第百四十五話:葡萄酒・Ⅳ


 ≪叡智の紅実デュオニソス≫、そう名付けられた実とその木は特に問題もなくルベリティアへと持ち込まれた。


 特に難しいことでもない、ファーヴニルゥが普通に担いでルベリティアの農区へと運び入れたのだ。

 ディアルドはそれを魔法でするだけで大して働いてはいなかった。


(なんかやる気満々だったからな……)


 別に木を丸々一本、運ぶことなど彼にとって造作もないことだが自身がやるというとちょっと寂しそうな顔をファーヴニルゥがするので仕方なかったのだ。

 わーい、という感じで運んでいく彼女を見ながら後で何かしらのご褒美が必要だなーと考えつつ、早速ディアルドは|≪叡智の紅実デュオニソス≫の調査を行うことにした。


 まずは単純に味見。

 既に生っていた実を一つ採るとそれを実食した。


「うむ、味はまあまあだな」


「そうなの?」


「ほら、あーん」


「あー」


 素直にファーヴニルゥに対し、ディアルドは皮をむいた実を一つ放り込んでやった。

 彼女はそれをモムモムと味わうように咀嚼し、そして飲み込んで――感想を一言。



、だね」


「だろう?」



 別に不味くは無いし、普通に甘みもあって美味しくはあるのだが……どうにも物足りない感覚があるというか――まあ、つまりはそういった感じの味だった。


「まあ、品種改良されていない野生のものならこんなものか」


 改善の余地はあるが問題があるほどではない。

 更にもう一粒口に放り込みながらディアルドはそう結論を出した。


「これなら葡萄酒ワイン作りも問題なさそうだな。……それに毒があるわけでもない。魔草としての効果は……まっ、少し食べたぐらいではわかるわけないか」


 魔力を含んだ植物は魔法薬の材料となるとはいえ、直接摂取しただけで効果を発揮するほど強いものはそうは存在しない。

 基本的に加工されることによって抽出される。

 少なくとも≪叡智の紅実デュオニソス≫にはそれほど強力な効能があるわけではないようだ。


「……まっ、大丈夫かな?」


〈肯定します。――現状では食用に問題がある要因は見つけられませんでした〉


 その後、いくつかヤハトゥと共に|≪叡智の紅実デュオニソス≫を調べるための実験をしたものの、問題のある点は見つからなかったためディアルドは次に移る。


「となると栽培の方だが……どうだ、何とかなりそうか?」


〈回答します。――一先ず、植樹作業に関しては問題なく作業を終了。通常の農地に植えたもの、回収してきた土壌に植えたものに分別しました〉


「なるほどな」


 彼の目の前には二本の|≪叡智の紅実デュオニソス≫の木があった。

 ディアルドはそれに対して掌を向けて魔法を発動させる。



「――≪進化の光セルトロ≫」



 ルベリほどの精度こそ無いものの発動した時間加速の魔法は二本の木の成長を促し、そして――



「うーむ、こうなったか」



 彼はその結果をしげしげと眺めながら呟いた。



 結論から言ってしまえば|≪叡智の紅実デュオニソス≫の木の栽培は中々に難点が多いらしいということが分かった。

 |≪叡智の紅実デュオニソス≫の木、つまりは魔草化した植物はやはり土壌における魔力が重要らしく、ただの農地に植えた|≪叡智の紅実デュオニソス≫の木は成長加速させた結果、魔力が足りなかったせいで木全体から魔力が失われていた。

 要するにただの植物に戻ってしまったのである。

 一方で自生地の魔力を多分に含んだ土壌に植えられていた|≪叡智の紅実デュオニソス≫の木は成長加速させても魔力を含んだままだったが、その代わり土壌に含まれている魔力の量が減衰していた。


