第百五十七話:黄天の夜会・序Ⅰ



「へえ、ここが……」


「わあ、凄いねマスター」



 フランクリン伯爵家主催のパーティー当日。

 パーティー会場となった場所へと赴いたエリザベスとファーヴニルゥは声を上げた。


「そうかエリザベスも初めてか」


「ああ、噂には聞いてはいたけどね。これがフランクリン伯爵の持つ大カジノ――「黄天のオリビア」か」



 今回のパーティーを主催するフランクリン伯爵家だか、この家にはある特筆すべき点がある。

 それが王都アルバリオンの一画にある歓楽街において一定の権利を保障されているということだ。

 彼らが伯爵家でありながら王都でかなりの権勢を誇っているのもそのためであり、歓楽街において一番豪華な施設でもある「黄天のオリビア」こそがフランクリン伯爵家が威信かけて作り上げた巨大カジノ。



 ディアルドたちの今回のパーティー会場となるわけだ。



「それにしてもその口ぶりだと君は来たことが?」


「ああ、昔一度な。出禁を喰らったが」


「いったい何をやったんだ……というか、それでその仮面を?」


「ふっ、似合っているだろう」



 そう言ってディアルドは自身の顔を覆う仮面を見せつけるように触って見せた。


「うんうん、似合っているよマスター」


「ファーヴニルゥ、我が従者にして我が剣よ。お前の姿も似合っているぞ。当然、エリザベスもな」


「もう聞いたよ。全く……」


 貴族のパーティーに参加するという都合上、当然のことながら彼らは身なりを整えている。

 バオの店で調達したドレス姿のエリザベス、そしてドレス姿ではなく主人である彼と一緒の服がいいと主張したため、所謂燕尾服に近い服装に身を包むファーヴニルゥ。

 そして、目元を覆うマスクの姿をしたディアルドの三人だ。


「ファッションかと思ったけど、まさかそんな理由とは」


「別に出禁のことだけではない。色々と知られると面倒なことになるからな、俺様のことはベルリ子爵の下に馳せ参じたイケメンかつ謎の天才魔導士ディーということでよろしく頼むぞ二人とも」


