第百七十話:捜索・Ⅱ


「もしかしてこの奥なのかい?」


「ああ、位置情報と地図の縮尺を勘案するとこの先だ」


 ディアルドたちはティルロ地区の奥へと足を運んでいた。

 一口に地区と言ってもティルロ地区にはかなりの広さがある。

 特に入ってすぐの場所では市民用の商業店舗が軒を連ねており、主な住民の居住地区はそれよりも奥にあるのだが、


 実のところ、その更に奥――言ってしまえば地区の端ともいえる区域にそれは広がっていた。


「……ここに来たことは?」


「いや、流石に初めてだな。噂には聞いていたぐらいだな」



 そこは所謂、貧民街という場所だった。

 王都の端の端、交通の便は悪く、そして人目に付きにくい区画ともなると自然とそうなってしまうのだろう。

 周囲の建物は傷んだものが多く、通路は荒れ、昼間から酒を飲み目をギラギラとさせた通行人が歩いていた。



「だが……なるほど、こう言ったところなら隠してあったとしてもおかしくはないな」


「確かにね。……あまりいい噂を聞かない場所だけど」


「まあ、こういう場所だからな」


 言ってしまえば吹き溜まりのような場所だ。

 栄華を極める王都アルバリオンであったとしてもこうした影は出来てしまうのは……世の常でもあった。



「……大丈夫かな?」


「まあ、問題ないだろう。ただの新参者ならいざ知らず、俺様たちは身なりの正しいここらでは珍しい存在だからな。下手に手を出してその後ろから貴族が出張ってきたら……と考えれば迂闊には手を出せない」


「なるほど、確かにそうだ。というか王位キャッスルの魔導士が何を言っている」


「杖は置いてきたからね。どうにも目立ってしまうから……だから不安なんだよ」


「いや、別になくても使えないわけじゃないんだから問題ないだろうがエリザベスの技量ならば」


「ダメだねぇ、やれやれ。そこは自分が守ってやるから安心しろ――とかだねぇ……」




「お前のことは必ず守ってやろう。命に代えてもな。――だから安心しろ、ハニー」


 キリッとした声でそうディアルドが囁くとエリザベスは頬を赤くして何とも言えない表情になった。

 そのことに彼は笑みを浮かべた。


「おっ、おう……よくそんなの真顔で言えるな、キミ」


「お前がちょくちょく揶揄ってくるからだ。全く……俺様は振り回すのは好きだが、振り回されるのは我慢がならない性格なのだぞ?」


「それは知ってるけど」


 ブツブツと呟く彼女を尻目にディアルドは辺りを見渡し、そして鼻を鳴らした。


「それにしても全く度し難い場所だな。光あるところには影があるとは言うが……ベルリ領ではこういうところが出来ないようにしなくてはな。俺様の国にはこのような光景は相応しくないからな!」


「俺様の国とか言っちゃってる……まあ、それはいいか。それにしてもなんでこんなところに?」


「ん? 理由なら言ったと思うが」


「いや、それは聞いたけどそれ以外にもありそうだなって。ほら、ここに来る前にバオと何か話していたじゃないか。その時に地図の方も見ていたから……」


「ああ、目ざといな」


 エリザベスの言った通り、このティルロ地区に訪れる前にディアルドはバオと話をした。

 彼には色々と頼みごとをしているが、用件はそのうちの一つのことだった。


「あれは何だったんだい?」


「ふむ……いや、隠すことでもないのだが――まあ、ファーヴニルゥには話してあるしいいか」


 そう言って彼は話し出した。

 この王都に訪れた目的の一つ……ニヒルスという人物の捜索についてだ。



「なるほど、ね。その人物をベルリ領に勧誘するために」


「うむ、今後のことを考えると優秀な人物は出来るだけ集めたい。特にニヒルスという人物は魔法には開明的な立場で教え広めたいと考えがあるらしい。実際に会って見ないと何とも言えんが、良さそうならば場を提供してベルリ領の魔法教育に携わって貰ってだな――」


「また魔導協会ネフレインが聞いたら怒りそうなことを……。それでその人物がこのティルロ地区に?」


「ああ、バオの話によるとだな。俺様としてはそこまでは期待していなかったのだが思わぬ収穫であった」


「こんなところに住んでるってこと?」


「まあ、今は距離を置いているとはいえ関わっていた組織が組織だからな人目を避けて暮らしていたと言われれば納得も出来る。それに……」


「確か亜人なんだっけ?」


「そういう話だ。……エリザベスは亜人については?」


「どう思っているかってことかい? まあ、特段「亜人だから……」みたいなのはないよ。人によって毛嫌いする人も居るとは聞いたことがあるけど。少なくとも私はそうじゃない」


「それはよかった。場合によっては魔法関係でエリザベスともかかわりが多くなるだろうからな」


「それにしても……そうか、亜人か。最近はめっきり見なくなったね」


「中央の方ではな。あんなことがあったのだからしょうがないといえばそうなんだろうが……。まっ、ともあれそういったわけもあって目立つだからな」


「情報を集めたらすぐに目撃例も集まったと?」


「そういうことだ。そこら辺の細かい情報をバオから受け取っていた」


 それがディアルドがティルロ地区の調査から始めることにした理由の一つだった。

 二つの用件を同時に済ませられるのであれば……それに越したことはない。



 とはいえ、



 その事実にを覚えないわけではなかったが。


「まあ、なんだそういったわけでこうしてニヒルスの方も会えればいいなと探しているわけだが……」


「会うための手段は?」


「それならば問題はない、バオ曰くそれなり有名らしいからな適当に聞き込みをすれば――もし、そこの方。少し話を聞いて貰いたいのだが……」


 そういうとディアルドは通行人の住民らしき人物を捕まえると話しかけるのだった。


 当然、最初こそ迷惑そうな顔をしていた相手だったが気やすく話しかける彼が金貨をこっそりと周りから見えないように渡す態度を一変させた。


「ああ、教会? この辺りで教会といえば一つしかないが」


「そこの場所を教えてもらいたいのだ。行き方も勿論」


「それは別に構わねぇよ。ここからそう遠くもないし……ただあそこの教会は随分昔に廃墟になっちまってるはずだが」


「それで構わない」


「そうかい? まあ、案内するだけでいいってんならこちらとしても助かるんだが……。一つ、いや二つか? 先に言っておくことがある」


「ほう? それはいったい」


「今の教会……いや、元教会か。その建物はそのまま廃墟になっていたんだが、だいぶ前から住み着く奴らが現れるようになってな」


「こんな場所だ。そんなこともあるだろう」


「まぁ、な。ボロボロに傷んでるとはいえ、一応雨風は防げるからな。ちょっと危ないとはいえ、勝手に住み着く奴が居ても……それほどおかしなことじゃないんだがな、その住み着いたやつってのがかなり変わっているっていうさ」


「変わっている……それはどんな風に?」


「奇特なやつで浮浪児とかを集めて一緒に暮らしてるんだよ。しかも、色々と教えてやってるみたいでそれで「先生」なんて呼ばれている」


 曰く、孤児院みたいなものをやっているらしい。

 その話を聞いてディアルドは確信を深めた、何故ならバオから聞いた話と同じだったからだ。


「身寄りのない子供相手に勉学を教えるなんて素晴らしいことじゃないか」


「さてな、いったいどういうつもりか……正直、不気味なやつだ。見てくれは良いんだがな、何を考えているんだか」


「聞いてみればいいじゃないか」


「やつは魔法が使える。魔導士ならそれこそどこでだってやっていけるだろうさ、それなのにこんなところに居る時点で怪しいだろう? それに何より――」






「――あの女は亜人だ」





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