第百五十六話:王都にて・Ⅲ
「マスター、ニヒルスって誰なんだい?」
ファーヴニルゥがそんなことを問いかけに来たのは夜も更けた頃合いだった。
ディアルドたちはパーティー用の衣服などを決めた後、そのままバオが管理している仮宿に泊めさせてもらうことになった。
まあ、あのような店をしているバオが管理している宿泊施設など――言い換えると休憩所とも呼ばれる宿なのだが、身分を隠した貴族なども利用することもあり、そこらの宿よりも内装にも気を使い綺麗なのあって彼らは宿泊することにしたのだった。
「むっ、聞こえていたのか?」
「ふふーん、僕の耳を侮らないで欲しいな。マスターがバオに変なことを頼んでいのも聞こえていたよ?」
「ふははっ、こやつめ」
ベッドの上でゴロゴロしながらそう自慢げに言い放ったファーヴニルゥのおでこをディアルドが小突くも彼女は楽し気に笑った。
「まあ、別に隠すようなことではない。こっちに用件があると言っただろう?」
「ああ、そう言えば言っていたね」
「その一つがニヒルスという者を見つけることなのだ」
隠し立てをするつもりもなかったので彼はファーヴニルゥに答えた。
端的に言ってしまえばベルリ家の人材確保の一環だ。
「ニヒルスというのはハワードたち……要するに革命黎明軍だった時の仲間の一人でな、魔法に関する知識が高く組織内でも仲間たちに魔法を教えていたりしていた人物らしい」
「へえ」
「魔法という学問は自由に学びの機会が与えられるべきという考えを持ち、そのことから革命黎明軍に参加していたらしい」
「参加していた」
「ああ、ハワードたち曰く途中でいざこざもあって脱退したとかなんとか」
「脱退って……そういうのって出来るものなの?」
「詳しいことはハワードたちにもわからんらしい。ただ、革命黎明軍自体との関係が悪化して非協力的な間柄になったのは間違いないようだ。まあ、革命黎明軍自体かなり歪な組織らしいからな。音楽性の違いで離反というか、そういうのがあってもおかしくはない」
ラグドリアの湖の一件から察するにディアルドの見立てだとだいぶ外部からの影響を受けている組織だ。
そもそもあくまでも平和的に自分たちの主張を広めることで解禁させようという穏健派と、テロ行為も辞さない強硬派など内部でも考え方の違いで衝突があるのが革命黎明軍の実態らしい。
よくまあ、組織として保っていたなと思わなくもないが……実態としてはその方が都合がいいという複数の勢力の思惑があって革命黎明軍は今もなお存在し続けているのだろうと彼は推測していた。
「ふーん、それでマスターはそのニヒルスって人を何で探しているの?」
「なに、スカウトしてみようかなと思ってな」
「ベルリ領へ招くってこと?」
「ああ、何せ聞いている話だと優秀な人材らしいからな。魔法を学べる機会を広めたいというのが考えの主体ならベルリ領に適している……そうだろ?」
「確かにそうだね。というか普通にやってるし」
「うむ、協力関係になれる余地があることだ。まあ、反体制組織に関わっていたのは問題と言えば問題だが……そこら辺は今更と言えば今更だからな。というか今のベルリ領のことを考えると下手に真っ当な人間より、多少アウトローな気質の方がなじみやすいというかなんというか」
「普通に魔法と勝手に教えているの問題なんだっけ? マスターは普通に無視してるけど」
「だって使える奴が多い方が便利だからな……。バレたら
「ふーん」
「ハワードたちにちょっと昔の伝手を頼って接触してみるように頼んだのもその観点からでな。革命黎明軍とやらの目的を考えれば引き抜ける人材がいるんじゃないかと踏んだのだ」
「ベルリ領は自由にやってるからね」
「ああ、それでその中で名前が挙がったのがニヒルスだ。聡明な頭脳に高い魔導士としての才覚、そして何より魔法という学問をより広めたいという欲求を抱えているのが実にいい」
所謂、教師役というやつだ。
今まではエリザベスに任せていたが彼女はどちらかというと学者肌なのでそっちに専念させておいた方が何かと都合がいい。
それにニヒルスは一時期、組織内部でも幹部に近い立場として取り仕切っていた時期もあったらしい。
そうなると人を使う立場の経験もあるということだ。
即ち、中間管理職経験あり。
ディアルドとしてはとても欲しい人材であった。
「
「人探しを頼んだってことか。それにしてもそのニヒルスって人はどんな人なの?」
