第百五十五話:王都にて・Ⅱ


「普通の服もあるんだ……」


「酷い言われようだな。金貨というのは嵩張るからな、場合によっては物々交換する場合もあるのさ。お貴族様ってのは下手すると一度着ただけであとは飾っておくだけ……みたいなのも多いからな」


「へぇ、なんだか勿体ないね」


「だろ? 死蔵しておくぐらいなら元のデザインのまま売り出さないという条件でバオにさせたところ思いの外上手くいってな……」


「そうそう、それで代金の代わりに受け取ってそれをアレンジしてこうして売ったり、他の店に流したり……まあ、色々だ。何せ物がいいからな」


 バオの言葉に相槌を打ちながらもエリザベスの視線は別の場所に向いたままだった。

 彼女が今何をしているかと言えば、パーティーに行くドレスを選んでいるところだった。

 貴族が出席するパーティーの場において身なりを整えるのは必須、特に今回のように相手に譲歩を迫りたい思惑があるのなら特に気を付ける必要がある。


「いつものこのローブ姿でもよかったとは思うんだけど」


 一応いつもエリザベスが来ているローブは魔導協会ネフレインから功績を認められ与えられたもので公の場で来ても問題ないものではあったが……それはそれとして。


「素材がいいのだからもうちょっと普段から身嗜みに気を付けてもいいのではないか?」


「どうにも毎日となると億劫というか面倒でね」


「ならば、こういう時にだけは必ずする……ぐらいならどうだ? 偶にならいいだろう。新鮮な気分になるぞ?」


「何故、そんなにドレスを着せたがるのか……」




「そんなもの、この俺様が見たいからだ!」


「素直過ぎる……まあ、悪い気はしないけどね。私としても着飾ることが切らないわけじゃない――女ではあるからね」




 そう言うとエリザベスはどことなく楽しげな様子で選び始めたのだった。


「ふむ、こんなものか?」


「あっ、マスターその格好カッコいいよ」


「ふっ、俺様だからイケているのは当然だ。だが、その称賛は素直に受け取ろう。それはそれとしてファーヴニルゥもドレスを用意するべきだな。俺様の従者であり剣、相応しき装いというものがある。さて――やはり、男物より女物の方が圧倒的に多いな。どれにするべきか……」


「マスターの選んだの並んでもいいけど……僕、これがいいなぁ」


「ふむ……これか?」


「だめ?」


「いや……ダメ、ではない。むしろ、いい。なるほど、こういうのも有りか……――バオはどう思う!」


「ああ、良いと思うぜ! とても……有りだ!」


 等など、口々に言いあいながら店主であるバオの気遣いで早めの閉店となった店の中で、ディアルドたちはパーティー用の衣装や服飾を見繕ったのだった。



「しかし、旦那も大変なことになってるな。シレっと王都から出て行ったと思えばこうして一旗揚げて戻って来るとは……」


「ふっ、まあ俺様は天才だからな。というか前に来た時、軽く一応の説明しなかったか?」


「そうだったか? 酒も入ってて覚えてねぇな。ともかく、驚きだよ。黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンを倒して、そのままあの色々と噂のたっているベルリ子爵の配下となっているとはな」


 女の買い物は長いと言うが、割とあっさり決めたディアルドと違いエリザベスはまだドレスに悩んでいる様子でファーヴニルゥは店内の様子が気になるのか、あちこちを見て回っている。

 その様子を眺めながら彼はバオと声を潜め会話をしていた。


「それにしてもディアルドだから「ディー」なんて偽名は安直すぎやしないか? 流石に笑っちまったんだが?」


「だが、お前だって黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンの事件の時に活躍した魔導士のディーから俺様を連想しなかっただろう?」


