第百五十九話:黄天の夜会・序Ⅲ
「ギルベルトって……確か」
いきなり身を隠したディアルドの不審な行為に素直についてきたファーヴニルゥは彼の零した言葉を聞き返した。
「ああ、前にサラッとだが話したことがあるな。このドルアーガ王国には現在三名の王の子が居る」
そんな彼女の問いにディアルドは声を潜めながら答え始めた。
ファーヴニルゥの教えるためというより、彼自身の頭を整理するための行為に近いが。
「一人は第一王子のクィンティリウス、もう一人は第二王子のギルベルト。そして、第三王女のクリームヒルトだ。順に継承権の順位を持っている」
「なるほどね、そのギルベルトってのがあの人?」
「ああっ、ちょっと縁が会って見たことがある。仮面をつけているが……恐らくは間違いない。いや、あるいは幻覚を見せる魔法か何かの可能性も」
「残念だけど僕の目にも異常は捉えられないからそういった偽造は無いと思う」
「ふぅむ、そうか……」
「でも、なにか悪いことなの? 第二王子がこの場に居ることが」
「時期が……時期がなぁ」
ファーヴニルゥの問いにディアルドはため息を吐きつつ答えた。
彼の天才的な頭脳は現状を正確に把握しつつあったからだ。
「俺様が昨日一日使って情報収集に勤しんでいたことは知っているな?」
「うん、あの部屋に飼ってた猫とかの小動物たちを使ったんだよね」
「ああ、あいつらこそ俺様のこの王都での古き友人だ。バオの奴には世話というか餌やりを頼んでいたがちゃんとやっていて助かった。まあ、それはともかくとしてだ。色々と今の王都の事情を噂や何からを集めて探ったのだがな。それでわかったことがいくつかあるのだ」
「いくつかって?」
「まあ、細かいものまで含めるキリがないのだが……一番大きな情報は現王であるヨルヴィン陛下が倒れたらしい」
「……それって」
「元から身体が強い方ではなかった。だが、近年は心労も祟っていたのだろう。人目のある場所でバッタリと――らしい。幸い、意識も回復して今は療養し回復傾向にあるらしいが……こうなってくるとやはり次のことに意識が向かってしまうのは必然だ」
ディアルドはギルベルトの方を見ながら呟いた。
「継承権争いってやつ?」
「そうだな」
「でも、継承権ってクィンティリウスって人が第一位なんじゃないの?」
「そうだ、それに間違いはない。普通ならクィンティリウスがそのまま王位に就く。それで終わりだ。だが、今は潮目が悪い方向に進んでいる。単純に言えば今の王国は非常に不安定なのだ。少し前に南部諸侯の反乱が起こったばかりだし、ヴィルヘルム・コーラルの事件に関しては未だに調査が終わりが見えないほどだ。……まあ、コーラル公爵家に関しては俺様がやらかしたのだが」
「えっと、オーガスタに来る前にマスターがやったことだっけ? 確か偶々知る機会に恵まれたから掘り起こして処理を投げつけたとかなんとか」
「まあ、そんな感じだ」
事件の内容は事態は大したことはない。
額と規模だけが異常な国家の金の横領事件なのだが、その影響は凄まじかった。
なまじ公爵家という地位も権力ある家だったが故、影響力は大きく協力や関与した家を含めると計り知れない数になってしまったのだ。
「王家としてもあれだけの金を横領されては振り上げた拳を下ろすのは難しい。強硬な姿勢を崩さず、コーラル公爵家に関わった家は戦々恐々の状態で調査を受け沙汰を待っていると聞く。……そんな時に国王が倒れてしまった。これがどういったことかわかるか?」
やったことがやったことだ、どうしたって処罰は免れない。
現国王のままでは、現国王の立場を踏襲するつもりであろう第一王子が王になった場合でも。
だが、第二王子だったら。
もし、仮に自分たちの手を借りることによって本来なれなかったはずの国王の座に座らせることが出来たならば――
