第百四十八話:ある一般冒険者パーティーの来訪・Ⅲ


 精霊という存在が居る。

 ただし、あくまで伝承や神話の中で――だが。


 古い昔話や伝説などにそれらの存在は語られたり、宗教的な意味合いで象徴とされる場合があるもののそれは空想的、あるいは御伽噺上の存在でしかなかった。


 姿形も話や伝承によってもまちまち、強いて共通点があるとすれば精霊とは理解の及ばない大いなる力の具現という点ぐらいだ。

 彼らにはそれ以上の知識はないかったので精霊か否かの判別などできるはずもなかったが――


「精霊……いや、精霊様って本当におられるのね」


「本当にな」


 精霊であるといわれれば、なるほどただ納得するしかないほどに……目の前の存在は未知の存在であった。



〈自己紹介を行います。――我が名はヤハトゥ。ベルリ・C・ルベリに仕えし存在。そして偉大なる世界樹ユグドラシルの管理者〉



 亡霊レイスなどとも違う半透明な幻想的な蒼き少女を模した姿。

 ヤハトゥはそう男たちに挨拶を行ったのだった。


「ヤハトゥ……それが精霊様のお名前か?」


「それにあの木、世界樹ユグドラシルだったか? その精霊ということか?」


「確かに伝承では火の精霊とか水の精霊とか聞いたことあるけど……」


「というか子爵様に仕える存在って……つまり、精霊様を従えているってこと?」


〈肯定します。――ベルリ様はヤハトゥに命を下す、司令官とも呼ぶべき御方です〉


 ヤハトゥの言葉に彼らはざわめいた。

 領地にこうして足を踏み入れた時から感じていたが……。



「ベルリ子爵とはいったい何者なんだ……」


「……まあ、嘘はついていないですけど」


「ん、何か言ったか?」


「いえ、別に」



 何やら街の案内をしてくれたアリアンという少年が何か言っていたような気がしたが、男たちは色々と圧倒されていたために気にする余裕はなかった。


 ともあれ、精霊ともあろう存在が何故ただの冒険者である自分たちに接触を図ってきたのか……浮かぶ疑問のままに尋ねてみるとヤハトゥは快く答えたのだった。



〈回答します。――ベルリの地は我が主の威光によって発展を遂げている最中、ですがまだまだ未熟な分も多い。故に多くの視点、そして知見で以て今の街の評価を募集しているのです。客観的な感想はより領地を発展させる礎になりますから〉


「ようするに外部の人間である俺たちの感想を知りたい……ということか」


〈肯定します。――世間話と思ってくれれば。こちらも質問には出来る限りお答えしますので〉



 ヤハトゥの言葉にリーダー格の男は少し思案気な表情を浮かべ、そしてチラリっと仲間たちへと視線を飛ばした。

 その返答は「仕方ないから付き合おう」というものだった。


 相手が精霊という超自然的なもので、しかもその後ろには貴族であるベルリ子爵の存在もある。

 下手な対応をして貴族である子爵の不評を買うわけにもいかなかったからだ。


「そうですか、それは大変にありがたい。これほどの街を作るとはベルリ子爵は素晴らしい御方なのでしょうね」


 という前置きを置きつつ、どうせならとリーダー格の男は色々と聞いてみることにした。


「それにしてもこれほど領地が発展しているとは思いませんでした。商人たちとの交易も盛んなようで……ああ、そうだ。少し気になっていたのですが彼らはあくまで売りに来ただけではないですよね? 帰荷を満載にしてオーガスタへと向かっていたところを見たのですが……」


〈回答します。――ああ、あれですか。あれは在庫処分なようなものです。このベルリ領は立地からしてよくモンスターに襲われるので、その際に回収していた素材も溜まっていたので……〉


「なるほど、その話を聞いたから商人たちはこぞって……」


「そういうことでしたか。それにしても安売りしないと処分に困るほどにため込んでいるとなるとベルリ領には余程の戦力が……。これではベルリ領で冒険者をやっても討伐依頼では稼げそうにないですね」


〈回答します。――それは無いでしょう。ベルリ領は広大で未知の部分も多い。冒険者の方々が増えて依頼を受けてくれるようになれば、その分これまで使っていた労力を他に振り分けることも可能になります。そういった点で優れた冒険者たちには是非とも活動拠点として頂きたいと考えています〉


「しかし、ここにはギルドの支部もまだないと聞いていますが」


〈回答します。――そちらの件に関しては話が進んでおり、近いうちにギルド支部の誘致も許可される見込みとなっています〉


「そこまで話が進んでいるなんて」


 男の仲間の一人が呟いた。

 開拓が上手くいっているのは見れば確かに分かったが、ギルドの誘致まで順調とは思わなかった。


 冒険者ギルドは国から委託を受けた行政機関のようなもので、その支部が置かれるというのは面子の問題もあって簡単ではない、余程認められるほどの街だったかあるいは圧力がかかったのか……。


