第百六十九話:捜索・Ⅰ
「一つ聞いていいかい?」
「なんだ?」
王都アルバリオンの南に位置するティルロ地区。
そこをディアルドとエリザベスは並んでいた。
ティルロ地区は市民が大半を占めている地区とはいえ、別に貴族が入ってはいけない場所というわけではない。
かといって気位の高い貴族がわざわざ足を運ぶほどに何かがあるわけではないので貴族とバレれば多少奇異の目で見られるかもしれないが……生憎と二人はそれほど顔を知られている人間ではなかった。
ディアルドが王都に居た時代、大概やらかすのはむかつく貴族だったり裏の人間だったりだったし、エリザベスは引きこもり気味の研究肌の魔導士だ。
王都には人が多すぎるが故に知り合いにでも合わない限りは問題ないだろう。
それに仮に気づかれたとしても問題があることをしているわけではないのだ。
一応目立つことを避けるために落ち着いた服装をしてはいるが、それほど周囲を警戒することなく溶け込むように二人は並んでティルロ地区の中を歩いていた――最中にエリザベスは口を開いた。
「ファーヴニルゥを外した理由」
「アイツはダメだろう。何がと言えばあの容姿だ。俺様たちは服装さえ変えれば馴染めるだろうが」
「ああ、うん。彼女は何というこう……浮世離れしているからね」
ディアルドの言葉にエリザベスは納得した。
どうにも人知を超えた美を持っているファーヴニルゥは一目見ただけで高貴な、あるいは特別な生まれであるということを思わせてしまう何かがあった。
確かにこのティルロ地区には合わないかもしれない。
だが、
「じゃあ、重ねて聞くけど。もう一つ……他の地点の調査を任せたのは?」
「俺様が出来ると思ったからだ」
彼女が次に質問したのは何故ファーヴニルゥに――頼もしくも恐ろしさを持つ彼女に他の印の場所の調査を頼んだのかということだった。
「あいつも前までのあいつではない。どうにも戦闘力偏重では俺様の役に立てない時があるとヤハトゥと何やら相談をしていたからな。ふっ……可愛い奴め。愛でてやろう」
「ああ、それなら私も相談を受けたよ。確かに彼女の能力面的なことを考えれば可能ではあるけど……それはそれとして、彼女は不安定だろう? ディーだってその点に関しては気にして目の届く範囲においてた気がするけど」
「否定はせん。あいつは持っている力に比してその性根は童女と変わらんから……ただ癇癪が思いもよらないことを引き起こす――という可能性は低くはないだろう」
「だったら……まだ早いんじゃない? 一人で何かをやらせるのは」
「そうかもしれない。だが、そうじゃないかもしれない。あれは俺様が宝としたもの。俺様は宝は大事に保管して奥にしまっておくのではなく、常に磨いて美しさを高める性質なのだ」
「要するに可愛い子はあえて旅に出せて――的な?」
「そういう感じだ。俺様はファーヴニルゥを信じているからな、何の心配も……心配も……心p――……まあ、なんだ。もしもの時の為に宿屋の荷物はまとめてあるから問題はないだろう」
「問題が起こったら逃げる気満々じゃないか。それにしても普通に不安に思ってるんだね。でも、それを押し殺して信じているとか……何というか、キミって本当に――」
「誰が初めてのお使いに出してオロオロしているパパさんだとぉ!?」
「いや、言ってないけどぉ!?」
エリザベスは思わずは叫び返し、そしてため息を吐いた。
「全く君は何というか出会ってからそれなりに経つのに掴みどころがないというか」
「俺様は天才だからな。如何に俺様も認める才を持つエリザベスであろうとも理解が足らないのは仕方のないことだ。当然だと言ってもいい。自身を卑下することはないぞ?」
「うーん、この自身に対する肯定感……。というか前から言おうと思っていたけど私の方が年上なんだけど」
「そういうの俺様は気にしないから」
「いや、こっちは気にする……のか? うん、普段から自然になんか上からだから別段いつの間にか気にしなくなっていたな。最初は「コイツ生意気だな。でも機嫌を取っておいて損はないから気にしないようにしよう」とか考えてたんだけど」
