第百七十三話:ニール・Ⅲ


 王都アルバリオンの西区の一画にその豪邸は存在した。


 フランクリン伯爵家の私邸。

 王都とはそれ即ち、その名の通り王国の首都であり、そして王家の直轄領でもある。

 そのような場所にこれだけの豪邸を築くことを認められていることこそ、今のフランクリン伯爵家の権勢の大きさを示していると言えるだろう。


 伯爵家に相応しい物理的、あるいは魔法的な警備体制は如何に大きくとも一介の商会でしかないザハル商会と一線を画しているわけだが――




「さてとここがフランクリン伯爵家の私邸かー」




 ファーヴニルゥはそれを当然のように掻い潜って敷地内への侵入を成功させていた。

 壁を乗り越えて入り込み、手入れをされた庭園を抜けるとそこに目的な邸宅があった。


「隠密兵装術式……便利ではあるけどやっぱり制限が重いな」


 彼女はブツブツと呟きながら邸宅の侵入方法を探る。

 隠密兵装術式のお陰で姿を認識されることはないとはいえ、物理的な干渉をすればその痕跡は残ってしまう。


 例えばドアを開ければドアを開けるファーヴニルゥの姿を見られなくとも、動くドアのことは認識されてしまう――といった具合にだ。


 ザハル商会では従業員が頻繁に出入りを繰り返していたためか、一度中に入ってしまえばそれほど行動するのは難しくはなかった。

 完全にドアが閉まっていなかったり、動く従業員の後ろをついていけば簡単に部屋の中に入れたり。

 昼時だったのも良かったのだろう、従業員同士の会話や行き交う足音もあって多少の物音を気にする必要なかった。


 とはいえ、今は夕暮れ時。

 深夜と言うほどでもないがそれなりに日も暮れて人の出入りも少なくなり、そのせいで邸宅の一帯も物静かな雰囲気に包まれている。


 迂闊にドアを開けて中に入るのはやめておいた方がいいだろう、とファーヴニルゥ

は判断する。


「日も暮れて来たな……合流は場合によっては明日改めって話だっけ? うーん……」


 無理をするタイミングではない、というのは彼女としても理解しているがそれでもファーヴニルゥは成果が欲しかった。


「ここには間違いなく、何かがある」


 ザハル商会は王国内でもかなり大商家で特に王都での影響力は大きい。

 大小様々な商家とも付き合いも有り、王都での商品の流通を取り仕切っている。


 つまりは、だ。


 ディアルドが正式に売り払った叡智の紅雫イゼル・ディアドロップの大半はザハル商会の表の流通ルートへと流れていく。

 叡智の紅雫イゼル・ディアドロップは貴族向けに高く売れる商品で、王都ならば多様な貴族相手に売ることが可能。


 ならばそれは自然の流れであり、事実それはディアルドやヤハトゥが確認した流れだった。


 現状、正式に売り払った大半の叡智の紅雫イゼル・ディアドロップはザハル商会に流れている。

 無論、全てが全てと言わけでなく一部は地方へ流れり、色々と渡り歩いたりもしているようたが……まあ、それは今はいいとして。



 とにかく、ザハル商会には叡智の紅雫イゼル・ディアドロップがある。

 つまり正規の形で購入するのならザハル商会から買うのが自然なはずなのだが――何故か買っている記録もないのに複数の叡智の紅雫イゼル・ディアドロップを持っている存在が居る。