「そりゃ、そうだが……」


「偽名なんて安直な方が案外バレないものだ。あっ、それと一応俺様のことはディーと呼んでおけよ? は多いからな。非常に不可解なことだが……」


「いや、あれは恨まれて当然――っていったところで意味は無いか。まあ、そこら辺のところはいいや。それよりも、だ」


 バオは声を潜めディアルドの耳に口を寄せて尋ねた。



「いったい、何の用だ? ただ服を買いに来ただけ……なんて言わねえよな?」


「ふっ、当然だ。一応聞いておくがアイツらは?」


「ああ、世話をしてるよ。全くタダじゃねーんだぞ?」


「わかっている、ほら手間をかけさせた分の報酬だ」


「へへへ、ありがとうよ旦那。――それで? また何かやるつもりで?」


「今回は別にそこまでのことは考えていない。少しの間、滞在することになるだろうから色々とな。ところで少し尋ねたいことがあるのだがフランクリン伯爵のパーティーが起こなわれるという話なのだが……」


「ああ、確かに聞いていますよ。なんでも結構な数の方々を集め、盛大にパーティーを開くとかで……ああ、もしかして旦那の参加するパーティーってのは」


「そのフランクリン伯爵家主催のパーティーだ。細かいことは省くがエリザベスの家、ワーベライト家の関係でな。俺様も付き添う形になった」


「へえ、なるほど」


「パーティーのことやワーベライト家について、お前何か知っていることはあるか?」


「知っていることってのは?」


「なんでもいい。どうにもエリザベスは実家とは距離を取ってたようであまり頼りにならなくてな。家からの手紙で今回のパーティー参加するように言われたのだが、肝心のパーティーの内容もよくわかっていない有様だ」


「そりゃ、何とも……」


 バオは少し呆れたように声を上げた。

 ディアルドとしても同意だ、エリザベス的には変に拗れないようにと素直に参加を了承する旨を返してしまったのだろうが、参加者もよくわかっていない場に出るというのはかなりのリスクを負った行為だからだ。


「変な噂とかはないよな?」


「そういうのは特に聞いてはないな。フランクリン伯爵様も悪い噂は聞かない御方だし」


 フランクリン伯爵家は王都でもそれなりに影響力をもった有力な貴族の家として知られていた。


「パーティーのことも悪い噂は聞かないな。結構な規模で行うみたいだし、ただ……」


「ただ?」


「いや、なんでもない。ただ、にやるにしては随分と豪華なパーティーになりそうだと」


「ある意味では今の時期……だからこそ、なのかもしれないがな」


 バオの言葉にディアルドはそう答えた。

 自身の権勢をアピールするために人を集めてパーティーを行うのはよくあることだ、フランクリン伯爵家ならば財力とて十分にある。



「ワーベライト家とはどこで繋がったのか……いや、フランクリン伯爵家の方から近づいた? あり得なくはないか」



 ワーベライト家はともかく、エリザベスには伝手を繋げるために労力を割く価値はある。


(ただ、何か引っかかるな……)


「さてな、そこまでは……。で? 他には何かあるのか旦那」


「ん? ああ、他にも二つほど用がある」


 ディアルドはそう言うと懐から一つの瓶を取り出した。



「おい、旦那こりゃ……。いや、持ってても不思議じゃねーか」


「その反応だとやはりそれなりに話題になったか」


「話題になったなんてもんじゃない。裏ではそれこそ相当な額にまで跳ね上がって流通している」




「そうか、出回っているか。――それは何よりだ、実にな」


「旦那?」


「なんでもない。ただ、少しやって欲しいことがある。この叡智の紅雫イゼル・ディアドロップを一本、市場に回してくれないか? ああ、市場とはいっても裏の方だ。とびっきり怪しいところに売り込んでやれ、売って得られた金はそのまま懐に入れていい」


「……なんか企んでやがるな?」


「企むとも天才とはそういうものだ」


「ま、別にこっちに不都合はないからそのくらいは良いけどよ」


「あともう一つ、やって欲しいことがある」


「まだあるのか?」


「ああ、これは人探しなんだがな――」





「――という人物を探して欲しい」




―――――――――――


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