第百六十話:黄天の夜会・序四
エリザベスに促されディアルドはカルロスと話をする流れとなった。
彼は本題に入る前に出来るだけディアルドの方からベルリ領への印象を良くしておいて欲しいという頼みだと察し、快く引き受けて雑談を開始することにした。
幸い、カルロスはよく居る気難しいタイプの貴族ではなく、むしろ人が良すぎるほどに凡庸な男だったので会話自体は苦にならなかった。
彼との雑談は上手く行っていた。
「なるほど、ベルリ領とはそれほどまでに発展を……」
「ええ、一度見て欲しいものですね。全てはベルリ子爵の非常に先見性の高い施策の賜物」
「それにしても魔法を使っての農業や建築などとは……」
「下賤な使い方だと?」
「いやいや、一度荒廃しきった土地を開拓するのは並々ならぬ労力が必要となるだろう。私には想像もつかない苦労だ。それを成し遂げるために取った手段を何故そんな風に言えようとか。それに魔法を使うことで領地が発展できるならそれはそれいいのではないかというのが私の考えでね」
「開明的な見識をお持ちで」
「よしてくれ。私自身大した使い手でもないから言えることなのだろうさ。昔からどうにも苦手でね、若い頃に諦めてしまった。あの時、諦めずに魔導士としての道を続けていたらきっと考え方は変わっていただろうさ」
「なるほど」
「だからこそ、エリザベスは私にとっての自慢の娘でね。私では到底至れない高みにあの年で至ってしまった。誇らしいやら少し寂しいやら――」
「…………」
いや、むしろ上手く行き過ぎるほどに上手く行っていた。
ディアルドは自身の社交性に自信を持っている人間ではあるがそれでも初対面で尚且つ顔を隠している状態、なかなか難しいのではないかと思っていたのだがカルロスは彼の想定以上に心を開いている喋っているように思える。
それに少し違和感を持たないわけではなかったが、打ち解けるに越したことはないかとディアルドは思い直すことにした。
「子を持つ親というのは色々とあるものですな。ところで一つ気になっていることがあるのですが」
「なんだろうか?」
「いえ、エリザベスとの再会をこのような場で行うことになったのかと疑問に思っていまして。久しぶりに会うのならもっと落ち着いた場の方が相応しいのではないかと」
「ああ、そのことか……」
「ええ、このパーティーはフランクリン伯爵家のご子息の誕生日を祝うもの。似つかわしくないのではないと思うのですが、今回は何故このような?」
そうディアルドは探りを入れるように尋ねた。
彼が気にしているのはカルロスとフランクリン伯爵家との関係だ。
それによっては色々と対応を考えておかなければならなくなる。
「実は……だな」
ディアルドのそんな視線に気づいているのかいないのかカルロスは顔をしかめ、そして手に持っていたグラスの水を一口飲んで唇を湿らせた。
その表情から何かしらの事情があってのことだと彼は察した。
しかも厄介ごとに分類されるものであると天才の勘が告げていた。
「――婚約の話を持ち掛けられていてな」
「……誰の?」
「エリザベスの」
「……誰との?」
「その……フランクリン伯爵のご子息であらせられるジョナサン様との」
咄嗟に額に手を当てて天を仰ぎたくなるのをディアルドはギリギリで抑えた。
(なるほど、そういうことか)
カルロスの一言でおおよその裏は推察することは出来た。
エリザベスはあれでも
(極度の魔法研究オタクだから実際は
次期国王の座を狙う二人の王子にとってその存在は決して無視できない存在だ。
何せこのドルアーガ王国が王国足りえる力の源泉は魔法だ、セレスタイトが生み出した王国式魔法の有用性があってこそ。
そして、その魔法を管理しているのが
故にこそ
(所詮は形式上の話だからな。自分たちに都合のいい方を支援する……というのはあり得そうな話だ)
実際のところ王家と
でなければ王家は直下の魔法騎士部隊である聖王騎士団をわざわざ作ったりはしない。
そして、
両者ともに表向きにはそれなりに取り繕ってはいるのだが……。
(いや、今はそのことは良い。要するにフランクリン伯爵家はエリザベスを取り込み来たということか。幸い実家のワーベライト家は弱小貴族と言ってもいいレベルだ。単純な家格などを考えれば圧倒的に上な上位貴族からの誘い、普通なら諸手を挙げて歓迎するところだが……)
ディアルドはチラリっとカルロスを見て尋ねた。
「その……それは既に決まったことなのでしょうか?」
