第百四十四話:葡萄酒・Ⅲ



「おっ、あった。これか……」


「へえ、これが」



 ヤハトゥのナビもあったため例の葡萄の木をディアルドたちが見つけるのはそれほど手間もかからなかった。

 道中でモンスターと接敵するもその全てはディアルドが命を下す間もなく、ファーヴニルゥのキレの増した剣技によって駆逐された。

 

「ふむ……確かに一見するとただの葡萄にしか見えないが」


 案内されて辿り着いた場所は確か葡萄の木が複数自生していた。

 ディアルドは紅い葡萄の実を一つ取ると魔法を使い調べた、すると確かにその実は魔力を帯びていることが確認できた。


「間違いない、確かに魔草だな」


 彼はそう言って辺りを見渡した。

 見る限り一帯はこの葡萄の木の自生地帯のようで予想よりも生えていた。


「やったね、マスター」


「ああ。しかし、これからどうするべきか。いちいち、取りに来るには少し遠いな。ルベリティアで栽培出来ればそれが一番なのだが……」


「実を取って植えてみる?」


「うむ、植物の栽培に関してはそれなりに自信があるからな。ただ……」


 土壌の改良の魔法や≪農人構築ファーム・ゴーレム・クリエイト≫などのアップデートも適宜行っているため、ディアルドとしてもただ農産物を育てることに関しては難しくはないと考えてはいるがものがものだけに流石にこれに関しては自信をもっては言えなかった。



「ふむ、どうだ。いけると思うか?」


〈回答します。――どちらかというとこの葡萄の木が魔草化……つまりは魔力を帯びている要因は土壌にあるのではないかと推測します〉


「なるほど、この植物の品種が特別というより土壌の方が重要だと?」


〈返答します。――土壌の影響を受け、植物自体も変異しているのは確かですが要因として大きいのは土壌の方でしょう。この一帯は土壌に含まれる魔力の濃度が非常に高い。そのために魔草化したのではないかと〉



 ヤハトゥの答えにディアルドは少し考え込んだ。


「土壌が原因か」


 魔草の人工栽培の成功例は少ない。

 正確に言えば栽培自体には成功してもコストがかかり過ぎるため断念せざるを得なかった場合がほとんど……というのが正しい。

 でなければここまで価値は高騰することはなかっただろう。


(まっ、そこら辺はトライ&エラーだな)


 とはいえ、それらの前例はディアルドにとって足踏みをする理由にはなりえなかった。

 他の誰が失敗したとしても天才である自身なら成功できると特に根拠もなく信じて挑戦できる男であり、一応ヤハトゥの知見によるサポートがあればなんとかなるのではないかという希望的観測の打算もあった。



 ただ、それとは別に問題があるとすれば……。



「この葡萄の……魔草のとか予想がついているのか?」


〈回答します。――それは現状では何とも言えません。ヤハトゥのデータベースにも載ってない品種ですので、解析しないことには……〉


「まあ、仕方ないか」



 ディアルドが言った魔草の特性というのは言ってしまえばその魔草がどんな効果を持っているかという話だ。

 魔草は魔法薬の材料となる存在だが当然その種類や品種によってその特色には差異がある。

 ペリドット領で採れる魔草の――≪月光草≫は癒しの力を持っていることで極めて有名で古来より治療薬などに用いられてきた歴史がある。


 つまりは一口に魔力を帯びた植物――魔草と言ってもその存在が秘めた力、効能は様々ということだ。


 そして、この透き通るような紅玉色の葡萄の木は新種……確認されていない品種だとなるとどんな効能を持っているか未知数だ。

 ≪月光草≫のように癒しの効能を持っているのならばいいが下手すれば食用には向かない可能性があるのだ。


 とはいえ、


「まあ、そこら辺は調べてみないとわからんか。ファーヴニルゥ、一体の土も回収して種を……いや、木を丸ごと一本領地に持って帰ろう。そこで色々と調べよう」


「わかった」


「ヤハトゥもサポートを頼む」


〈命令を受諾します。――対象の回収の補助を行います。スキャンをするので根の部分を出来るだけ残したままで掘り起こします。いいですね〉


「わかってるよーだ」


 ファーヴニルゥとヤハトゥが葡萄の木の回収を行っている中、ディアルドは一帯の土壌の確認を行った。

 ヤハトゥの方でもデータは集めているのだろうが、情報は多くて困ることはない。


 魔法を使いつつ土壌の状態を確認し、土壌を回収した。


(ヤハトゥの言っていたようにここら辺一帯の土壌は魔力を多く含んでいるな、何か理由でもあるのか?)


 回収しつつそんなことを考えたが結論は得られなかった。


(まっ、それよりもベルリ領で栽培環境が維持できるかが問題か。少数生産とはいえ名産品を謳うなら最低限の生産量が必要となる。この葡萄の木の人工栽培が上手くいかないようならば計画を一度白紙に戻す必要があるな。流石にここまで足を延ばして回収して葡萄酒作りというのは手間が割り過ぎるし……。それにしても――ふむ)


 考えながらディアルドはふと思った。

 いつまでもこの魔草化した葡萄の木をただの葡萄の木と呼ぶのは何だな……っと。




「そうだな、この葡萄のことは≪叡智の紅実デュオニソス≫とでも名付けるか」


「それってこの葡萄の名前?」


「ふーはっはァ! 良いセンスであろう?」


「なんかカッコいい名前だ!」


「流石、俺様のファーヴニルゥ! わかっているじゃないか。こういうのはパンチを利かせるのが重要なのだ。どんな効能を持っている魔草なのかもわからんがそれっぽい感じの」


〈疑問を呈します。――思った以上に大した効能が無かった場合はどうされるおつもりですか?〉


「正式に決めたわけじゃないから、そっと無かったことにすれば問題なし! とにかく、ルベリティアへと持っていくのだー」




 そんなディアルドの声が森へと響いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る