第百七十一話:ニール・Ⅰ
「ここが例の教会とやらか」
「教会というか元教会だね」
男の案内のもと、二人がたどり着いたのは教会らしき建物が建っている場所だった。
教会らしき建物、とはその表現の通り面影だけは残しつつも経年劣化によって建物自体がかなりボロボロになっていたためだ。
「ふむ、築五十……いや六十年といったところか? 様式からして恐らく正式なものではないな。個人で建てた教会だったのか……まあ、どうでもいいか」
「ここに探しているニヒルスって人が居るのかな?」
「そうであって欲しいと思っているがな、さて――」
こうして教会までは来たもののどうやって尋ねるべきか、とディアルドが思案していると不意に入口の扉が開いた。
だいぶ傷んでいるのか甲高い音を立てながら開く扉の向こう側には一つの人影が……。
「……ここに何か御用だろうか?」
現れたのは美しい女性だった。
褐色の肌に銀の髪、そして何よりも特徴的な長い耳をした物憂げな表情をした美女。
ダークエルフ、と呼ばれる種族の彼女にディアルドは挨拶をするのだった。
「見ての通り、うちには何もないのだが……」
「ちょっとした用件がある。ニヒルスに、な」
「……ニヒルスが誰を指すのかはわからないな。ここにはそんな人物は存在しない」
「ほう? では、貴方の名前は?」
「私はニールです。きっと勘違いで訪れたのだろうな。だが、このまま返すのも忍びない――どうぞ、大したもてなしは出来ないが……」
そう言って教会の中へと歩き出したニールという名の女性。
だが、ふと立ち止まると徐にディアルドの方を向いて彼女は口を開いた。
「勘違いかもしれないが……もし」
「むっ、俺様か?」
「私とどこかで会いましたか?」
彼はその言葉に記憶を素直にたどる。
王都に済んでいたこともあるので、あるいはどこかの道ですれ違った可能性については否めないが――
「いや、無いな。……もしかして、これはナンパ? 俺様はナンパされたのか。なんという……罪作りですまない。逆ナンされてとても嬉しい」
「おい、婚約者」
「いや、私の勘違いならそれでいいんだ。それではこちらへ」
そういって再度歩き出したニールの後を追いかけるように二人は足を進めるのだった。
◆
「
「ふーはっはっはァ! 全く構わんぞ、むしろ俺様は好きなぐらいだからな」
「確か南部で愛飲されている飲み物だっけ? 飲んだことはないけど別に構わないよ」
教会の中は想定していたよりも綺麗な状態だった。
定期的に掃除をしているのかあまり汚れた印象もなく、所々に補修の跡も確認できる。
生活していく上でちょっとずつ直していっているのだろう、ただ外部までには手が行き届いていないだけで。
「ふむ、それにしても中に入ってみると案外悪くはない。今にも崩れそうな外見だったから正直なところ心配していたんだが……」
「来たときは酷いものだったよ。ちょっとずつ補修とか掃除とかをして今のようになったけど」
「大変だっただろうね」
「それなりには、ね。一人でやっていた時は確かに大変だったけど……」
「ふむ、孤児院か」
ディアルドがチラリっと罅の入った窓越しに外を見た。
そこには教会の裏庭で遊ぶ子供たちの姿があった。
「ああ、彼らの助けも借りてね。色々と手伝ってくれる良い子たちでね。本当に助かっている」
「学び舎のようなこともやっているとか」
「真似事のようなものだよ。私自身、それほど多くのことを知っているわけじゃない。ただ今後の彼らの助けになればと思って行っている」
「まあ、文字の読み書きや簡単な算術が出来ればそれなりにはやっていけるからな」
「ああ、そうだ」
「――他には魔法の使い方とかもか?」
「……何のことだ?」
「あまりまどろっこしいのは好かんからな。腹を割って話をする気はないか?」
ディアルドの言葉にニールはため息を吐いた。
自身の正体についてバレているという自覚はあったのだろう、どこか諦めたような表情になった。
「……頼む、子供たちは無関係なんだ。どうか彼らのことは――」
「待て待て待て! 何か誤解しているぞ!? いや、勘違いするのは仕方ないことではあるがな。別に捕まえようとかそういうことではない!」
「し、しかしだな……キミたちは私のことを知っているのだろう?」
