―王都アルバリオン編―

第百五十二話:エリザベスの頼み・Ⅰ





「はあ? 王都に一緒に行って欲しい? 断る!!」



 エリザベスがそんなことを言ってきたの順調に交易も進み、ゆっくりとだが人も増えて来てベルリ領が順調に発展していっている……そんなことをニヤニヤと報告書を読み実感していた時のことだった。


「やっぱり、ダメかな? 実は流石に実家に帰らな過ぎてね。帰るようにせっつかれているというか」


「まあ、それはそうだろう。というかそうなるのが普通だ、なんか勝手に居ついて役に立つから追い出すのもなんだかなーっと置いていたわけだが……確か兄弟は居ないという話だろ?」


 そんな話をチラッと聞いた気がする。

 実のところ、色々とやることが多く、また特に危険性もない――どころかベルリ領においては有用な存在であったため、エリザベスの背後関係についてディアルドは特に調べていなかったりする。

 チャンス自体はあったのだが基本魔法に関することをやらせておけば無害だった……というのも大きな要素だったのかもしれない。


 まあ、そこら辺の事情も相まって彼女の実家――ワーベライト家は西南部の方に領主を持つ貴族の家で、エリザベスはそのたった一人の跡取り娘であること……ぐらいしかディアルドは知らなかった。


「そうなんだよねぇ」


「なら、しょうがないだろう。お疲れ様」


「キミちょっと冷たくないかな? ディアルド」


 そんな彼からすれば彼女の言ってきた話など、ついに来たかというレベルの話だった。

 貴族の一人娘、しかも年齢的に考えて適齢期というか今を逃すと色々と難しくなる年頃ともなればさっさと帰ってきて家のことをやれ、と言いたくなる気持ちもわかるというものだ。


 これで王都で仕事をやっているなら出会いや何やらを期待して猶予を貰えたかもしれないが、残念ながらエリザベスはこんな王国の僻地に引き籠っていると来たものだ。

 ワーベライト家からすれば気が気ではない状況だろう。


「それに魔導協会ネフレインからもそろそろせっつかれているんじゃないか?」


「……実は」


「ふーはっはっはァ! 俺様は向こうでの活躍を祈っているぞ――」


「見捨てないで」


 ついでに言えば彼女はどうやら魔導協会職場からも流石に帰ってこい、という通達が来ているらしい。

 一応、一度は顔を出しに戻ったが流石にそろそろ無理になってきたとか。

 エリザベスは立場的には組織の幹部的な存在であるというのに、サボりまくっているのだからそうもなるだろう。



「まだ書庫アーカイブのデータ閲覧も全部住んでないし、ディアルドと魔法術式の討論もまだまだしたいし……ふぇえええっ。助けて……ここ、離れたくないよう」


「お前、恥の概念って知ってる?」


「捨てることで今の夢の環境を維持できるなら……っ、私は捨てることを厭わない!」


「やめろ縋りつくように抱き着いてくるな。一応、年上だろうが」


「そう言えばそうだった。なんか常に上から目線だったからつい……」


「つい、ってなんだよ。ああっ、俺様が高貴過ぎるからか……ならば仕方な――それはそれとしてディアルドはやめろ」


「?? 別にいいんじゃないか? どうせもうバレてしまったわけだし」


「色々と……あるのだ。バレたと言ってもうちの領内ではルベリやお前ぐらいだし……今まで通りにディーと呼べ」


「ふむ、よくわからないけど一先ず分かったよ」


 その奇妙な言葉にエリザベスは違和感を覚えるも、すぐに今はそれどころではないと思い返し話を続けることにした。


「話を戻すと、だ。今、私は実家と魔導協会ネフレインに顔を出せと催促されているんだ。そこで君の力を借りたくてね」


「なぜ、俺様が……。上向きに発展していっているベルリ領の今後を考えるので忙しいのだ。まあ、何とか自分で帰って何とかして逃れられて戻ってこれたのならまた改めて受け入れてやらないことも――」




「私はになると思うんだよね。キミの為に……ねえ、ディー?」




「む」


「実際、実績はこれまでも示してきたでしょ? 新しく有用な魔法術式を創り上げたり、最近では空いた時間を使って魔法術式を教える教室をやっていた成果も出来たのか領民の中にも魔法を発動できる人間も増えてきたわけだし」


