第百五十一話:叡智の紅雫・Ⅲ



「ばーかばーか! えっち! 変態! なんてものを名産品にしてるんだ、この兄貴!」


「ええい、別に変なものではないだろう。滋養強壮に精がつく効用の一体どこが問題なのか……病気や怪我などで弱った身体には薬になる、これほど頼りになるものはない!」



「でも、これ……手紙を送ってきた連中は何というか――あ、明らかに目的だろ?!」


「まあ――それはそれはそうだろうな!」


「ばか!!」



 ルベリは荒れていた。

 内密にされていた叡智の紅雫イゼル・ディアドロップの効果の内容に分かりやすく怒っていた。


 滋養強壮、精力増強。

 確かに身体に悪い影響を与えるものではないし、何なら健康にも良いのかもしれないが……。


「いや、本当に素晴らしい効果だからな? 精力を増強するだけでなく、興奮を促し、生殖機能も一時的に増強することで子作りが捗るというか……」


「生々しいことを言うのはやめて……」


「馬鹿にするものじゃないぞ? 貴族にとって世継ぎを作ることは重要な使命だからな、つまりはあれやそれ関係は避けては通れぬ道だ。そして、それに対して有用な効果を持った叡智の紅雫イゼル・ディアドロップの価値は著しく上昇し――今の人気になったというわけだな」


 貴族にとって家を残すことこそ第一の使命であり、それを達成するために色々な手段がこれまでの長い歴史の中で行われた。

 だが、子は授かりものという言葉もあるようにその大半は上手くいかず、精力剤などの開発も行われたが上手く進んでいないのが現状だ。


 そんな中でディアルドたちが作った叡智の紅雫イゼル・ディアドロップは精力向上だけではなく、生殖機能を強化し着床率を劇的に増加させる効果まであった。

 全てはヤハトゥの解析によるものだったが、それを知った時彼は確信したのだ。


「あっ、これは売れるな……と」


「…………」


「まあ、精力剤というといかがわしさをルベリが感じるのも無理はない。だが、子供が作れるかどうかに人生の大半がかかっているといっても過言ではない貴族にとって喉から手が出るほどに欲しい一品だ。そして、需要は腐るほどあってなくなることもない。これほど素晴らしい名産があるだろうか? いや、無い」


 叡智の紅雫イゼル・ディアドロップはベルリ領でしか人工栽培は難しく、それはつまり叡智の紅雫イゼル・ディアドロップの生産はベルリ領でしかできないということ。


 つまり、他所に取られる心配がないということだ。


 子作りの問題は全ての貴族が抱えている問題であり例外はない。

 金に糸目を付けないから欲するというものも居るだろう、その需要を独り占めに出来るということはいくらで金が手に入る打ち出の小槌を手に入れたようなもの。


「ふっ、俺様の天才的な手腕が末恐ろしい。領主としてこれほどの素晴らしい功績を築いた俺様を褒めたたえることを許してやろう」


「……凄いとは思うよ。実際、兄貴の言う通りなんだと思うし」


「ふはははァ! そうだろうそうだろう!」




「じゃあ、そんなに凄いことをした兄貴は何で私には黙ってたのかなー?」


「…………」




 しばしの沈黙の後、ディアルドは口を開いた。


「まあ、どう言い繕ってもどうしても……ほら、大事なことであったとしても下関係の話になってしまうというか、外聞が悪いというかなんというか。だからこそ俺様も効果に関して大っぴらにせずに珍しい魔草を材料とした葡萄酒ワインとして売り出したわけで……」


「それを魔草を貴族たちが各々で調べて効果を把握して……」


「まっ、使ったんだろうな。うむ、そしてとても好評だったらしい。その証拠があの手紙の束、そして王都での人気ぶり」


「平民はともかく、やっぱり貴族の間ではそのことを?」


「流れてくる人気の度合いからするとそうだろうだな。大っぴらに話す内容ではないからあくまで裏では……ということだろうが」


「オフェリアからの手紙にはそんな内容なんて」


「まあ、年頃の娘にはちょっと言いづらい内容だからな……伝えなかったんだろ」


「伝えなかった……って? つまりは……ペリドット侯爵?」


「ああ、侯爵には効果をあらかじめ教えて贈ったからな、うまく利用してくれるといいのだが……」


「り、利用って……。いや、それよりもそれだけ王国の貴族の間では叡智の紅雫イゼル・ディアドロップの効果についても……その……」


「広まっているのだろうな。手紙を送ってきた貴族の連中はどうもみたいだし」




「うぁ、あああ……ああぁあああ」




 何かうめき声を上げ始めたルベリを慰めるようにディアルドは肩をポンとして言葉をかけた。




「まあ、落ち着け。確かにちょっと外聞は悪いが、子作りを助ける酒だと考えればある意味神聖な酒だともいえるだろう。新たな生命を育むための葡萄酒ワイン――ああ、なんと素晴らしい!」