「うむ、その上で――お前が欲しい、という交渉をするつもりでだな……」
「私が……? なるほど、つまりは身体をと……それで子供たちを守れるのならば――」
「違う、そうじゃない!」
「そんな……私の婚約者が相手の弱みに付け込んで身体を対価に差し出せだなんて」
「いや、ちゃんと説明しただろうが!? ここぞとばかりに揶揄おうと口を挟むんじゃな――待て! 覚悟を決めたような顔で服に手をかけるな! お願いだからちょっと待って!?」
閑話休題。
「な、なるほど……つまりは勧誘ということか? 私をベルリ子爵領に?」
「うむ、まあまとめるとそうだ。何なら単に引っ張るだけでなく、正式に任官してくれても良かったりするが……」
「に、任官……? わ、私が? 任官というのはそれはつまりベルリ家の家臣となると?」
「うむ、ベンチャー貴族であるベルリ家はとても人材不足だからな。努力次第で重臣職だって夢じゃないぞ」
「べ、べんちゃぁ? という言葉はよくわからないが……再興したばかりの家だから人手が足らなくて求めているのはわかった。だが、私にはそういった経験は――」
「問題ない。キャリアスタートのサポートだって勿論万全の態勢だとも。「お任せヤハトゥ様プログラム」を受講すれば基礎的なスキルについては習得可能。そのうちに慣れていけばいい。給金、待遇も応相談可能だぞ!」
「……う、うん? な、何を言っているのかさっぱりわからないが要するに慣れるまでの補佐はしてくれるということでいいの――か?」
「ふーはっはっはァ! 頭が柔らかいな高評価だぞ!」
「もしかしてわざと混乱させるような物言いをされているのか?」
「悪意とかじゃなく、単なるノリだから気にしない方がいいと思うよ」
「そ、そうか……しかし、私は見ての通り孤児院をやっていて子供の面倒を見ている身であってだな。いくら給金が良くても離れるわけには」
「待遇は応相談と言った! 何なら子供たちごとベルリ領に引っ越せばいい。教会が欲しいなら建ててやってもいいぞぉ! 子爵様から許可をもぎ取ってやる!」
「いや、別に教会が好きというわけでは……単に空いていたからで――ってそういうことではなく」
ニールはこほんっと咳ばらいを一つすると胡乱気な目つきでディアルドたちを見た。
警戒するような視線は最初からだが、更に疑いの視線も混ざっている。
「何というか話が上手すぎるというか……評価をされて悪い気はしないのだが。私は……ほら、亜人だぞ? 今の時世、召し抱えてもあまり良くは見られないだろうに私のような身は」
「うむ、同族が色々とやらかした結果、貴族から敬遠されていることは知っている。だが、逆を言えばその分、余計な紐がついてないと考えればむしろプラスであるといえよう。縁というのは時として柵にも変わるからな。場合によって良し悪しというべきか」
「えっ、あっ……うん」
「もうちょっと言葉を繕ってあげようよ。全肯定されて困ってるよ」
「いや、こちらとしては気を使ったつもりだったのだが……。まあ、ともかく亜人云々に関しては気にすることはない。子爵様も元々あまり居ない東部の出だからな、特に隔意があるわけでもない。他の領民も気にすることはない、些細なことだ」
「まあ、あそこだと確かに些細なことだろうね」
「そうなのか? 東部には行ったことが無くてだな」
「いや、東部だからというよりベルリ領はそれ以上にアレがアレと言うか。アレなところだからね。亜人程度では気にしないよ、みんな」
「アレとは?」
「……言葉で説明するのが難しい」
「とても不安になるんだが」
エリザベスの言葉にとても困惑した表情を浮かべるニールだが、実際彼女の言った通りダークエルフだからと言って気にする領民は居ないだろう。
ベルリ領においてその程度は誤差の範疇でしかない。
「ともかく、俺様たちが評価しているのはニヒルスの思想であり姿勢だ。つまりは魔法をもっと広めたいという考えだな。子爵はそれに大変強い理解を示している。元は革命黎明軍の一員だった者を領民にしているのもその証拠だ」
「その彼らから私のことを聞いたという話だったな……」
「ああ、大変優秀だと聞いてな。それでどうだろうか? 考えてみてはくれないか?」
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