「さてな、組織が組織だっただけにそもそも本名なのかもわからん。ハワードも直接的な面識は数えるほど、経歴に関しても……まあ、謎だ」
「それって見つけるの無理なんじゃ」
「いや、それは問題ないだろう。話を聞く限り、ニヒルスは褐色の肌に白銀色の髪を持っているらしい。恐らくは大陸南部の出身なんだろう、その肌色は王国では珍しいからな」
「大陸の南部……って、前にマスターが言ってた亜人がどうこうってやつ? そういえば亜人って何なの?」
「ん? ああ、そういえばファーヴニルゥは見たことないんだったか。東部には基本居ないからな。亜人ってのはほらエルフとか獣人族とか……そういうやつだ。知らんのか?」
「知らない」
「はて、呼び名でも違っていたのか? エルフというのはこう耳が尖がっていてな、それで人よりも高い魔力を有しているのが特徴で……獣人族というのは動物の耳が生えていて丈夫な身体と身体能力を持っている種族で――知らない?」
「……?」
ディアルドは口頭で説明してみるもののいまいちファーヴニルゥには伝わっていないようだ。
「――ふむ?」
この世界には所謂普通の人間以外にも人に近い容姿をした亜人種というものが存在する。
外見上は一部を除いて人とそっくりで意思疎通も可能な知性がある。
ただ、種族的な特性とでも言うべきか通常の人間を超える特色を持った種族のことだ。
ディアルドの記憶の中にもあるファンタジーで定番の存在。
ドルアーガ王国は人間が中心となって建国されたため人間が最も多く、亜人種は主に南部と西部に多いとされている。
特に南部の亜人を中心とした国とは最終的に併合されることとなったとはいえ、王国は長年戦っていた歴史もあり王国内ではあまり亜人を見かけることはない。
戦中の時ならいざ知らず、今の時代は迫害というほどに種族間で溝があるわけではない。
王国は人間種族が作った国、という自負もあるためどこか余所者であるという雰囲気こそあるものの数年前まではそれなりに上手く行っていたのだが……。
潮目が変わったのがディアルドとジークフリートが関わった南部諸侯の反乱だった。
あのせいで亜人種は王国内に居づらくなったのかあまり見かけないようになった。
縁が遠い東部なら猶更だ。
目覚めてそれほど時間の経っていないファーヴニルゥが見たことないのも当然だし、何ならルベリも直接見たことはないかもしれない。
それ故に彼女が亜人を見たことがない、ということ自体は問題ではないのだが。
「…………」
「マスター?」
「いや、この件は一先ずはいいか。まぁ、要するに少し普通に人間とは違うが人の同類とされるのが亜人種、ということだけ覚えていればいい」
「ピンとこないけど要するに見た目に特徴がある人達ってことだね? それで王都に居たらわかると」
「まぁ、そういうことだな。とはいえ、上手くいく見つけられるかは運次第だろう。成功すれば儲け物という程度だ」
ディアルドのあまり期待していなそうな言葉に少しだけ考え込み、ファーヴニルゥは口を開いた。
「じゃあ、もう一つの……持ってきていた
「ほう? どうしてそう思う?」
「持って来たわりに直接贈り物として渡すとかじゃなくて売るなんて……お金が目的ってわけでもなさそうだし」
「贈答用のものは用意は別に確保してある。ただ、まあ正解だ。あれには別の意味がある。……上手くいくといいんだが――」
とディアルドが呟くと同時に扉を開けて部屋に入ってきた人影が一つ……エリザベスだ。
「おっ、おい! アイツらをどうにかしてくれ……!」
「……ああ、そういえばバオにも頼まれていたな。もう、そんな時間か」
「というか行かなきゃいいのに」
「いや、だって可愛かったから……」
ブツブツと呟く彼女を尻目に彼は立ち上がって向かうことにした。
その後ろをファーヴニルゥはトトっと後を追った。
「で、何を企んでいるのマスター」
「ふーはっはっはァ! それはまだ内緒だ。こういうのは結果が出てからドヤ顔で言った方がカッコいいからな! ただ、まあヒントを出すとすればお前が思っている以上に酒と言うのはこの社会に深く根付いているのだ。まっ、ファーヴニルゥにはまだまだ早いが」
「……むー。僕だって飲めるもん。僕の薬物耐性を舐めて貰っちゃ困る、お酒だってへっちゃらだよ。だから
「大丈夫だとは思うけど、万が一影響が出て暴走したらだれも止められなくなるからダメです」
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