第百五十八話:黄天の夜会・序Ⅱ
「御父上、お久しぶりです。お元気そうで何より」
「おお、エリザベス。それはこちらのセリフだ。心配していたのだぞ?」
エリザベスの父――カルロス・ワーベライトは恰幅が良く髭を蓄えた人柄の良さそうな顔の男だった。
悪く言えば威厳がない、覇気のない顔とでも評するべきかとディアルドは思案しつつもエリザベスの目配せを見て前に出た。
「紹介します。御父上、彼が手紙にも書いたディーです」
「キミがそうか、娘が世話になっている」
「いえ、こちらこそ。彼女の聡明な頭脳には……。顔を晒すほどの者ではないのでこの姿にご容赦くださいませ」
「構わないよ。いやー、出会えて光栄だ。話には聞いている。エリザベスと共に
「それほどでは……ありますが。全てはベルリ子爵の御力の賜物です。それと彼女はファーヴニルゥ、
「おおっ、彼女が? 噂には知っていたが……本当に?」
「ええ、そうですよ御父上」
「なるほど、エリザベスが言うのであれば本当なのだな。いや、疑ったわけではないのだが……」
「俄かに信じがたいのは当然でしょう。しかし、彼女の剣の力は王国の魔剣にも負けず劣らずと私は思っています」
「それは何とも大きく出たものだ。それはそれとして、よろしく頼むよファーヴニルゥ嬢」
そう言ってカルロスはファーヴニルゥへと手を差し出した。
ディアルドの言葉を受けて少しご機嫌になっていた彼女はその手を取って友好を示したのだった。
(ふむ……エリザベスの言っていた通り、何というか凡庸な男だなワーベライト男爵というのは。俺様の時もそうだが簡単に握手をするために手を差し出すなどと)
別にそれ自体は悪いことではないが、貴族としてはどうか……という問題だ。
顔を隠しているディアルドや見た目はただの少女でしかないファーヴニルゥ相手に、いくら娘であるエリザベスがその身分を保証としたとはいえ、いささか迂闊すぎる行動ではあった。
特にファーヴニルゥ相手には少し腰をかがめて手を取っている辺りに人柄が出ているというべきか。
彼が知っている王都の鼻につく貴族らしさ、というものが彼には無かった。
(まあ、話を聞く限り衰退していっている家らしいからな。エリザベスが居なければ中央に伝手さえ取れなかっただろう。そう考えると染まっていなくてもおかしくない……のか?)
ディアルドがそんなことを考えている中、エリザベスとカルロスの久しぶりに会った親子の会話は進んでいく。
「とても心配したのだぞ? ジュザンヌも手紙を待っていたというのにお前と来たら」
「いえ、その……とても居心地がよくてですね。ノルマさえやってればいくらでも研究し放題だし、未知の理論にも触れられるし。だから何となく次でいいかなーっと」
「全く、お前と来たら。魔法のことになるとすぐにこれだ。
「ああ、うん。思った以上に快適だからベルリ領って。良くして貰ってるし」
「そうなのか? そうか……良くしてもらったのなら親としてベルリ子爵にはお礼の手紙でも送らなければならないな。いや、手紙だけというのも味気ない。贈り物も必要だな。ベルリ子爵は乾物の類は好きだろうか?」
「大丈夫だとは思うけど流石に乾物を送るのは……」
「しかし、ワーベライト家の領地の特産と言えばアラミダケの干物と決まっている。というかそれしかない」
「御父上」
(あっ、こいつ……人畜無害だぞ)
ディアルドは確信した。
正直、貴族相手というだけで腹に一物を抱えているものであろうと疑っていたのだがそんな彼の目から見てもあっさりそう判断するにはカルロスという男は凡庸だった。
「ふむ、キミはどう思うかね?」
「アラミダケの干物は美味しいですよね。いい出汁が出ますし」
「ディー?」
「おおっ、そうかわかってくれるか。今年はいい出来だという話でね。是非とも遅らせて頂こう」
「御父上、ちょっとこう干物を送るのは……どうかなと」
「一番いいものを送るから安心しなさい」
「そういう話じゃなくて」
ディアルドは話を聞いている内に何となくエリザベスが帰りたがらない理由がわかった気がした。
