方は見つけられなかった。大まかな場所までは見当がついているんだがあそこは街も入り組んでいるからな、それに……」
「教会の方に少し長く滞在し過ぎてね。彼が調子に乗って子供たちと遊ぶから」
「いや、エリザベスは大概討論に夢中になっていただろうが。って、まあ、それはいいとして――問題は……」
「うん」
「最後の黒い印の場所――フランクリン伯爵家の私邸か。そこにあったんだな?」
「そうだよ、大量の
「ふむ、ザハル商会からの購入履歴がないのにそれほどの数を確保できていたのなら真っ当なルートではまず不可能だな」
「となると、やはり?」
「ああ、フランクリン伯爵家は闇市場との取引をしているのは間違いないだろう」
ディアルドが喜んでいるのはその部分だった。
まず間違いなく、フランクリン伯爵家は裏の市場ルートとの繋がりを持っている。
その確信が得られた。
あとはそこから掘り下げていけば闇市場の物流ルートの実態を掴むのはそれほど難しいことではない。
彼が喜ぶのは当然でもあった。
ディアルドが王都に来た理由の一つの目途が立ったのだ、だからこうしてファーヴニルゥを抱き抱えて回っているわけで。
「それにしても思っていた以上の量だな。ある程度ためこんでいるは知っていたが……」
ファーヴニルゥから聞いた数は個人で嗜むにはいささか多い。
一体何のためにそれだけの数をかき集めたのか――とディアルドは考え、不意にエリザベスの顔を見た。
「ん? どうかしたかい?」
そう言えばこいつ、上手く嵌められてフランクリン伯爵家の跡取りであるジョナサンの婚約者になりかけてたんだよな、と。
つまりは何というか――
「……いや、なんでも」
「その顔は絶対に何かあるだろ。あといい加減に
「………怒らないなら」
「待って? 怒られるような内容なの?」
「恐らくは?」
ディアルドは恐る恐る
「この変態!!」
「変態ではない天才だ!!」
「えっ、なに? もしかして私って貞操の危機だったの? そりゃ貴族として生まれたからにはある程度覚悟はしていたつもりだったけどさ……なんてものを作るんだ、キミは!」
「誤解だ!? いや、確かにそういった使い方も出来なくはないが、用法用量を守って使えば子孫繁栄に寄与する素晴らしいものであってだな」
「え、エッチ! 君はその……とても卑猥だ!」
「……エリザベスって案外可愛いところが――よし、その魔法術式はやめろ。騒ぎを起こす気か!?」
「……?? ねー、マスターどういうこと?」
「「ファーヴニルゥにはまだ早い!!」」
「むぅ……」
ファーヴニルゥの不満そうな顔を尻目に少し落ち着きを取り戻したディアルドたちは話を続けた。
「それで……裏の流通に関しては洗っていけばいいとして、だ。もう一つの件はどうする?」
エリザベスが問いかけたのは例の刺客とその依頼人に関してだ。
今のところ、それについては今のところ有力な情報がない。
「常識的に考えれば今の時期にギルベルトを狙うような相手は第一王子の派閥か、その関係者が有力な候補となるだろう」
「そうなるよね。なら、これからは
「……まあ、それが定石となるだろうが」
「あっ、その件なんだけどさ。マスター、実は……」
とディアルドが考えていたところ、ファーヴニルゥが耳に口を寄せて話してきた。
それは彼女がフランクリン伯爵家で聞いた話のことだ。
「フランクリン伯爵が?」
「うん、息子のジョナサンってやつと」
「ふむ……」
隠密兵装術式を使用していたのもあり、あまり詳しく聞こえなかったが彼らは何かを話し合っていたらしい。
聞こえてくる内容も途切れ途切れで要領も得ないものだったが――
「明後日? ……いや、もう日を跨いだから明日か。そこで何かを?」
「するって言ってた。それが何かまではわからないけど」
「ふむ……」
ファーヴニルゥの言葉にディアルドは考え込んだ。
これは極めて重要なことであると勘が囁いていたからだ。
「明日に何かあるってこと? ニールもそんなことを言っていたような」
「ニール……ニヒルスもか?」
彼女言葉を聞きながら彼は熟考した。
エリザベスからニールの言葉を詳しく聞きながら……。
「明日何があるんだろう?」
「そのことについて検討はいている」
「本当? マスター?」
ああ、と彼女へと返しながらディアルドは思いをはせた。
明日、この王都である式典が行われる予定となっているのは第一王子――クィンティリウスの生誕祭だ。
「第一王子の!?」
「生誕祭?」
「……ファーヴニルゥはともかく、エリザベスも知らないのはどうなんだ?」
「興味がなくて」
「まあ、そんなことだろうとは思っていたけどな」
ディアルドはため息を一つ吐くと続けた、
「ともかく、明日は第一王子の生誕祭だ。毎年、かなりの規模の祭典となる。まあ、次期国王の生誕を祝す祭事だからな。それも当然といえるだろう」
とはいえ、流石に現王の身体に不予が噂されている微妙な時期だ。
毎年のような派手なものにはならないにしろ、第一王子としての立場を喧伝する機会でもあるわけだから存在をクィンティリウスからしてやらない選択肢はない。
それが明日。
そして、ファーヴニルゥがフランクリン伯爵家の私邸で盗み聞いた日にちとニールが警告した日でもある。
ディアルドはそこに予感を感じた。
「ファーヴニルゥ、ちょっと」
「なんだいマスター」
「明日はそれなり以上に面倒なことになりそうだからな」
そう言ってディアルドはファーヴニルゥへとあるものを託した。
「これって役に立つの?」
「さてな、役に立たなければそれに越したことはないが……全く、ちょっと顔を出しに王都に戻ってきただけでこれだ。ジークの奴が居ないことから薄々察してはいたが――何かが起こるとしたら、明日だ」
「めんどくさそうだね、マスター」
「俺様は振り回されるのが嫌いなんだ。とはいえ、こういった面倒事を放り投げておくと後で自らに返ってくるからな。ソースは俺様の天才的な人生だ。ファーヴニルゥも覚えておけー、世の中面倒だからって放っておくとより面倒事になることもある」
「ちゃんとやることも大事なんだね」
「ふーはっはっはァ! そうだな、ルベリへの土産話にはちょうどいいだろうさ」
そうしてディアルドとファーヴニルゥの主従は明日のための準備に費やし、当日の朝へ迎え――
エリザベスは忽然と姿を消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます