第百七十四話:ニール・Ⅳ


「つまりは……こうで……」


「いや、しかしこれだと……」


「私としてもそう思ったんだけどね。でも、ここを削除してここに新たに加えることで」


「ああ、確かにこれなら全体的なまとまりが」


「うん、そうなんだよ。術式がわかりやすくなる。まあ、その分その後の発展性という意味では苦労をしてしまうかもしれないが」


「基礎である下級魔法、発展形である中級魔法、そして特化した上級魔法……魔導士として大成させるならもっとちゃんと学ぶべきなんだろうけど」


「まずは一つ魔法を習得するのが意欲を維持するには大事だと――」



 等など、互いに意見を言いあいながらエリザベスとニール――いや、ニヒルスの二人は魔法陣を描いていた。

 どちらも真面目な顔をしながらもどこか楽しげな様子だ。


「ねー、もっと魔法見せてよー」


「さっきのキラキラしたの出してー!」


「動物さんがいい」


「雪を降らせてー」




「ふーはっはっはァ! 天才である俺様の魔法に心奪われるのは無理もないが順番を守って言うがいい! 一気に言われても困る!」



 そんな彼女たちの傍でディアルドは孤児院の子供と遊んでいた。

 とても全力で。


「……すまないな、子供たちの面倒を見て貰って」


「別に構うことはないさ。彼もなんか楽しそうだし」


 こうなった経緯は単純で彼女に返事を聞こうとしたところにちょうど子供たちが帰ってきてしまったのだ。


「訪ねてくる者なんて居ないからな、物珍しかったのだろうが……まさかあんなに子供の相手が上手とはな」


「子供の相手が上手というより、子供たちが彼の相手が上手というべきか」


 そして、興味をもったのか子供たちがディアルドに話しかけたのが始まりだった。



「よしよし、じゃあ次はこれだな――≪幻想境界ラビリンス≫」



 彼が子供たち相手に使った魔法は≪幻想境界ラビリンス≫、言ってい空間内にホログラムのように魔法を投射するだけのものだ。

 本来は自身の分身を作り出し、相手を翻弄させる≪影絵フェイク・シルエット≫というものをディアルドが改造したものらしい。


「凄いな」


「ああ、そうだね。幻を作り出す魔法というのはそれだけで高難易度になる。単純に一つの魔法術式に収めるのは情報量が多すぎるからだ。それこそ、自身の姿を複製させるだけならまだわかるけど」


「あれは全く違う魔法だな。基礎となっているものはともかく、完全に別の魔法となっている」


 彼が魔法陣を描いて魔法を起動するたびに幻想的な花畑が出たり、あるいは部屋の天井が夜空になったり、あるいはファンシーにデフォルメされた動物たちが周囲で踊るように遊んでいたりと楽しげな様子だ。

 子供たちは大喜びではしゃぎ、「凄い凄い、もっともっと」と次に出して欲しい幻をディアルドに強請っている。


 彼はそんな子供たちの様子にご満悦で機嫌が良さそうにリクエストに応え、新たに幻を作り出した。

 

 その光景を見ながらエリザベスは心底思った。

 異様な光景である、と。


 ディアルドは何でもないかのように次々と幻を作り出しているが、本来ならばこれはあり得ないことである。


 魔法の効果とは術式に込められた効果こそが全て。

 例えば一輪の花の幻を作り出す魔法があるとして、それと二輪の花を作り出す魔法は違うし、花の種類が違えばまた別の魔法術式が必要となる。


 魔法というのは案外融通が効かないものなのだ。

 そして、これらが幻惑系の魔法が高難易度であると言われる所以でもあった。


 攻撃魔法や防護魔法と違い、とにかく繊細で構成に気を使う必要がある……はずなのだが目の前の光景はその現実を否定している。


 次々と別の幻を生み出すディアルド……一般的な魔導士の常識と照らし合わせるなら、彼が元々とても頑張って複数の幻の花畑を出す魔法や幻の星空を出す魔法を習得していた――ということになるがそれはあり得ない。


