第百六十八話:謀・Ⅲ
「さて、では具体的にどうやって探していくのかという話になるが……。それに関してはこれを見ろ」
ディアルドはそう言って地図を見せた。
それは王都周辺のもので何か所かに目汁としてマークが描かれている。
「それが
「大体の地区まではわかるのだ、十分と言える」
「なんか、印に赤いのと黒いのがあるね」
「赤いのはあくまで一つの反応があった場所、黒は近くに複数の反応があったのを場所だ」
「赤いのは十数点、黒いのは三点……か」
「キミの言う通り、裏の人間が集めているのならここはその保管場所ということかな? 君はそこを時期を選んで調べるつもりだったんだろうね」
「まあ、な。今回はちょっとした様子見のつもりだったんだが……」
どうにもそういう流れではなくなった。
あと個人的に昨日は色々と振り回されてしまったストレスがディアルドの中で溜まっていた。
やられたらやり返さないと気が済まないのだ、彼は。
「刺客の持っていたものに
「何とも手間がかかる話だことだ」
「僕頑張るよ、マスター」
「ふっ、お前はいい子だなファーヴニルゥ。これで二対一だ、多数決の原理に従い俺様に従うがいい」
「ファーヴニルゥが居る以上、私に勝ち目がないじゃないか。まあ、いいけどね。ダーリンに付き合わされるのも婚約者の役目」
「お前、それやめろ」
ディアルドは得意げな顔をやめてげんなりとエリザベスへと言った。
「王都では私たちは婚約者同士なんだからいいじゃないか」
「昨日、急に出来た婚約者だがな」
「もう広まってるんじゃないかな?」
「流石に早い……とも言い切れないか」
貴族の間の噂の伝言スピードの速さたるや……それも恋や愛やらの婦女子らが好みそうな話題であることも加味すると、ディアルドが考えている以上の速度で広まっていても確かに不思議ではない。
それを考えると多少のアピールぐらいはしておいた方がいいのかもしれない。
ワーベライト家からのベルリ領への滞在の許可は、ディアルドとしては不本意な形ではあるが解決している。
とはいえ、あまり雑な対応をして疑われる余地を与えることもないだろう。
無難に王都を離れるまでそれっぽく合わせておけばいい、とディアルドは考えたのだった。
「まあ、ともかくそう言うことだ。片っ端から調べて刺客と刺客の依頼人まで辿り着く、王国自体が割れかねん内戦なんて御免こうむるからな……」
「それはそうだね。それでどうする?」
「刺客への手がかりもそうだが、裏の流通ルートに関わっている奴らを抑えるのも目的だ。まずは黒いのは確実に調べる。それと赤い方も同時進行で……」
「ああ、そのことなんだけど……ここ、ここのヴェルエイ地区の黒い目印だけどさ。ここってザハル商会じゃない?」
ザハル商会、というのは王国ではかなりの歴史を持つ商家だ。
王都に本店を持ちかなり手広くやっている大商家として知られ、その本店があるのがヴェルエイ地区だった。
「正規ルートでも売ったんでしょ? それならこれってその
「ああ、間違いないな。色々とベルリ領に商人は来たがどこも系列としてザハルと繋がりがあるからな」
「なら、別にあること自体は不思議じゃないよね。それでも調べるの?」
「無論だ、ザハル商会ほどの商会なら販売記録は作っているはず。それを入手できればどこのどいつに売ったのか丸わかりだからな」
「……そうか、刺客なんて送る相手だから持っていた
「そういうことだ。だからそこら辺も抑えておく必要がある。俺様が持っている情報もあくまでベルリ領から出る時にヤハトゥに頼んで一番最後の記録を見せて貰っただけだからな」
完全に飲み干してしまっては発動することは出来なくなるので反応はない。
全ての記録を持っているヤハトゥと連絡が取れれば色々とそこら辺も詳しく調べることも出来ただろうが。
「まあ、無いものは仕方ないから地道にやるしかないな。差し当たってどこからやるべきか……」
そしてディアルドたちは地道に一つずつ、場所をまずは確認することから始めることにした。