 平然と言っているが平民への魔法技術へ伝える行為は魔導協会ネフレインに真っ向から喧嘩を売る行為であったりする。


 まあ、知ってて許可を出しているのがこのベルリ領なのだが。


「確かに……それは聞いている。元から素養があったものは花位ブルームに届きそうな腕前だとか」


「そこら辺は本人のやる気のお陰かな。私としてもあれこれと色々試して教えるのは存外に楽しくて、ちょっと熱が入ったのは否めないけどそれだけでこうして結果を出すあたり、本人の意欲というのは大事だね。貴族として生まれたのだから当たり前ってボンボンより、よほど成長が早かったよ」


 楽し気に成果を話すエリザベスの様子を見ながらディアルドは思った。

 魔導協会ネフレインの幹部が思いっきり魔導協会ネフレインが定めたルールを無視しているのはどうなのか、と。



「まあ、気にしていないのだろうな。――ふっ、自らの欲に純粋に忠実。俺様からするとその姿はとても美しく見える……」




「ん、ディー? どうしたんだい?」


「いや、なんでもない。だが、そうだな確かにエリザベスがこのベルリ領へともたらした功績は大きい。それは認めざるを得ない」


「ふふん、でしょー?」


 ある意味ではディアルド以上に自らの欲に忠実なエリザベスのことを彼はいつの間にか信用していた。


 優秀なのは確かだし、出来ればベルリ領にてその才覚を活かして貰いたい。

 そんな思いは確かにあった。



 それに優れた働きには相応の報いを――というのがディアルドの掲げる信条の一つでもある。



(いや、まあ……イリージャルの書庫アーカイヴとかも特別に許可してやったりとわり便宜も図っているし、それほど気にする必要もない気もするが……)


 少しだけ考え、彼は一つ息を吐いた。



「……それで一緒に王都に行って欲しいというのはどういうことだ?」


「えっ、聞いてくれるのかい?」


「まあ、エリザベスの働きはこの俺様も認めるところ。出来る範囲であるなら手を貸してやることはやぶさかではない――と言ったところだ。とはいえ、俺様も色々と忙しいからな……」


「ああ、そういえば最近は忙しそうにしていたね。でも、大丈夫だよ。そこまで難しい話じゃない」



 エリザベスの話をまとめるとこうだった。

 曰く、実家に一度顔を出さないとおさまりがつかないので一緒について来て欲しいというものだった。



(まあ、気まずくはあるだろう。一人で帰るより、誰かついて来てほしというのはわからなくもないが……)


 彼女の気持ちとしてはこのままルベリ領へ定住、どころか終の棲家としたい気持ちらしい。


 エリザベスの一生を使ってもどれだけ調べることが出来るのか――そんな叡智がイリージャルには残っているのだ、彼女からすればそれは当然ともいえる選択肢。


 とはいえ……だ。


「それ、ワーベライト家が許すのか?」


 ワーベライト家からすれば当然、領地を治めそして夫を捕まえて子供でも作って欲しい……というのが本音だろう。

 今まで自由に出来ていたのはエリザベスが魔導士としての才覚を発揮し、異例の若さで魔導協会ネフレインの幹部へとなれたからだ。


 貴族と魔法というのは切っても切れない関係にある。

 家の名声を引き上げるには十分すぎる地位と名声を手に入れていたからこそ、今まではとやかくは言わなかったのだろうが……。



「んー、それについては一応策はあるんだ」



 と、エリザベスは何やら自信ありげな様子だ。

 無理だったらさっさとベルリ領に逃げ帰ろう、などと言葉が続く当たりそれほど確実な手でもないようだがそれでも何の手立ても無いわけではないだけマシではある。



(まあ、エリザベスは確かに今後も役に立つだろうから多少の骨を折ってやってもいい。ペリドット侯爵家との繋がりのお陰でベルリ家の存在感自体も出来た。それを上手く利用すれば時間稼ぎぐらいの落としどころは探れるか?)



 ディアルドはそう計算を働かせた。



「――ちょうど。それにもある」


「あの件?」


「いや、なに。別の件で王都近くまで行く予定があってな。それも考えると……ふむ、とはいえ懐柔するなら手土産ぐらいはいるか……? うむ、やはりここはベルリの地の名産である叡智の紅雫イゼル・ディアドロップが妥当だろう。王都でも知名度も上がってきている様だし……」



 などと決めたディアルドであったが――この判断を盛大に後悔する羽目になるとは思いもしなかった。




―――――――――――


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