「お前もお前でアレだな。思ってても言うか普通……」
「キミなら別にいいかなって」
「確かに俺様は天才だから普通の対応じゃなくてもいいか……ふっ、これは一本取られたな」
「それは全く関係ないけど」
「まあ、面と言われるのは珍しいが生意気だとかなんだコイツみたいな反応はよくあるからな。気にしないのが俺様だ。どこぞの王女は上級攻撃魔法をぶち込んできたし……」
「そんな過去があるならちょっとは反省しようとは思わない?」
「俺様が態度を変えるのではなく、世界が俺様に合わせるべきだと思うのだ。いや、マジで」
「うん、何というか本当に凄いね。なんというか……羨ましいよ」
呆れてものも言えないという風のエリザベスの口調。
だが、そこに混じったほんの少しの感情を察し――ディアルドは尋ねるべきか否かを悩んでいたことをこの機会に言うことに決めた。
「羨ましい――というのはあれか? エリザベス、お前が自身の父親に対して抱えているもの感情のせいか?」
「っ!? どういう……意味かな?」
「別に。会って話して見てわかったがお前の父親は貴族としてはダメだ。とてもではないが大成する素質はない」
「…………」
「だが、人の親としては余程真っ当だ。お前が真に言葉を尽くせば別段今回のような嘘をつく必要もなかったように思える。それは恐らくエリザベスだってわかっていたはずだ。恐らくは十分に」
「それは……」
「だというのにお前は回りくどい真似をしたな。それにそもそもからして実家とは距離を取ろうとしていた節があった。単に自身の自由が制限されるからだと思っていたが――どうにもそうじゃない」
パーティーの折、そのことに気付いたディアルドはエリザベスの様子をこっそりと観察していた。
最初は凡庸なるカルロスとで確執があるのかとも思っていたが、あの時折彼と話す際に現れる表情は――
「あれは――そうだな罪悪感、あるいは後ろめたさというものに近いように見えたな」
「……キミってさ」
「なんだ?」
「色々と無遠慮に踏み込んでくるよね」
「ふーはっはっはァ、よく言われる! まあ、俺様は天才だからな。無遠慮なりにもう一つだけ言わせて貰っておくが……思い悩むぐらいならもうちょっと欲張っていいと思うぞ」
「欲張る……」
「ちょっとした助言のようなものだ。詳しい事情までは知らんが――少なくと今のままでいいとも思って無いことぐらいはわかる。なら悩んで足踏みをするよりかはより良き結果を目指して足掻いた方がよほど健全だ」
「……動いた結果が良いものになるとは限らないだろ」
「だが、動かなければ何も変わらない。……いや、あるいは自らは動かずとも望んだ結果になることも稀にはあるだろうが――そういうのは結局長続きはしないものだ。欲するのなら自ら手を伸ばして掴まなくてはな」
「…………」
ディアルドの言葉に隣を歩くエリザベスはしばし黙ったかと思うとぽつりと呟いた。
「……聞かないのかい?」
「聞いて欲しいと頼むのなら聞いてやらないこともない」
「はあ、やれやれ……婚約者相手にそれは無いんじゃないかな? 男としてダメだよ、それ」
「誰が婚約者だ、誰が」
「王都に居る間はそうだろう?」
「誰のせいで……まあ、今更言ってもしょうがないことではあるがな」
「だけど、まあ――ありがとう。考えてみるよ。……それにしてもキミってこういうこともするんだね」
「なに……天才というのは気まぐれなものなのだ。気まぐれに人生相談的なものもだな――って何をする!?」
「何ってほら……婚約話っぽいことをしなきゃ。昨日の今日だしさ」
「言わんことはわかるが腕を組む必要は無くないか?」
「おやー、照れてるのかな……? ……ねえ、ちょっと近くない?」
「腕を組んできたのはエリザベスの方だぞ? 俺様を揶揄うなんていい度胸だ。いいか昨日はちょっと想定外の事態が多かったから少しばかし動揺しがちだったが、俺様には女に弱いなどという弱点はない。これでもそれなりに夜の店に遊びに出かけて――おい、脚を踏むな!? なんだ、急に!」
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