第百五十四話:王都にて・Ⅰ


「わっ、大っきい……」


「ふーはっはっはァ! まぁ、この王国の都だからな。大きいとはいえ、所詮は地方都市でしかないオーガスタとは違う……だが、この天才たる俺様が手掛けるベルリの地はいずれこのアルバリオンすらも超えていく。それを心に刻むのだファーヴニルゥ」


「君が言うと冗談に聞こえなくて困るね」



 飛行魔法を駆使したため三人が王都アルバリオンへと道程は極めてスムーズであり、予定より余裕をもってたどり着くことに成功していた。


「飛行魔法もあったとはいえ、少し早くつき過ぎたかな?」


「余裕をもって到着するに越したことはないからな」


「それでどうするパーティーは明後日なんだけど……。父上ももうやって来ているかも知れないし、一度顔出しに行く?」


「探すのも面倒だし、パーティーの場で会うと返答の手紙を出したのだろう? なら、無粋にも取られかねんからな……やめておくか」


「それもそうだね。じゃあ、どうする? 観光でもするかい? ファーヴニルゥは初めてだろう?」


「いや、待て。それも大事だがまずはやることがある」



「「やること?」」



 二人がこてんと首を傾げる様子を見ながらディアルドは不敵な笑みを浮かべ、そして――



 十数分後。




「くくっ、久しく見ない顔だと思っていたら旦那じゃないか」


「ふーはっはっはァ! 元気そうじゃないかバオ」



 ディアルドはバオという名の色黒の男と意味深に笑い合っていた。



「その高笑い……懐かしさすら感じるぜ。アンタは間違いなく旦那だ。それで今日は何の用だ? 新商品なら入荷しているぜ。旦那が前に草案を出していた「和装ミニスカメイド服」だったか? 旦那の言う「和風」の概念が難しかったが南方の服の参考にすることで完成させたんだ」


「ふっ、そうか……のはず遂にやったのか! それはとても気になるが今日はそっちとは別件でな――」



 彼に案内されるまま王都の中心街から外れた裏通りに構えた「アビス」という店、その店内にはエリザベスが知らない光景が広がっていた。



「うわっ、何これ……服屋、なのかな? いや、でも見たこともない衣装がたくさん」


「あっ、これマスターがくれた水着と同じやつだ」


「……ホントだ」



 そこは一見して服屋のようであった。

 だが、並べられている服の種類がいささかおかしかった。


 流行になって来ている水着の類があるのは良いとしても、何故か妙にデザインに種類があり、ついでに裾の丈が短いメイド服や特殊な質感の生地で露出度の高いデザインと網状のタイツの服――ぶっちゃけて言えばバニースーツと呼ばれる種類の服が飾ってあったりと……極めて端的に言ってしまえばなのだ、この「深淵アビス」は。


「亜人の耳を模したカチューシャ? こんなものまで……」


「あっ、これなんかフニフニして気持ちいい」


「本当だ。というかもしかして魔法術式が刻まれてない?」


「それは旦那謹製の術式でな。なんとそれを付けると付けた相手の感情を読み取って――ちょっとだけ動く!」


「く、くだらない……くだらないけど使用者の感情を読み取って反応するとか無駄に高度な術式の構築を……私、知らない」


「ふっ、俺様の天才的な構築に恐れおののいている様だな。至極真っ当な称賛だ。魔導協会ネフレインに特許を申請しにいったこともあったが使用を説明したら精査もせずに門前払いされてな。……あの時はショックだったな」


「マスター、可哀想」


「……術式の申請をするときには魔法の使用を簡単に説明する必要があるけど、もしかして――」




「そりゃ、亜人娘になりきるために耳や尻尾を動かすための魔法術式だと」


「キミって前から思ってたけど局所的に途轍もなく馬鹿になるよね」




 ディアルドの言葉にエリザベスは半目になりながらそう呟いたのだった。



                  ◆



「――ということはこの店はキミの出資で建てた店なのかい?」


「まあ、出資とはいってもそれは最初だけだがな。金は最終的には返して貰ったし、今ではあくまで対等の立場よ」


「滅相もない、旦那には色々と返しきれない恩がある。対等だなんてとてもとても……商売の種もくれますからね」


「俺様の言葉を形に出来るのはお前の優秀さゆえだ。謙遜する必要は無いぞ、バオ。どこぞの貴族の機嫌を損ねて店を辞めさせられたとはいえ、お前の腕は本物だった。その才を見込んだからこそ、俺様は投資しそして見事に応えて今では一角の裏の顔の一つになったのだからな」


「裏の顔って……」



「ここは――平民も貴族も関係ない、男の社交場だからな」



 王国国内で秘かに流行となっているのがコスプレ趣味。

 その最先端というか、供給源として積極的に流しているディアルドからのアドバイスもあり、「アビス」は知る人ぞ知る名店として知られている。


 リピーターも多く、そしてその大半は貴族だ。

 当たり前だがこれらの衣装やアクセサリーなど、相応の値段がかかるため趣味人として利用できるのは貴族が財を成した者か……何れにしろ、限られる。

 そして、取り扱っているものというか関わってくることが事なだけにリピーターというのはある意味ではバオに秘密を握られるも同然の形になってしまう。


 それ故にバオは王都の裏の顔の一人として存在感を発揮するまでに至ったという。


「えぇ……」


「まあ、「ああ、あの人なら猫耳ミニスカメイド服をホクホク顔で買っていかれましたよ」とか広められたら色々と世間体がな。一応、高貴な嗜みとして知られるようになったとはいえそれはそれとして……なあ?」


 奥方や娘のいる家の貴族の家の遣いが良く来ていることをディアルドは知っていた、そういう人間にとっては尚更に不味い。

 下手をすれば家庭崩壊の危機にもなり兼ねない。


 というか外聞というものを何より気にするのが貴族という存在、それ以前の問題と言えるだろう。



 だが。

 だとしてもバオの店を利用するものは後を絶たない。



 何故ならば――




「――男という生き物は心に紳士を飼っているからな」


「そうなんだ……」


「ふっ、ファーヴニルゥにはまだ早かったか。……どうしようもないのだ、男という生き物は着飾った女の子が見たい。しょうがない生き物なんだ」




 大真面目な顔をして言い切ったディアルドの姿にエリザベスはルベリの存在が少し恋しくなった。


「まあ、大体わかったよ。それでこの店はアンタッチャブルな存在になったわけだ」


「そういうことだ。いっそのこと強引な手を使って取り込んでやろうと画策した者も居たが……そいつはどこからかの圧力でいつの間にかに消えていた」


「怖いな」


「多くの貴族のリピーターを抱えているに干渉しようとした末路だ。そういった手段に出るというのは彼らを敵に回すと同義ということを理解できなかったのだろうな」


「なるほど、ね。……もしかして、狙った結果とか? そういったポジションなら色々と内向きの話も転がり込んでくるだろうしさ」


「ふっ、流石に鋭いな、確かにその通りだ。そういった思惑もある」


「へぇ……」






「――二割ぐらい」


「思った以上に少ない。じゃあ、残りは?」


「そんなもの……、見目麗しい女性の魅力を引き立てるためのアイテムがあるに越したことはないからな――私欲だ!!」


「私もそれほど人に言えた義理じゃないけど、欲望に真っ直ぐすぎるよね……キミも」





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