第百六十二話:黄天の夜会・破Ⅱ


「うーむ、こんなことになるとは……」


「ふっ、私の為に争わないで――か。女なら一度は言ってみたい言葉の一つだけど、今の私なら言ってもいいんじゃないかな」


「おい、反省をしているか?」


「勿論だ。済まないなとは思っている。ああ、でも「エリザベスは俺様のものだ」と言われたときには不覚にもドキッとしたよ」


「お前があんなこと言うからだろうが」


「そんなに嫌だった?」


「嫌だろ、事実じゃなかったとしても。そう見られること自体が俺様のプライドに差し障る」


 自身の女を奪われた男として社交界で噂されるのはディアルドとして我慢が出来ない事柄だ、それを見過ごすぐらいなら厄介ごとになるとわかっていてもジョナサンからの決闘を受ける方がマシ……その結果が今に至るわけだが。


「それにしても決闘って何をやるんだろう。マスターとジョナサンが戦うの?」


「知らん。向こうが言ってきたことだからな。一応、決闘自体の作法はあるが今はパーティーを行っている最中だからな。正式な決闘というわけにもいかないだろう。……その方が俺様にとっては楽だが」


「へえ、言うじゃないか」


「剣であれ、魔法であれ真っ当に戦って王都の貴族の御曹司に負けるつもりはないさ」


 ディアルドとて上には上がいることは重々承知しているがそれでも負けるつもりはさらさらない、それこそジークフリートやファーヴニルゥなどの例外的な強さの存在が相手ならばいざ知らず。

 そして、ジョナサン・フランクリンはその例外に属する人間ではない。

 少なくともそれだけの力があるならある程度噂になってなければおかしいが彼はそんな噂など王都に居る時にも聞いたことは無かった。

 ディアルドが聞いたことがあるジョナサンの噂は女癖が悪いとか、夜に遊び歩いているとかそんな噂ばかり。


(真偽についてはどこまでが本当なのかわからないが……火のない所に煙は立たぬというしな。それはともかくとしてあのジョナサンの怒りっぷり、婚約話が破談になりそうになったのがそれほど腹立たしかったのか? いきなり決闘を申し込むとは)


 あくまで婚約話はエリザベスを陣営に取り込むための手段だったはずだ、それが失敗しそうになったからといってこんな強行的な手段を取ったとしても上手くいくはずがない。

 実際はそうではないとはいえ、例えば本当にディアルドとエリザベスが恋人同士でそれを無理やり引き裂いて婚約にまで持っていけたとしてもどう転んでもいい方向にはならないはずなのだ。


(そうなっても何とかなる自信があった。あるいは単に邪魔されたから怒っただけか……それが一番ありそうだな。確か結構女関係でトラブルを起こしたという話だし)


 実際、ジョナサンの行動はフランクリン伯爵家の行動というよりは彼個人の暴走に近いものらしい。

 なにせジョナサンが決闘を申し込み、ディアルドがそれを受けた後にすぐ彼の家の使用人らしきものが慌ててやってきて連れて行ってしまったからだ。


 こんなパーティーの場、しかも建前としてでもジョナサンの誕生パーティーに出席している者たちの前で彼は決闘を申し込んだのだ。

 フランクリン伯爵家の立場からすれば勝っても負けても利は薄く、かといって公衆の面前でやってしまった以上、今更撤回することも出来ないという事態に陥っている。


(うむ、この状況……真面目に誰の得にもならないだろう。やはりジョナサンの暴走とみるべきか。それはそれとしてどうなることやら、一般的な決闘の方法であれば剣か魔法だが)


 先ほども言った通り、その方式ならばディアルドは自身が負けることはないと思っている。


 だが、だからこそと考えていた。


 彼に向って決闘を申し込んできたジョナサンは恐らく気づいていなかったのだろうが、ディアルドは正体を隠しているとはいえ、それでもエリザベスと共に黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンを倒した猛者として知られているわけで……。