「ペリドット領に行ったときのバレたとか言ってなかった?」


「……まだ大丈夫だろう、うん。ジークフリートには口止めしたし、あの感じだとペリドット侯爵は気づいた可能性もあるが……うん」


 ちょっと心配になったディアルドは改めてマスクを深く被った。

 顔の一部を仮面で覆っている姿など基本的にはただの不審者でしかないが、こういった貴族の内輪のパーティーの場でなら許される場合もある。


 愛人をこっそりと連れて来たり、あるいはまだ若い子息を一足早い社会勉強のために連れ来るためになど内容は様々だ。


「へえ、そういうのがあるんだね。確かに似たようなマスクをしている人が居るや」


 彼の説明に感心したように周りを見渡しているファーヴニルゥを尻目に、少しだけディアルドは


「どうかしたかい?」


「いや、思った以上に多いなと思ってな」


「ああ、パーティーへの参加者のことかい? あのフランクリン伯爵の主催だからね、これぐらいは普通じゃないかな?」


「そうではなく……まあ、いい。気のせいだろう。こうしていても始まらないからな会場の中に入ることにするか」


 エリザベスの言葉にそう返しながらもディアルドはマスクの下で目を動かし、周囲を確認していた。

 彼が気になっていたのはパーティー参加者の数自体ではなく、ディアルドと同じように仮面をつけた参加者の数だった。


 確かに仮面をつけて参加する者が居ること自体は珍しいことではないが、どうにもその数が多いような気がしたのだ。



 そのことに違和感を覚えつつもディアルドたちは会場の中へと踏み入れたのだった。



                  ◆



 「黄天のオリビア」の中は正しく豪華絢爛という言葉に相応しい光景だった。



「これが「黄天のオリビア」か……。初めて見るけど何というか」


、ね」


「ふーはっh――いや、やめておこう。うん」


「あっ、途中でやめたね。まあ、キミのそれはちょっと特徴的すぎるからやめた方が賢明だね」


「うむ、俺様の頭にも過った。それはそれとしてファーヴニルゥ、中々いい感想だな。そのものずばりというか」


 笑いをこらえながら彼はファーヴニルゥのことを褒めたたえた。

 事実、彼女の感想そのものの光景だったからだ。


 至る所に金やら光がクリスタルやらが贅沢に使われ、煌びやかな別世界が広がっている……のは別にいいのだが、どこか華美過ぎるのが「黄天のオリビア」という場所だった。


「相も変わらず煌びやかな。あるいは非常に俗っぽいというか」


 この会場が大カジノという本質を考えればとても内装ではある。

 あるいは「爵位を金で買った家」とも裏で揶揄される成金のフランクリン伯爵家を象徴する光景というべきか。


「わぁ、あれがカジノってやつか。賭け事をやるんでしょ?」


「うむ、ファーヴニルゥにも何れ連れて行ってやるべきだな」


「子爵様に怒られるんじゃない?」


「問題ない、説教は受ける」


「説教って別に受ければ許されるための行為じゃないと思うんだけど……」


「まあ、それはそれとしてファーヴニルゥ。ここはある意味では戦場だ。俺様と今日はついでにエリザベスの従者としてここに居るのだ。気を抜くなよ?」




「――はっ、失礼しました」




 ディアルドがそう言うとファーヴニルゥは佇まいを直すと礼を行った。

 どこで学んでいたのか驚くほどに優雅で、尚且つ凛とした美しさのある動きだった。



「おおっ、あの者はいったい?」


「未だ子供の齢であろうに……なんと美しく、そして凛々しい姿」


「いったいどこの……? 見かけていたら覚えているはずだが?」


「わからん、初めて見る」


「まるでこの世の者とは思えないような――」



 彼女の人を超えた美はこうも容易く衆目を集めてしまう。


「おやおや、人目を集めてしまったね」


「うむ、我らが美しき従者よ。先導を頼む。確かこの奥だったはずだ」


「では、こちらに」


 そう言ってファーヴニルゥは多数のパーティー参加者のいる会場の中、ディアルドたちを先導し始めた。

 幼いと言ってもいい体躯の彼女では人の行きかう会場をエスコートするなど到底無理のように思えるが、ファーヴニルゥの美貌と彼女から放たれる冷然とした雰囲気によって彼らは圧されていた。



「どこの令嬢だ?」


「おい、彼女が連れている女性を見ろ。あの方は……」


「ああ、そういえば話には聞いていたが……。やはり。ワーベライトの」


「「幻月」か。確かに一度見たことがあるから本人で間違いない」


「だが、彼女は例の件で東の……ベルリ子爵の下に居ると聞いていたが」


「ベルリ子爵、か。最近、よく聞く名だな」


「ふん、所詮は平民生まれの小娘であろうが。それが子爵など……」


「しかし、それにしても彼女が「幻月」であるということはもしやあの少女は」


「そうか、噂で聞いたな。確かあの黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンを倒した者は「幻月」を除けば三人、一人はあのベルリ子爵でもう一人は絶世の美しさを持った少女騎士だったと」


「であるならば彼女が「蒼穹姫」か?」


「ならば一緒に居るあの仮面の男は……」


「「幻月」を除いた三人の内、最後の一人は非常に優れた男の魔導士だったと聞く。もしや――」



 進むごとに注目を浴びていく。

 最初はファーヴニルゥという特異的な存在が目を引かれ、ついでそんな彼女がエスコートをする存在としてディアルドもエリザベスも……。



「やれやれ、注目の的というやつだ。見世物になったようで苦手だよ」


「そうか? 俺様は好きだぞ? 天才とは目を引き付け、憧憬と称賛を受けるもの……。見世物になっているのではない、皆が俺様という存在を無視できないのだ」


「羨ましいほどの自己肯定感」


「まあ、とはいえ不躾な視線というのが煩わしいのは同意するところだが……」


 彼は一旦、声を潜めエリザベスへと尋ねた。




「それで? エリザベスの御父上は? 確かパーティー会場での待ち合わせのはずだろう?」



 その時だった。




「おおっ、エリザベス。良かった……会いたかったよ。」




 そんな声が響いてきたのは。


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