◆
「全部を調べるのに半日かかってしまったな」
「まあ、調べていることがバレないように街の散策を装って歩いて調べたからね」
「途中の屋台で買った綿みたいなお菓子美味しかった」
「あー、あれか。ならベルリ領でも作れるようにしておくか」
「ほんと!?」
「ああ、ファーヴニルゥは普段から頑張ってるからな」
「えへへ……」
「相変わらず甘やかすねぇ」
「甘やかしているのではない、褒めて伸ばしているのだ」
等と言い合いながら三人は大通りから逸れた場所にあった喫茶店で小休憩をとっていた。
一先ず、目印の場所に実際に近づいて遠目に調べた程度だがその情報をまとめていく。
「やはり複数の反応があった黒い印の場所。この一つはザハル商会で間違いなかったな」
「そして、赤い印の場所はその大半が王都に家を構えている貴族の邸宅があった」
「とはいえ、どうだろうな。どれも例の件に関わるにしては……何というか小者過ぎる気がする。爵位的に見てもな」
「関わっている話が話だからね。よほどの事情があったとか?」
「可能性はなくもないだろうが……」
詳しいことは昔の伝手も使ってみないとわからないが候補とあがった貴族の中には彼が王都に居た際に耳にしたこともある者も居た。
それ故の所感だがディアルドからすると仮にも王族へ刺客を送り込む――という手段を行うにしては少々小者のような印象を受けた。
刺客を使うということ自体、それなりのリスクを背負うものだが王族殺しは身の破滅と隣り合わせの所業だ。
果たして彼らにそれを実行できたのか……という疑問符。
(まあ、やむにやまれぬ事情があったとか彼ら自身も脅されて実行をさせられている――という可能性もなくもないか。背後関係を洗ってみないと何とも言えん。それよりも問題なのが……)
三つの黒い印。
その残る二つの印を追って調べた結果、ある事実が分かった。
それはそのうちの一つがフランクリン伯爵家の私邸であったということだ。
「これって……どう思う?」
エリザベスの言葉にディアルドは答えた。
「どう、というのは?」
「だからさ、複数の反応があったってやつ」
「それ自体は……まあ、おかしくはない。フランクリン伯爵家ほどの財力と地位があれば個人的にコレクション出来てもおかしくはないからな」
「まあ、確かにそうか。それにフランクリン伯爵家ってギルベルトをパーティーに呼んでたわけなんだから、当然派閥としては第二王子派閥なのは間違いないわけで……それなら刺客にギルベルトを狙わせるのはおかしいか」
「ふむ……それは――」
「どうしたんだい?」
「いや、まあ……そうだな。あくまでも軽く近くに行って調べた程度だから今のところ何とも言えんが――怪しいのはやはりここか」
「王都の南部の市街地……ティルロ地区ってところだね」
「ああ、さっき近くまで行ったらわかると思うがあそこは王都で働く市民の住宅街というか……まあ、そんなところだ。市民用の住居やら安い飲食店やら色々ある。市民用の小王都なんて呼ばれている場所だ」
「小王都……」
「あっ、大っぴらに言うと貴族の機嫌を損なうから気を付けるのだぞファーヴニルゥ。不敬だとか何とかで……まあ、別にそこら辺は良いか。問題はここは住民のほぼ全員が爵位を持っていない市民が利用している地区ということだ。対して
「これほど大量に集まっているのは……おかしいと?」
「それはそうだろう。明らかに不自然だ。不自然な場所に不自然な物、裏の流通ルートの一時保管場所か何かではないかと睨んでいるが」
現状ではまだ何とも言えない。
これ以上の考察をするのは天才であるディアルドとて情報がもっと必要となる。
「さて、どうするか……」
しばしの黙考の上、彼は決めた。
「俺様とエリザベスはティルロ地区を探ってみよう。そして、ファーヴニルゥお前は――」
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