 それがフランクリン伯爵家なのだ。



「どう考えても当たり……となるとマスターたちが向かった方が外れ? いや、でもそうなるとそこの反応はどうなるの? うーん?」


 少し考えてみたもののディアルドと合流した際に改めて考えればいいかとファーヴニルゥは切り替えた。


「まあ、それはいいとして。どうするべきか」


 彼女からすれば確実に探れば何か出てくるのは間違いない。

 それを見つけることが出来ればきっとディアルドは褒めてくれるだろう。



「もしかしたらご褒美に添い寝ぐらい要求できるかも――やろう!」



 ファーヴニルゥの腹は決まった。

 となるとどういった侵入方法を取るかが問題となってくる。


「巡回の警備は……中までは入ってこないのか。となると音が出るのを覚悟で開けるか――他にどこか入れそうな場所ないかな?」


 全身の五感を研ぎ澄まし周囲を探るが……どうにも精度が悪い。


 それは隠密兵装術式を展開している弊害だ。


 単純に素体に付随する能力も規格外なファーヴニルゥであるが、基本的にそれに上乗せをする形で強化の魔法術式を普段から適宜使用しているのだが……今はそれが使えない状態だ。


 原因は単純で術式の処理普段が重いため同時に別の魔法を使おうとしても阻害されてしまう――それこそが彼女が愚痴っている隠密兵装術式の制限だ。


 この魔法を展開中、ファーヴニルゥはまともに


 そのせいで色々と動くにも制限が出ている。

 強化魔法が使えないため、筋力や運動能力などは素体のものに頼るしかないし、当然のように飛行することも出来ないので上の階からの侵入――というのも難しい。


「結構頼り切っていたんだね、僕って」


 最も魔法の強化が無くとも一般的な人間と比較しても驚異的な身体能力を持ってはいるのだが、それでも何となく心許ない気分になってしまう。

 こんなことは初めてだ。


「……今の状態でジークフリートと戦った死ぬな……」


 それは彼女の中でも例外存在としてカテゴライズされているジークフリートという規格外の存在を知ったからかもしれない。



 たぶん今の状態ではあの魔剣の一振りには対応できないだろう、と。



「まあ、その時は隠密兵装術式を解除すればいいだけの話なんだけど。次は絶対に勝つし。というか隠密兵装術式を展開しながら戦うなんてあり得ない想定……あり得ない想定だよね? 勘とかで切ってきそうだな」


 ディアルド曰く、理不尽の権化と言わしめるジークフリート。

 ファーヴニルゥがこういった形で自己の能力進化を図ったのはそれが原因なのかもしれない……彼女としては認めたくはないのだろうが。



「……うん、役に立って見せるんだぞ。僕」



 手を胸元に持ってきてむんっと決意を表現していると不意に声が耳に届いてきた。

 邸宅の中で何者かが喋っていた。



「……………め、失敗をして。これでは……――」


「……はない、重要なのは明後日の―――だ」


「……に……………か?」


「間違いない、だからこそ………例の……を必ず実行………必要が……。だというのに…………………………覚悟を………………」


「しかし、………。………は……」


「離れの蔵の………ある、例の――を使え。もう、あまり……がない……。私は――」



 ファーヴニルゥはそこで話の盗み聞きを辞めた。

 邸宅の中から誰かが出てくる気配がしたのだ。


(離れの蔵……か)


 別に隠れる必要は無かったのだが咄嗟に柱に隠れるとドアを開けて現れたのは先日、ディアルド諍いを起こしたジョナサンというフランクリン伯爵家の跡取り息子だった。

 彼は邸宅から出るとそのまま少し歩いた先にある、蔵の中へと向かった。


 一瞬、邸宅の中に入るか逡巡するも最終的には諦め、ファーヴニルゥはジョナサンを追った。

 するとしばらく蔵の中に籠っていたかと思うと出てきた彼の手には――


(――叡智の紅雫イゼル・ディアドロップ! 間違いない)


 ジョナサンが蔵の扉を閉める前に、彼女は見えないことを利用して滑り込む様に入り込んだ。

 中はかなりの広さになっており、一見するただ物が置かれた蔵でしかないが……



「――見つけた。これか」



 よく見ると床に切れ目が入っていた。

 ファーヴニルゥは当たりを警戒しつつも辺りを調べるとそれが扉であることがわかった。


 つまりは地下に通じるための出入り口。

 蔵の大きさと壁の厚さから、多少は音を立てて問題ないだろうと仕掛け扉を開けると彼女はその奥へと入っていった。




 その地下にあったのは――




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