(少なくともあとから来た使用人の方は俺様のことを知っていたいたな。耳打ちされていたジョナサンの顔色が変わっていたからな……となると)


 ジョナサン達は決闘の方式を決めると言って一旦その場を離れた。

 一応、作法としては同意のもとで決定がなされるのだが……そこはそれ、エリザベス個人としての名声はともかく没落寸前のワーベライト家とディアルドに至ってはまだ新参と言ってもいいベルリ領の関係者でしかなく、貴族の一人としても認識されていない。

 王都においては相当の権力基盤を持つフランクリン伯爵家とは両者ともに雲泥の立場の差があり、対等とは言えない関係であるため向こうの出方次第であるためこうして待っているというわけなのだが――




「待たせたな。ではどちらが上か決めようではないか。この「黄天のオリビア」らしく……ギャンブルでな!」




 うわぁ、とディアルドの後ろでエリザベスが小さく呟いたのが聞こえた。

 彼としてもとても同意したい気分だ。


 パーティーの場で荒事はご法度だし、更に言えば急に決闘と言われてもすぐにそれっぽいものを準備できるわけがない。

 そう言った意味ではこのパーティーの会場を特性を生かしたギャンブルというのは悪くない方法と言えるが、それはこの「黄天のオリビア」が完全に第三者の立場だったらの話だ。


 「黄天のオリビア」はフランクリン伯爵家のものなのだから当然公平な勝負になるわけがない。


 それがわかっているからなのかジョナサンは自信満々の顔だ。


「趣向を変えているとはいえ決闘であることに変わらない。一度受けておいておめおめと引き下がるなどまさかしないだろうな?」


「…………」


「こちらが勝てば好きにすればいいが。負ければエリザベス様は返して貰おう。いいな、わかったな?」


「……勝負の方法は」


「なに?」


「勝負の方法――ギャンブルの種類はこっちで決めていいか? そちらが勝負の種類を決めたんだ、それぐらいは当然の権利のはずだ」


「ふん、構わないさ。なんでもいいぞ? スロットでもルーレットでも好きに選ぶがいいさ」


 ディアルドの言葉にジョナサンは余裕を崩さない、それどころか面白そうな顔をしている。

 既に詰んでしまっている状況なのにそれに気づいてもいない愚か者を見る目だ。


「で、ディー殿……これは」


「カルロス殿、任せてください。安心して見ていてください」


「し、しかしだね」


 心配そうに声をかけて来たカルロスにそう答えてディアルドはファーヴニルゥたちへと声をかけた。



「じゃあ、行ってくる」


「大丈夫なのかい? 負けられると困るんだけど。私だって伴侶はもう少し選びたいんだけど」


「問題はない」


「本当に? どう考えてもまともに勝負するつもりはないでしょ」


「どういうこと?」


「この施設自体がフランクリン伯爵家のものだからいくらでもイカサマできるってこと」


「ああ、そういうことか。ふーん、そういうのやるんだ。……マスター、やっつけていい?」


「やらんでいい、やらんでいい」


 彼女の紅玉のような美しい瞳に危険な色が帯び始めるのを見てディアルドは呆れるようにそう答えた。



「最初に言った通り問題はない。相手がそういった手段に出てくるのならこっちとしても気兼ねなくやりやすい。決闘に負けて女を取られたという不名誉は――あっちで引き受けてもらうとしよう」


「本当に大丈夫なのかい?」


「おいおい、会場に入る前に一度言ったはずだぞ? 俺様はここに出禁になっていると」


「ああ、そういえばそんなことを……ってまさか」





「――安心しろ、俺様はイカサマは使わん。ただ、少し……がいいから見えてしまうものはあるかもしれないがな」




 そう言って彼は勝負の形式にカードのギャンブルを指定し、会場中の注目を集めながら決闘に挑むことになった。


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