第百五十三話:エリザベスの頼み・Ⅱ



「で、ワーベライト家とはどういう家なのだ?」



 王都――アルバリオンへの道中、ディアルドはそんなことを尋ねた。

 言ってしまえばエリザベスの付き添いのようなものだが、全く知らないというのもマズいだろうという考えのもとだ。


 いや、もっと前から聞いておけばいいという話かもしれないが彼はそれなりに忙しい身だ。

 王都行きを決めたとはいえ、すぐに出発できるというわけではない。

 特に最近は街の発展に応じてやることが増えてきているのもあり、残されるルベリからは随分と文句を言われたのものだ。


(やはり、人が足らないな。実務的なものはヤハトゥのサポートがあるからさほど問題はないが指示できる立場の人間がなぁ……)


 今のベルリ領は基本的にルベリとディアルドの二人の意思決定によって動いている。


(それ自体は別にいい、船頭多くして何とやらとも言うしな。物事がさっさと決まるというのは良いことだ。俺様も好き勝手出来るし)


 ただ、何というか部下的なポジションの人間が彼らには居ないのだ。

 ハワードたちはあくまで領民だし、エリザベスは外様、ファーヴニルゥやヤハトゥらに関してはディアルドたちが手綱を握ってないと色々と怖いというのが今までの経験からわかっている。


(物事を任せられるような直属の部下が欲しい。つまるところ、ベルリ家の家臣)


 それがルベリと話し合った結果の結論だった。

 実務的なことはヤハトゥのサポートもあって領地の運営自体は問題ないとはいえ、どうしてもディアルドかルベリが対応しないといけない問題は必ず出てくる。


 特に街が発展すれば発展するほどに。


(だからこそ、家臣的な存在を欲しているのだが……中々に難しい。仮にも我が領主たるベルリ子爵の家臣になる存在、それなりの者ではないと困る。将来性を考えるとアリアンには期待しているが、今はまだ早い)



 ……。



「えっと、ワーベライト家ウチのことだっけ?」


「ああ、正直全くと言っていいほど知らない家でな。まあ、俺様もそれほど大した家の出ではないからそれほど詳しくはないのだが……」


 それでも一般的な名家、大貴族の家の名ぐらい大抵知っている自覚はあったがそんなディアルドでもワーベライトという家については全くと言っていいほど知らなかった。


「それはまあ……仕方ないんじゃないかな?」


「ほお?」


「ワーベライトの家は没落寸前の家だったからね」


  そう口火を切ってエリザベスは話し始めた。

 彼女の話によるとワーベライトの家はかなりの歴史を持つ由緒正しき王国の名家の一つらしい。


 いや、――というべきか。


 ワーベライトは元はもっと高い爵位を持っていた家らしいが色々とあって爵位を下げられてしまったらしい。


 その理由の根源は優秀な魔導士が一族から排出できなかったことだ。


 貴族と魔法は切っても切れない関係。

 そんな中でワーベライト家に連なるものは代を兼ねるごとに才を失っていくかのように、魔導階級の高い魔導士を輩出することが出来なかったとか。


 そのため、貴族の義務と言ってもいい軍務やモンスターの駆除でも活躍することが出来ず、それどころか焦りもあったのか無理に功績を立てようと無理をした結果、それなりにやらかしてしまい先代の時代に爵位を下げられる羽目にもなった。



 社交界においてワーベライトの才は枯れ果てたのだと物笑いの種だったとか。



「それがワーベライト男爵家の実態というやつだよ」


「なるほど……、か。だが、そこでエリザベスが生まれた。まさに天意だと思っただろうな」


「さて、それはどうかな……。まあ、ともかく。ワーベライト家のことを説明するのなら、前までは順調に没落していたけど私が魔導協会ネフレインに認められて王位キャッスルの階位を賜ったことで盛り返そうとしている家――ってとこかな」


「なるほどな」


 才が枯れたとまで揶揄されていた家にそんな存在が生まれたのだ、今までのイメージを払拭し社交界へと戻る足掛かりに使い、何れは爵位を取り戻す……などと考えていてもおかしくはない。


 そうなると今のエリザベスは家にとってとても不都合な状態なのだが、彼女はこの状況をどうにかする策とはいったい。


(ぶっちゃけ無理そうな気がしなくもないが……まあ、最悪エリザベスさらって戻ればいいか。没落間際の男爵家にそれほどの力があるとも思えないし)


 ディアルドはそう結論を出したのだった。

 それはそれとして、気になったことがあったのでエリザベスへ尋ねた。


「だが、そんなワーベライト家と何故王都で?」


「なんでもパーティーがあるとかで王都までやってきているんだって。それならちょうどいいかなって」


「まあ、王都を挟んで反対側だからな。いかに飛べるとはいえ、往復するとなるとそれなりに面倒だ」


「だろう?」


 だからこそ、エリザベスがそう設定したらしい。

 最悪、決裂して逃げ出すことも考えている彼女にとって下手に領地に戻るよりも王都の方が何かとやりやすい、人目がある分エリザベスの現当主であるハインリフ・ワーベライトも強行的な手段はとりづらいだろう……と。


 単純にワーベライト領まで行くのが面倒言うのも大きかったが。


「流石に……ねえ?」


「僕なら平気だから運んであげようか?」


「うむ、自尊心がな……」


 不意のファーヴニルゥの言葉にディアルドはそう答えた。

 自分よりもはるかに小さい女の子な彼女に運ばれるのはディアルドとしてもエリザベスとしても出来れば避けたかった。


「それにしてもやはり飛行魔法は素晴らしい。王都までの道中をこれほど圧縮できるなんてね」


「歩きだとどれくらいかかるのやら」


「モンスターとかに襲われるリスクが軽減されるのも利点の一つだね」


「空を飛ぶモンスター相手は関係ないから寄ってくるが……まあ、ファーヴニルゥの餌食だからな」


「ふふん」


 自慢そうな顔をしたファーヴニルゥの頭を褒美に撫でつつ褒め称えた。




「実に凄い! 流石は俺様の剣! 従者である! そして、そんな美しく強い剣である従者を従える俺様は流石の俺様! つまりは俺様はすごーい!」


「勿論だよ、マスター!」


「ふはははは! そうであろう、そうであろう!」




 機嫌良さそうにファーヴニルゥを甘やかすディアルドの様子を見て、エリザベスは納得するように頷いた。


「ああ、これが子爵様の言っていた。確かに気を付けた方が良さそうだ」


 ファーヴニルゥはディアルドを決して裏切らない従う者ではあるが、それ故にブレーキ役には決してなりえないため注意をするように、などと行きがけにルベリに言われた言葉を思い出したのだ。


(ディアルド――彼を素直にファーヴニルゥのことを気に入って甘やかすし、ファーヴニルゥは全力で慕うし)


 互いに相性が良すぎるというのも考え物だ。

 気になるのならファーヴニルゥを置いていく判断もあったが、ディアルドが「まだ目が離せないから却下」となったためこうして連れてくるしかなかったのだ。


「とはいえ、少し問題があったかな? いや、従者だから大丈夫……のはず」


 彼らが何時ものように騒いでいる横でエリザベスはそう呟くのだった。





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