「確かに素晴らしい酒かもしれない。そういう用途のみで使われるならな」


「…………」


「ぶっちゃけその手紙の中の連中で本当に困って使ったのはどれくらい?」


「ふーはっはっはァ! ……まあ、二割くらいじゃないか?」


「残りは?」




 ディアルドは無言で目を逸らした。

 そう言った点において奔放であるという噂の貴族の名前をチラホラと彼は見ていた。


「……やっぱえっちなやつじゃん。それだけではないって言っても、やっぱ大半はそっち系で使われてるじゃん」


「うむ、男の子だからね」


「やかましいわ! 前も娼館がどうのこうのと言って……兄貴のすけべ!」


「性に関することは生きていく上では切っても切れない関係なのだ! 仕方ないね!」


「仕方なくねーよ! 私って対外的に魔法薬じみた精力剤の葡萄酒ワインをばら撒いて金儲けしている女になるんだぞ!? 何というかこう……」


「いかがわしさが凄いな」


「そうだよ! そりゃ金になるんだろうけどさ、精力剤の魔法薬みたいな葡萄酒ワインを売りつけまくってる女領主ってどうなんだ?!」




「ふーはっはっはァ! 安心するがいいルベリ」


「あ、兄貴……っ!」


「今更お前の肩書に奇天烈なものが追加されても誤差の範疇――」




「ふんっ!!」


「ぐはっ!? ……腰の入ったいい一撃だ」




 誰かにパンチの打ち方でも学んだのだろうか、ルベリの拳の一撃は中々に重くディアルドの腹部を打ち据えた。

 彼女の乙女としての評判を色々と台無しするようなことをした報いだ。


 叡智の紅雫イゼル・ディアドロップのその価値についてはわかる。

 領主としての観点から見て、およそ完璧といって言い名産品なのは間違いないが――それはそれとして乙女の恥じらい的に拳は受けてもらう必要があった。


 そういったことを汚らわしいと言い捨てるほどルベリは子供ではなかったが、かといって全て受け入れられるほど大人というわけでもないのだ。

 そこら辺の感情を憎らしいことに察知したのか、ディアルドは無防備に受け入れた。


 それで……まあ、許してやろうと彼女は心を鎮めることにした。



 



「それで?」


「うぐぐ……っ、それでとは?」


叡智の紅雫イゼル・ディアドロップの有用性については確かに分かった。金の卵を産むガチョウとも言っていい。だが、それを妙に流してるよな? 適当な理由をつけてそこそこの数を敢えて……ヤハトゥを通してさ」


「ふむ……」


 それはおかしな行動ではあった。

 叡智の紅雫イゼル・ディアドロップは金の卵であり、普通に正規な手段で流すだけでも莫大な利益になる。


 それならば普通に正規ルートで売ればいいのに、それとは別にこっそりとヤハトゥは叡智の紅雫イゼル・ディアドロップをばら撒いていることを――ルベリは知っていた。

 問い詰めるとそれらは「我が主」……つまりはディアルドの指示によるものだと。


「普通に売ればそれだけに利益が出るものをこっそりと流す……。ハワードたちに聞いたがアイツらの伝手も使って後ろ暗い流通ルートにも少し流していたって話だ」


「ほう? ふっ、よく調べたな。よし、褒めてやろう。偉いぞ、ルベリ! すごーい、今や立派な領主となって……」


「ふ、ふふん! 褒めたって追及の手は緩めないからな! ……それでどんな理由で正規ルート以外でこんなに流しているんだ? 出来たばかりだから知名度を広めるため――だけとも思えないんだけど」


「ふーはっはァ! いい着眼点だ。無論、理由はある。今後のことを考えた……な」


「考え?」




「そうだ、酒とはな――お前が思っている以上に広く愛されている。それ故に……な」




 そんな言葉を最後に終わったその日からおおよそ三日後のことだった。





「すまない。私を助けると思って王都に一緒に行かないか?」





 エリザベスがそんな言葉をかけてきたのは。



―――――――――――


https://kakuyomu.jp/users/kuzumochi-3224/news/16818093072875485211

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