「ここが厄介だな」


 ≪進化の光セルトロ≫による成長加速させての植物栽培、一見とても便利な手段だが実のところある弱点があった。

 時間を加速させ植物の成長を促すわけなのだが、当然成長するためには水と栄養が必要となる。

 なので加速させてスキップさせる分、栄養と水をキチンと摂取させる必要があるのだ。

 水はまあ、それほど難しくないのだが問題は土壌の栄養だ。

 ディアルドはそれを一気に成長させるのではなく、区切るように成長させ、新鮮な土壌を入れ替えたり土壌改良魔法を使うことで対処して、終わったらまた再度……という形で解決していたわけだが……。


(つまるところ、やはり魔草を育てるには魔力を含んだ土壌が必要不可欠……。だが、問題はその土壌をどうやって維持するかだな)


 加速魔法によってわかりやすく露呈した魔草の性質……それが魔草は土壌から魔力を吸いあげるというものだが、これは別に加速魔法を使ったから起きた現象ではない。

 魔法を使わずに普通に栽培したとしても|≪叡智の紅実デュオニソス≫の木は土壌から魔力を吸い上げるだろう、そして吸い上げきって土壌から魔力が失われ吸い上げることが出来なくなれば……ただの植物に戻ってしまう。


(そう、そこが肝心なのだ)


 魔草の人工栽培において一番のネックになる存在、それは魔力を含んだ土壌をどうやって作り、そして維持するのかという問題だ。


 基本的に土壌には魔力は含まれていない。

 いや、正確には含まれてはいるものの無いと言っていいほどの微量しか含まれていないというのが正しいかもしれない。


 だが、一部地域に限り豊富な魔力を含んだ場所が存在し、魔草はそこに自生をしている。

 何故一部地域の土壌だけが異様なほどに魔力を含んでいるのか――その謎は未だに謎とされているが……。


(まあ、今はそこはどうでもいい。問題は魔草の栽培に必要な魔力を含んだ土壌をどう用意するべきかということ)


 魔草の人工栽培において、唯一にして最大の難問。

 それに対する主な答えは二つだ。


 一つはそれこそ自生地の土壌を回収して使うことだ。

 これが一番手っ取り早いが土壌からは常に魔力が吸われ続けるのですぐに尽きる。

 そのため定期的な入れ替えが必要となり、どうしても労力やコストがかかり続けるという問題がある。


 もう一つの手は魔力を含んだ土壌を人工的に作り与えること。

 これならばいちいち自生地の土壌を回収して入れ替える手間も必要なくなるし、理想的ではあるのだが……物事というのはそう上手くいくものではない。


 端的に言ってしまえば魔力を含んだ土壌を作るのは技術的に凄く難しいのだ。

 そもそも何故大量の魔力を含んだ土壌が自然界に存在するのも不明で、似たようなものを人工でつくるためには特別な手法で作られた薬剤を利用するしかないがこれが途轍もなく高い。

 いくら高値で売れる魔草の栽培のためとはいえ、容認が出来ないくらいには高いのだ。


 それ故、魔草の人工栽培は必ず失敗すると言われているわけなのだが……。



〈提案があります。――ヤハトゥに任せていただければ解決は可能かもしれません〉



 これに関してはヤハトゥがそう主張したのでディアルドとしては任せる気でいた。

 何かしらの案があるらしい。



「よし、ならば任せるとするか。俺様たちは葡萄酒作りに移るとする」


「わかったよ、マスター。でも、今更だけどマスターって葡萄酒を作ったことなんてあるの?」


「当然ないに決まっている!」


 ファーヴニルゥの言葉に彼は自信満々に答えた。


「当然なんだ……」


「だが、俺様は天才だからな。なんかいい感じに作れるはずだ! たぶん!」


 特に根拠はないがディアルドはそう言い放つと酒造りを開始することにした。

 それは試行錯誤の果てに結実することになるのだが――





「あっ、やべっ」


「マスター……これっていいのかな?」


〈回答します。――適量ならば人体への有害性は認められません〉


「これはこれで……まあ、良し」






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