 そもそもディアルドは子供たちのリクエストに応えて幻を出しているのだ。

 つまり、考えられるとしたら即興で魔法術式を改竄して魔法を起動しているということになる。


 ニールが驚きの目で見ているのも無理もないことだろう。

 あれは正直ズルいとエリザベスは常々思っている。


「驚くだろう? 魔導協会ネフレインが知ったら監禁させるだろうね」


「……ああ、いや。そこではなく……いや、確かにそこも驚きはしたがそうじゃなくて」


「ん?」


「あのような魔法の使い方をするのだなっと」


 焦がれるような視線の先では子供たちと楽し気に魔法で遊んでいるディアルドの姿。

 一瞬、何を言っているのかわからなかったエリザベスであったがニールが何を言いたいかを理解すると思わず苦笑してしまった。


「まあ、そうだね。あれってどう考えても実用性ないからね」


 王国において魔法とは力だ。

 敵を滅ぼすための力であり、王国を守るために必要な力であり、貴族が貴族であり続けるための強さの象徴。


 それ故に所謂戦闘用魔法こそが重視され称賛される。

 そう言った点で言えば≪幻想境界ラビリンス≫は完全に戦闘用ではない、ただの楽し気な幻を作り出すだけの魔法なのだ。

 元となった≪影絵フェイク・シルエット≫ならばまだ戦闘用に使えるといえなくもないが……。


「彼はそういうところあるからね。ただ遊ぶためだけに魔法を作ったり、魔法で農作業をやらせたり」


「ただ遊ぶためだけの魔法、か。……素晴らしい考え方だと思う」


「……いや、彼の場合単純に目立ちたがりだから派手な魔法を開発した可能性もあるか?」


「でも、楽しそうだ」


 彼女の行っている通り、ディアルドは心底楽しそうに魔法を使い部屋の中を幻想で彩っている。

 手を変え品を変え、子供たちへの優しさかあるいは自身のプライドのためかも知れないが……ともかく彼は工夫を凝らして魔法を使う。


 真っ当な貴族であるならば、魔導士ならば魔法を遊びで消費するなど唾棄するべき行為かも知れないが――



「キミのそういうところ、結構好きなんだよね」


「えっ?」


「なに、あんな魔法の使い方を見て私ならどう改良しようかなんて考える辺り……私も変わったのかなって思ってさ」


 エリザベスは魔法の研究、学問としての探求を好んでいる。

 そのため、正直なところ色々と学ぶ場に制限が多い今の王国の制度は気に入ってはいなかった。

 魔法に関しては開明的な考えるを持っているといえるがそれでも恐らく、ベルリ領で暮らし始める前の彼女だったらこんな感想は持たなかっただろう。


 きっとその無駄にすら思える技術の高さに関しては称賛をしただろうが、エリザベスはただ楽しむために幻を生み出す魔法に関しては恐らく何も思わなかったはずなのだ。


「うん、いいところだよベルリ領は」


「それほどか?」


「あそこは色々な意味で自由だからね。自由すぎるところもあるけど……きっとニールも気にいると思うんだ」


 彼女は改めてニールを誘うことにした。

 エリザベスは個人的に彼女のことを気に入っていた。

 子供たちの相手をディアルドが引き受けてくれたため、彼女と少し魔法談義をしてみることにしたのだがこれが良かったのだ。


 一口に魔導士と言っても魔法を単に手段として割り切り、既存の魔法術式を覚えるだけで満足する人間と学問として魔法を探求する人間の二種類が存在する。

 ニールは噂に聞いていた通りの後者に属する人物で独学らしいがエリザベスからしても感心せざるを得ない知見を持っていることがわかった。


 極めて端的に言えばエリザベスは話していて楽しかったのだ。

 彼女とは友人になれるかもしれない、きっとベルリ領で自由に研究に打ち込むのは楽しいだろうな、と素直に思ったからだ。


 だからこそ、エリザベス個人の感情を含めて勧誘をしたのだが、



「……すまないが」



 ニールの返事は否定の言葉だった。


「理由を聞いてもいいかな? 子供たちのことならたぶん彼は本当に約束を守ると思うよ?」


「そうではない。ただ……少し事情があってだな」


 すまなそうに言葉を濁す彼女の姿にエリザベスは追及を避けた。

 こちらを信じきれないから断った、という風には見えず本当に申し訳なさそうな顔をしていたからだ。

 事情とやらが気にはなったが下手に問い詰めるより一旦ここは引いた方がいいだろうと彼女は判断した。


 心変わりする可能性もあるし、それに今はニールの件にだけ集中できる状況でもない。

 なら、また日を改めて勧誘した方がいいだろう。


 そうエリザベスは考えて話を打ち切った。

 するとわざわざ出向いて勧誘してくれたのに期待に添えず申し訳ないとその一日、泊っていかないかとニールから言われた。


「どうする?」


「ファーヴニルゥとの合流は明日の予定だったからな。まあ、別に一旦帰ることもないだろう」


「えー、にーちゃん泊るの? もっと魔法見せてくれるの?」


「魔力だってただじゃないんだ。俺様の面白い話で満足していろガキどもめ」



「「「えー!」」」



「えー! ってなんだよ!?」


「懐かれてるね」


「そうだな。では、そういうことで……ああ、そうそう」


「ん、どうしたんだい?」


「いえ、お二人はベルリ領から来ているという話だがいつ王都を離れるのかと?」


「いつまで滞在しているってことか。そこら辺は正直彼次第なところがあるから何とも……帰りたそうにはしているんだけどね。ただ、まだこっちでの用件も残っててそれがどうなるか」


「……そうか」


 ニールは不意に視線を明後日の方向へと向けた。

 泊り客であるディアルドたちのための用意なのだろう、戸棚から食器を取り出すエリザベスの表情は確認することは出来ない。


「何か問題でも?」


「いや、そうだな。だとすると――一つ忠告があってね」


「忠告?」


「ベルリ領に居て最近来たばかりなのは知らないのは無理のないことだけどさ。明日からの王都は少し面倒なことになる。だから……そうだな、中央区には近づかない方がいいと思うよ?」


「中央区って大通りのある? それはまたなんで?」


「さあ、そこまでは……。ただ色々と人が集まるらしい」


「ふーん」


 何かお祭りでもあるのだろうか、とエリザベスは考えた。

 王都王都周辺はやはり王国内でも屈指の人口の密度を誇る、それ故に王都でイベントが開催されるとなると中々の人が集まってしまう。



 その忠告なのだろうと彼女は考えたのだ。



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