第百六十一話:黄天の夜会・破Ⅰ



「聞いてないんだが??」


「まあ、初めて言ったからね。とはいえ、もしかしたら途中で気づいているんじゃないかなーとは思っていた」


「えっ、なんで? 婚約者? ……なんで?」



 エリザベスが世迷言言った瞬間、一先ず平常状態を外見では保ちつつカルロスに一言ことわってディアルドは離れた。

 当然の如く、被告人である彼女も引き摺る形で連れて来て――そして、問いただした。




「どういうことだか説明しろ。大体の予想はつくがそれはそれとして」


「わかっているならよくないかな?」


「それはそれとして説明してほしい気持ちがあるのだ。俺様の気持ちの整理の為に。わかるけどさ、わかるけどさぁ……。もうちょっと、こう……事前に説明するとかあるだろ」


「驚かせようと思って。それがベルリ領の流儀でしょ?」


「ううむっ、そう言われるとちょっと非難がしづらい。クソっ、これも揶揄い甲斐の有るルベリが悪いのだ」


「ああ、うん。やっぱりそういう認識なんだね……。まあ、それはともかく。――言わなかったのは悪かったよ。ただ、ちょっと見栄を張って彼氏がいるって手紙に書いて咄嗟にキミの名前を使ってしまったのは何というか言うのが恥ずかしかったというか」


「なんでよりにも寄って俺様――いや、俺様しか居ないか」




 エリザベスが喋らなかった実家への秘策というのはこのことだったのだ。

 実家が求めているのはエリザベスが子供を作ることだ、それなのにあっちはふらふらこっちへふらふら……最終的には王国の外れのベルリ領へと赴いて帰ってこなくなった。


 それが問題だったのだ。

 要するにちゃんとした旦那さんを捕まえてワーベライト家を継ぐ子を作れるのかどうかということだ。


 魔法ばかりで男っ気のない生活。

 それをカルロスは非常に心配していた。


 そこで彼氏――いや、婚約も考えている相手でも居ればカルロスもベルリ領への滞在を長い目で見てくれるのではないかとエリザベスは考え、




 そして、今に至る。




「いや、まあ……確かに分かるがな。お前の父親はお前の気持ちを優先して悩むような男だ。確かに効果的ではあるだろうが……」


「……へえ、御父上が」


 エリザベスが何かを言っているがディアルドは内心で頭を抱えていた。

 さっきまでは自分は所詮は第三者の立場と高をくくっていたのに、いつの間にか彼は厄介ごとの中心にいた。


(エリザベスの手は有りと言えば有りな手だ。根本的な解決にはならないが時間稼ぎは出来る。何せ俺様は黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴン討伐でそれなりに名を馳せているし、それを除いたとしても現状伸びてきているベルリ領では相当に高い地位に居ることは知っている)


 昔はともかく今はそれほど力の弱小貴族のワーベライト、彼らからすれば変に利権が固まっていないベルリ領はそれなりの旨味が見えるだろう。

 フランクリン伯爵家は確かに上位貴族で庇護下に入れば安全かもしれないが所詮は弱小貴族、時と場合によって切り捨てられることを常に意識する必要がある。


(それならいっそのことエリザベスに深くベルリ領に根差した貰った方が――という考え方も一理はある)




 彼女としてもそれを突いたつもりだったのだろうが……。




(うん、これ――恐らく、エリザベスのやつジョナサンとの婚約話を全く知らないな!?)




 ディアルドは察した、これは面倒なことになってきたな……と。


 それこそワーベライト家に差し迫った状態でなければベターな手段ではあったのだろうが、残念ながら今回は厄介な裏がある。

 フランクリン伯爵家のジョナサンとエリザベスを婚約させたいという思惑だ。


 だがエリザベスに恋人がいるとなるとその話を進めることは出来なくなる。

 婚約話はまだ確定したものでなかったし、彼らとしても自発的なエリザベスの協力が必要なのだから彼女に対して強硬な手段を取ることはない。



 そう、あくまで彼女に対しては――だ。



「エリザベス、本当に彼のことを……」


「彼と共に魔法談義を行う時間は何物にも代えられません。至福の時間といえます。それにヤハトゥのサポートで生活を管理されて、イリージャルに残る研究資料を解読する生活を捨てるなんて私にはもう――」