「そう考えるものが出て来てもおかしくはない。事実、そういう噂が流れているらしい」
端的に言ってしまえば進退窮まってしまったコーラル公爵家がギルベルトの支援に回ったというものだ。
事実かどうかは不明だが仮にも公爵家ほどの存在が後ろにつくとなると立場の弱いギルベルトでも話は変わってくる。
あれほどにやらかしても王家が容易に処罰を下せないほどに公爵家の影響力というのは大きい。
「そんな噂が流れている中でのこれだぞ? 嫌な予感しかしないだろうが」
「王位継承権の問題が表面化して来ている時期にあんな風に正体を隠してパーティーに出席、か。将来的なことなことを考えるとみんな身の振り方を考えるものだよね?」
「ああ、そうなるな。あんな風に顔を隠しているとはいえギルベルトが会場内に入れているところ見るとフランクリン伯爵家は……。とすると妙に顔を隠している参加者が多いのも察しはつく」
「もしかして、今回のパーティーって息子の誕生日パーティーってわけじゃない?」
ファーヴニルゥは情緒こそ幼いが頭脳自体は明晰だ、ディアルドの言葉をかみ砕いて論理的に筋道を立てて結論を導き出す。
「恐らくはな」
第二王子派閥とでも言うべきものとの接触を隠すため、あるいは自身の派閥に引き込めそうな貴族を呼び集めてギルベルトが直接誘うためか。
あるいはその両方かもしれない。
「少なくとも顔を隠している連中は恐らく彼がここにきているのを知っている連中だろうな」
「どうして?」
「仮に公爵家がギルベルト側に回ったとしてもまだ第一王子のクィンティリウスの方が次期国王の座に近いからな。後でこの場にギルベルトが居たことがバレてしまったらこのパーティーに出席していたものは内通しようとしていたのではないかと疑われる。それに言い訳できる余地は持っておかないとな」
「だから仮面ってことか」
「今の時期にギルベルトと会うこと自体がそれなりのリスクを背負うことになる。そう考えればあの行動は妥当だ。逆に言えば仮面をつけて出席している連中はギルベルトの派閥――つまりは第二王子派閥に近しい人間と推測できる」
ただ、そうなると。
「……この人数に顔ぶれ、思ったよりもギルベルトの勢力は強まっているのか?」
少し考え込むディアルドだったがそんな彼にファーヴニルゥは問いかけた。
「仮面付けた出席者はギルベルトの派閥に近しい人物ってのはわかったけど、じゃあ仮面をつけていない人たちはどういった人たちなのかな?」
「そうだな。単にこのパーティーの表向きの理由をカモフラージュするために呼び集めた人物か、将来的に取り込みたい人物を呼び集めたか。そんなところだろうな」
「なるほど、じゃあさマスター」
「エリザベスの実家、ワーベライトはどっちなの?」
「……それは――」
ディアルドが答えるより先に声がかけられた。
「ああ、ここに居たのか。なんでこんなところに」
「むっ、エリザベスか。いや、ちょっとな。それでどうしたんだ? 話は済んだのか」
彼が振り向くとそこに居たのはエリザベスだった。
どうやら気づいていない間に時間が過ぎていたらしく探しに来たようだ。
「その件なんだけどね。御父上の話は長くて……ようやく本題の方に入ろうと思うから付き合ってほしくてね」
「何だまだ言ってなかったのか。というか別に俺様が居なくても」
「キミが居た方が早い。だから来てくれ」
彼女の言葉に面倒だな、と思いつつもディアルドは文句は言わずについていくことにした。
一応、王都に来た目的の一つではあるのだ。
エリザベスのベルリ領の残留が穏便に決まるならそれに越したことはない。
まあ、彼が話し合いの場に居てどんな役に立つのか――という疑問が無いわけでもなかったが。
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