彼女の好奇心を刺激し、研究が出来るからというのも事実なのだろうが彼の見立てだとそれ以外にエリザベスは実家に対して思うところをあるような気がしていた。
嫌悪というほどではないが、苦手意識に近いものだろうか普段の会話にそれが時折現れていたのだ。
たぶん、その理由がこれなのだろう。
何というか親娘であるというのに面白いほどに波長がズレているというか。
エリザベス曰く、カルロスは魔法の才が全くなく平凡で彼女が幼少期の頃には追い抜いてしまったらしい。
それだけで親の威厳というものは弱まっているというのに、彼は貴族というには覇気がなく平凡で贈り物に地元のキノコの乾物を送ろうとする男なのだ。
娘であるエリザベスからすると何といか――色々な意味で合わないというのが素直な感情なのだろう。
悪い人ではなさそうなのだが。
(まっ、久々の親娘の会話だ。俺様が口を挟むことじゃない。本題に入るにもエリザベスめ、間を置くつもりのようだからな……)
ディアルドは一言だけ告げると一旦彼らの傍から離れることにした。
「あいつ、一人じゃ心細いとか言っておきながら普通に喋れているではないか。別に俺様は必要なかったのでは?」
そんなことを思いながら彼はパーティー会場を少しの間巡ることを決めた。
「マスター?」
「少し周るぞ」
「エリザベスのことはいいの?」
「少しの間だ。それにファーヴニルゥもこういう場は初めてだろう? 見ておいて損はない」
そうファーヴニルゥに言って彼女と共にディアルドは会場の中を巡った。
パーティー自体はそれほど楽しむつもりではない、ディアルドの興味はこのパーティーに参加している者たちの方だった。
表向きはそう――確かフランクリン伯爵家の跡取りである息子の誕生を祝うためのパーティーであるらしい。
パーティーの前日、機能を使って集めた情報だ。
ありきたりな理由だ。
(とはいえ、バオも言っていた通り今の時期にやるには少々規模が大きく見える。思った以上に参加者も居る。仮面をつけた参加者がな)
ディアルドが言えた義理ではないが仮面をつける理由など身分が低く場に相応しくないか、あるいは自身の素性がバレたら困る人間と決まっている。
(お遊びでやるような仮面舞踏会ってわけでもなさそうだしな)
主催者の息子の誕生を祝うパーティーだ。
貴族でありながらお遊びでも仮面で顔を隠して出席というのはフランクリン伯爵家の顔を潰して不興を買いかねない行為でもある。
だから、普通は避けるべきだ。
だというのに今日のパーティー――何故か顔を隠しているものが多い。
しかも、身なりが整っている者ばかり。
ディアルドにはわかる、あれは貴族だ。
パーティーに参加しているのだから身なりを整えるのは当然なのはそうなのだが、やはりこういったものは雰囲気というものが出るのを彼は知っている。
一つ一つの所作に現れてしまうものなのだ普段から着慣れているが故の着こなしというべきものが。
あれは身分が低いものが見立てだけ取り繕った姿ではない。
ただ、貴族であるというのであるならば何故顔を隠しているのか。
それもこれだけの数が。
ディアルドはそれが気になったのだ。
だからこそ、彼は何気ない様子を装いながらパーティー会場の中を注意深く観察していく。
仮面と言っても目元を覆うタイプだったのである程度の推察は可能で、仮面をつけている人物の正体でそうでないかという人物が何人かヒットした。
(地方貴族で見知った顔がちらほら、それにあれは大商会の……まあ、伝手があってもおかしくは無いか。ただ、あっちの方に居るのって王都の役人じゃなかったか? それに――っ!?)
そうやって一人ずつ遠目で確認していたディアルドの目に飛び込んできた金色の髪を持った男性。
咄嗟に会場の柱にファーヴニルゥと共に身を隠し、彼は呟いた。
「おいおい、全く。何で居るんだ。こんなところに……ギルベルト第二王子」
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