「おい、本音が漏れているぞ」


「そうか、それほどまでに……。手紙にも書いてあったのがキミの気持ちなら私はそれを尊重しよう」


「御父上……っ!」


「なに私も妻とは恋愛結婚だった。フランクリン伯爵には悪いが……例の話は無かったことに」


「例の話?」



 こてんっと首を傾げるエリザベス、やはり彼女はなにも知らないのだろう。

 だからこそ、こんな事態になってしまったわけなのだが。





「ファーヴニルゥ、少し会場の様子を警戒しておいてくれ。いささか面倒な事態に――ファーヴニルゥ?」


「マスターが婚約、結婚、子供……僕は? 僕はどうなるの? 要らない?」


「待て、エリザベスのあれをそのまま信じるな。だから瞳孔が開いた目でこっちを見るのはやめよう」



                   ◆



「決闘だ!!」


「ええぇ……」



 ディアルドが止める間もなく、カルロスは会場に来ていたフランクリン伯爵の下へと向かい経緯を話しにいった。

 こういったことは早めの方がいい、というのは確かに正論ではあるのだがせめてこのパーティーの間だけは無難に済ませるとか他に方法は無かったのかと思わなくもないが。


(いや、どのみち無理だったか。恐らくパーティーの場で大々的に発表して外堀を埋めてからエリザベスを手中に収める手はずだったのだろうし)


 それをやられるとこちらとしても非常に困るため、結局この対立自体は必至だったのかもしれない。

 とはいえ、こうやって直接絡まれると面倒さの方が前に気分が出る。



「あれがジョナサン・フランクリン、か」



 傍にいるファーヴニルゥが呟いたように、ディアルドに向かって先ほどの言葉を投げかけてきた赤毛の男がジョナサン・フランクリンだ。

 彼よりも少し年上、話によると二十になったばかりの年の頃と聞く。

 貴族の子息らしく整った容姿をした男だったがその表情には怒りの顔が浮かんでいた。


 その理由は明白だ。

 慌てて後を追ってきているカルロスの姿を見れば一目瞭然である。


「ジョナサン様、お待ち……」


 彼の言葉など聞こえていないかのようにジョナサンは口を開いた。



「貴様がディーとかいう男だな」


「あー、如何にも私がディーだが……」


「どこの馬の骨もわからない男がよくも俺の婚約者フィアンセを奪おうなどと――」


 ディアルドは思った。

 それって言ってよかったのか、と。


 フランクリン家の中では半ば決定事項となっていたのだろうが、周囲の人間にとっては寝耳に水の話だ。

 ジョナサンに婚約者がいたなどと、更に言えばその婚約者が奪われようとしているなどと。


 下世話な話が大好きな上流階級の皆様方にとってこれほど興味深いサプライズな見世物はないだろう。

 一斉に会場中からの視線が集まるのを彼は感じた。


 当然、騒ぎが起これば会場に来ているであろうギルベルトの耳にも届く可能性があるわけで。

 

(しまったな、出来れば目立ちたくはないのだが……何か手を考えないと)



「エリザベス様もそれでよろしいのですか!? そんな男などよりも俺の方が……豪華な暮らしを約束しますよ!?」


「いえ、私には彼が居ますので。御父上、私は愛に生きます」


「愛……アイ? マスター愛って何だい?」


「そうか、あの研究ばかりの娘が立派になったものだ。亡くなった家内も喜んでいるだろう」



(――お前らちょっと黙っててくれないかなァ?!)



 そんなディアルドの悩みとは裏腹にエリザベスはここぞとばかりに恋人アピールをするために腕を絡めて来た。

 ジョナサンとの婚約話自体、初耳のはずだがおおよその事情は頭のいい彼女のことだすぐに察しがついたのだろう、積極的に破談させようともくろんでいる。

 そもそもベルリ領で好き勝手に魔法の研究を続けたいがために策を講じたエリザベスからすれば、王都の貴族の――それも次期当主の妻の座なんて言語道断に違いない、何せ好きに魔法の研究が出来なくなる。


 だから、こうして胸を押し付けてくるのはわかるのだがそれを見たファーヴニルゥの顔がみたこともない表情になっている。


 ジっと見つめている視線がディアルドはとても怖かった。

 わりと嫉妬深いというか独占欲の強い性格を知っているからこそ、どういった反応になるのかが予想がつかないのだ。


(というか大抵一緒に居ただろうが、何故エリザベスの虚言に騙されるのだ)


 概念としては愛や恋、夫婦や恋人などは知ってはいるはずなのだが所詮は情報でしか知り得ていないからこそかもしれない。

 ともかく、変なことをしないようにファーヴニルゥの肩をそっと抑えながらディアルドは改めて状況を確認した。


(エリザベスはギルベルトらのことまでは気づいていないからな。だからフランクリン家とゴタゴタになったとしてもそれで済むと思っているのだろうが、こいつらの裏にはギルベルトらが居る。王位継承争いになんて巻き込まれたくないぞ)


 彼はそう言った理由で全くと言っていいほどにやる気がなかった。

 どうにか穏便に事を済ませようと考えを巡らせ、



「ええい、やはり決闘だ! エリザベス様をかけて俺と勝負しろ!」


「あー、いや……そのだな――」




「……頑張れ、ここで負けると君は公衆の面前で彼女を寝取られた男になるぞ」




「――エリザベスは俺様のものだ! 奪おうというのなら容赦はせん! かかってこい! ……あっ」





 エリザベスが小声でつぶやいた言葉に思わず彼はそう叫んでしまい気づいた時には後の祭りであった。


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