第百四十九話:叡智の紅雫・Ⅰ
「ふむ、今のところは順調といったところか」
〈肯定します。――行商人の行き来も予定よりも活性化の傾向にあります〉
「やはり、貯め込んでいたモンスター素材を割安で売ってやったのがいい撒き餌になったか?」
〈回答します。――少なくともペリドット侯爵の後押しもあって後を伸ばした商人たちも、ベルリ領への交易に前向きになったのは往来の活性化からも推察可能です。流石ですね、我が主〉
「ふーはっはっはァ! 天才である俺様にとっては当然といえること。だが、称賛されるととても気分が良くなるので遠慮なく褒め讃えて良し。それはそれとして量の調整は誤っていないだろうな?」
〈回答します。――行商人たちから情報収集しつつ、おおよその物価を推定。市場に影響を与えない程度に量は制限しつつ、あくまで確実な利益になる程度の割引価格というところで調整しています〉
「うむ、それでいい。商人は役に立つ。金しか信じないような相手だが、だからこそ利益を提示続ける間はな」
ディアルドはそう言って豪奢な城の執務室で机に突っ伏しているルベリへと話しかけた。
「……そういうもん?」
「そういうもんだ。それにしても貢物も増えたものだ」
彼の言った通り、ルベリの執務室の中には色々と物が増えていた。
殺風景というわけには如何ないだろうとヤハトゥの助けを借りてオーダーメイドで作った木製のインテリアや調度品、それ以外にも絵画や珍しい工芸品など様々だ。
それらは彼女が買ったものではなく、領主であるルベリへと商人たちが貢いできたものだった。
「色々持ってくるんだよなー」
「なんだ、嬉しくないのか?」
「いや、私もこういうのを受け取る側になったんだなーって思いはあるんだけどさ。なんというか下心が見えるというか」
〈報告します。――贈り物のうちの一部には何らかの魔法が付与されていました。効果は色々あるようですが盗聴などが出来るような術式が刻まれていたものも……〉
「こういうの聞いちゃうとなぁ」
「ふーはっはっ! 人気者になったものだなルベリ」
「ヤハトゥの解析のお陰でちゃんと調べられるからいいとはいえ、こういうの贈られてくるのは結構いやなんだけど?」
「そういった手を使ってくる程度には認められてきたということだ。諦めて逆にうまく使ってやろうという気概を持たなければな……それで送り主についてはちゃんとリストアップ出来ているのだろうな?」
〈回答します。――全く問題ありません。要注意監視対象として対処に移っています〉
「なら、結構だ。そのまま放置して置け」
「いいのかよ、兄貴ー」
「構わん、物に術式を刻んで魔法的効果を付与するというのは相当の腕が無ければ不可能だ。事実、盗聴用の魔法術式が刻まれていたものも不完全にしか動いていないはずだ」
〈肯定します。――流石です、我が主〉
「まっ、要するに上手くいけばいい程度に仕込んでいた可愛げのない代物だ。いちいち目くじらを立てんよ。それこそ、こちらに売ったものに混ぜ物をしていたとか、そこまでしていたのなら話は別だが……この程度の子悪党、軽やかにいなすのも貴族的というやつだ」
「そんなもんかねぇ……」
「ルベリも人を上手く使うことを覚えなければな。……それはそれとして今の街の様子はどうだ? 領主様」
ディアルドは話の流れを変えるようにそう尋ねた。
それに対して彼女は今の今まで精読していたヤハトゥが出力した羊皮紙の資料に目を落とした。
「んー、やっぱ一番の変化は行商人が訪れて物流が出来たことかな? 物が多くこっちでも手に入るようになった。日用品とか調味料とか細々したものとか、それがすごく助かってる。生活するだけなら十分すぎるほどに整ってるルベリティアもやっぱ細かい所までは届かないし」
「まあ、確かにな。作ろうと思えばできなくもないのだろうが、買って済ませることが出来るならその方が楽だ」
「商人たちもこっちをお得意様だって思ってるのか、次に持ってくる商品の品ぞろえの要望とか結構聞いてくれるからな。だいぶ楽になったと思う」
「そうか、商売が出来るようになったことを考える領民たちへの報酬というか対価も考えないといけないな」
「今まで現物給付だったからな……」