「いや、あくまでもそういう話を受けただけだ。まだ決まったというわけではない」
どうやら本当に持ち掛けられただけらしい、とはいえ合意がないだけで流れ的にはそうなるのだろう。
話によると今日のパーティーに誘うようにカルロスは頼まれたらしく、その結果彼はエリザベスを呼ぶことになった。
「それは……」
「わかっている」
ディアルドはフランクリン伯爵家の意図を見抜いた。
わざわざ婚約相手のジョナサンの誕生日のパーティーにエリザベスが来るように仕向けたのだ、恐らくはなし崩し的に両者の結婚の話を進めようとするつもりだろう。
(ちっ、厄介なことになったな。単にエリザベスの実家への説得をサポートするだけのつもりが婚約話だと? しかも、相手はまず間違いなく第二王子派閥に近いフランクリン伯爵家の御曹司。面倒なことになってきた)
ため息をつきたくなったがそれを呑み込み、彼は思考を巡らせる。
(婚約話が進むとなると下手するとベルリ領へも飛び火が……となるとエリザベスは最悪切り捨てることになる。が、それは最後の手段にしたい。どうにか婚約話を辞めさせるのがベストか。幸い、カルロスはどうにも今回の婚約話に積極的ではないようだ。普通に考えれば上位貴族と縁が繋げられるのは今のワーベライト家にとってはよい良縁といってもいいもののはずだが……いや、そうだった。確か一人娘だったか、それなら確かに困るか)
ともかく。
まとめると今回のパーティーへの出席、これはカルロスのものというよりフランクリン伯爵家の働きかけによるものが大きいようだ。
その理由がエリザベスと子息であるジョナサンとの婚約話だ。
フランクリン伯爵家の都合によるもので持ち掛けられた話だが、カルロスは消極的だがフランクリン伯爵家は積極的だ。
あまりカルロスがいい反応を示さないので強引に進めようとジョナサンの誕生日パーティーを利用することを思いつき、カルロスに圧力を加え人の良いカルロスは逆らえずに手紙を送り――そして、エリザベスは来てしまった……と。
「婚約に関してあまり賛成ではないご様子ですね」
「ああ、少し急すぎる話だと思ってね。良縁だとは思っているがこういった話をエリザベスの意見も聞かずに一方的に決めるのも問題だろう? 娘の気持ちも大事だ」
カルロスの言葉にディアルドはつくづく貴族に向いていない男だなと思った。
政略結婚なんて当たり前だし、当主の決定こそが絶対なのが貴族社会というものだ。
ましてや娘であるなら猶更だ、カルロスの都合だけで決めていいのだがそれが出来ない辺り才能は無いのだろう。
(とはいえ、こちらとしては助かったがな)
「なるほど、確かにエリザベスの気持ちも大事ですね。では、仮に賛成であったら?」
「それは勿論、直にでも進めるつもりだ。逆に彼女が反対するのなら私も親として力になってやりたいと思うのだが……」
「エリザベスはベルリ領での環境に満足していますからね。魔法研究にとって最高だと。それを考えるとフランクリン伯爵家に……というのは難しいでしょう」
とはいえ、簡単に拒否できないのまた事実だ。
娘が嫌がっているからこの話は無しで、などと簡単に言えるものではない。
せめて何かしらの婚約を拒否するに足る理由が必要だった。
それにはディアルドが口にしている理由では弱い、もっと何かしらの理由をでっちあげる必要がある。
(だとすればどうする? 天才である俺様、思いつけ! 今すぐに――)
そう頭を悩ませている横でカルロスが零した。
「そうだろうね、キミも居るわけだし」
「……はい? まあ、私もベルリ領には居ますが」
「キミのことは手紙に書かれてよく知っていた。初めは驚いたが……娘も大きくなったものだと」
「あの、話が良く……」
「あまり良い親としてエリザベスには接してやれなかった。だからこそ……だな、うん。親としては好いた者と結婚して幸せになって欲しい気持ちがある」
「……好いている? 誰が?」
「エリザベスが」
「誰を?」
「キミを」
「「…………えっ!?」」
近くで会話を邪魔にしないように黙って立っていたファーヴニルゥが驚きの声を一緒に上げた。
そんな彼らの姿を無視し、様子を伺っていたエリザベスが前に出てきて口を開いた。
「御父上、改めて紹介させてください。彼が恋人の――ディーです」
「「???????」」
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