「目の色を変えている商人たちを見れば犯人はわかるわね」


「噂を考えるとペリドット侯爵家も怪しいが……まあ、そこら辺はどうでもいいか」


「ああ、それにしてもギルドも進出してくるのか」


 リーダー格の男は考え込んだ。

 こうなってくると本当に活動拠点をこっちに映すのもありではないかと思えたのだ。


「……どう思う?」


「俺は有りだと思う。確かに異常な街ではあるが、間違いなくこれから発展していくだろう。それにギルドが出来るというのなら……」


 仲間の言葉にリーダー格の男の男は頷いた。


 冒険者としての活動拠点を移す、という言うほど簡単なことではない。

 場所を変えれば色々とその地域特有のルールやしきたりなどがあったり、更に言えば人間関係もトラブルの元だ。

 当然ながらその地で冒険者をやっている者も多くいるわけで、そこに余所者として横から入っていくのだ。

 単純に気に入らないと感じる者も居れば、競合相手が増えたという現実的な理由で不満を持つ者もいる。


 だが、今から新たにギルドが建つベルリ領ならばどうか。


 少なくとも地元で長年やってきたベテラン冒険者……なんて新参には微妙に無特にしづらい相手はいないし、変な地元ルールや慣習だって無い。


 それは大変にありがたい。


 心機一転して旗を上げるには絶好の機会じゃないか、とすら思えた。


 いや、むしろ……。


「いっそのこと、領民になってしまうのもありか」


「……本気?」


「ああ、悪くはないかなって。開拓領なら人でも足りてないだろうし、それに――」



〈回答します。――残念ながら現在領民の募集は行っていません〉


「えっ、そうなんですか?」



 半ば冗談ではあったとはいえそんな男のヤハトゥの返答に男は驚いた。

 開拓領というのもあって人手はいくらでも集めているのだろうと考えていたからだ。

 事実、ルベリティアは立派な街ではあるが立派さと比べると明らかに人が少ない、そのため人手を集めていると思ったのだがどうにも違うらしい。


〈訂正します。――正確に述べるなら「無制限の募集を行っていない」というのが正しい表現となります〉


「つまりは制限付きで募集を行っていると?」


〈肯定します。――ベルリ領は王国領の外れで孤立した領地になりますから〉


「なるほど」


 確かにルベリティアは一番近いオーガスタとも山を挟む形で孤立した場所だ、だからというか独特過ぎる風習というか既存の王国的な街とは違い領主の趣向が強い街の様子になっているというか……更に言えば目の前に存在するヤハトゥのこともある。


 要するに上手く適応出来る者ならいいが無制限に受け入れるとどうしても馴染めない者も出てくるだろうから慎重になっているのだろうと彼らは理解した。


〈所感を述べます。――とはいえ、貴方がたのような方々ならばヤハトゥも問題はないと考えますが……。優秀な冒険者はベルリ領は迎え入れます〉


「こ、光栄です」


「わかってるじゃない」


「お、おい」


 その後も冒険者パーティーたちはヤハトゥと色々と言葉を交わした。



「あっ、もうそろそろ一回戻らないと」


「確かにそうだな。精霊様、それでは私たちはこれで」


〈回答します。――こちらも時間を取らせて頂きありがとうございました。ベルリ領での活動……検討をしていただけると幸いです〉


「あっ、はい。それはもう……ただ、実は依頼を一つ受けていて、一度王都に戻る必要があるのです。そのため、すぐには答えは出せないのですが」


 リーダー格の男はおずおずとそう切り出した。

 そう、あくまで今回は様子見ということで彼らは訪れたのだ。


 そのため、もののついでに一つの依頼も受けていた。

 依頼といっても大した事のない内容なのだが……。



〈質問があります。――差し支えなければどのような依頼なのか聞いても? このベルリ領でのことなら協力できますが〉


「それはありがたい。実は王都のさる御方が「叡智の紅雫イゼル・ディアドロップ」という葡萄酒ワインを探し求めておられて……。なんでも最近東部で出回り始めたとても珍しい原材料を使った希少な葡萄酒ワインらしく、それを見つけてくるのが依頼の内容なのです。何か知っていたら教えていただけたら幸いです」


〈回答します。――知っているも何も叡智の紅雫イゼル・ディアドロップはこのルベリティアで作られている葡萄酒ワインです〉


「そうなん……ですか?」


〈肯定します。――ここより東で自生しているのを発見した魔草、≪叡智の紅実デュオニソス≫。それを原材料に作った葡萄酒ワインとなります〉


「魔草の葡萄酒ワイン!? 聞いたことも無いな」


「そもそも≪叡智の紅実デュオニソス≫という魔草自体は初めて聞いた名前だけど……」


「なるほど、珍しいもの好きの好事家が欲しがるわけだ」


〈提案します。――よろしければお渡ししましょうか? それほど数が作れるものではないのですが、数本なら渡すことも出来ます〉


「よろしいのですか!?」


〈回答します。――構いません。我が主からいただいた裁量権の範囲の中なのでベルリ領の喧伝を考えて……ええ、ありがとうございます〉




〈――それでは皆さん、今後とも御贔屓にお願いしたします〉




―――――――――――


https://kakuyomu.jp/users/kuzumochi-3224/news/16818023214058240492

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