「今までのベルリ領だと特に金が無くても問題なかったからな」
住居に関してはこちらで用意したし、公衆衛生施設も別に料金も取らない。
毎日の食料も農作物やモンスターの肉や魚など、十分に食べることが出来るので普通に働いて生きていく分にはなにも困らないのがベルリ領なのだ。
一番近い、街のオーガスタも山を越えた先なので金貨なんてものを持っていても使う機会がない――というのが今までのことだったわけだが、商人がやって来るようになった以上、そういうわけにもいかない。
「働きに応じた給与を支払う。原資は
〈回答します。――了解しました、マスター〉
「ふーはっはっ! より多くの物が巡るようになればそれを求めるものが生まれ、消費も増える。消費が増えるとより多くの供給が行われ、それを呼び水にまた新たな消費者が生まれる。……領地を富ませ、大きくするのは即ちその経済の重要があってこそ。それを上手く手繰ることこそ領主の手腕というやつよな」
「うーん、難しい。……でも、さ。それならさ、なんで移住者の制限とかしてるんだよ? 富ませるのがいいってことなら、それこそもっと商人に来て欲しいわけじゃん? 今はどっちかというと素材の買い込みを目的にしてるけど、売りも買いも出来る方が商人にとっては都合がいいわけで……。つまりは買ってくれる人間は多ければ多いほどいいわけじゃん?」
「ふむ、そうなるな。間違ってはいない」
「なら、もっと領民を増やして仕事を与えて給与を与えて色んなものを買わせるようにすれば商人たちはもっと来るし、色んなものを売りに来るんじゃないか……ってなんだよー、急にやめろよ兄貴」
ディアルドはルベリの頭に手を伸ばし乱雑に撫でながら話を続けた。
「まっ、間違いではない。流石だな」
「だろ? じゃあ、なんで制限してるんだよ。人欲しいって言ってなかったっけ? うちなら多少一気に増えても問題ないと思うけど」
「まあ、そうだな。ベルリ領のキャパシティなら……今、どれぐらいの人間までなら養える?」
彼がそうヤハトゥに尋ねると、彼女はすぐさま答えを示した。
〈回答します。――手段を選ばない、場合を除くと今の農作物の生産量から推定すると……成人換算で五百人と言ったところでしょうか〉
「……思った以上に多かった。俺様、びっくり」
ディアルドの予想以上の結果になっており若干彼は動揺した。
ヤハトゥ曰く、農地関連は大まかに彼女たちの管轄として振り分けられたために日夜改良、作業工程の簡略化を図った結果かなりの合理化に成功し、更にベルリ領の新たな観光名所と言ってもいい――
「まあ、そこら辺はともかく。とにかく、食料供給に関しては問題ないし、住む場所だってさほど労力をかけずに用意できる。だから、領民を移住で一気に増やそうと思えば出来るだろうが……それにはいくつか問題がある。何かわかるか?」
「んー、なんだろう」
「ふっ、それはだな――
「いま、うちの領地のことをこんな場所って言ったな兄貴……。大体兄貴のせいじゃん」
「知らん」
単純問題として王国内においてまずやれていないガッツリ魔法を使った農耕や魔導騎兵の存在などなど、真っ当な良識があればあるほど受け入れがたい運営がまかり通っているのがベルリ領という存在だ。
「冷静に考えて……目が届かない僻地だからって好き勝手にやり過ぎだよな」
「安心しろ、この間の視察を通ったからしばらくは安泰だぞ」
「いや、そういう問題じゃないんだけど……まあ、今更か。けど、確かに麻痺しかけてたけど下手に王国の常識を持ってるほど混乱するよなー、うち。そう考えると下手に移住を推進するのも問題か」
「だろうな、洗n――もとい染め上げるのも容易いが手間がかかる。変に間口を広めず適性がありそうな相手やスキルがありそうな人手を集めることにまずは注力をしたいのだ。幸い労働力ならファティマ達もあるから急ぐ必要もないからな」
「ちょっと気になる言葉を口にした気がしたけど……まあ、そういうことならわかった。なら、移住者の制限に関してはそれでいいとして――」
「
愛らしい少女領主はそれはもうにこやかな笑顔で問いかけたのだった。
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