第百四十二話:葡萄酒・Ⅰ



「もう、お酒……絶対に飲まない」



 宴の次の日、当然のようにルベリには洗礼二日酔いが味わうこととなりその午前中を自室のベッドの上で過ごすこととなった。

 そして、ようやくまともに喋れるようになった彼女がディアルドたちに向けて最初に発した言葉がそれだった。


「ふーはっはァ、貴族の身でそんなことできるわけないだろう。今は若いからまだしもそれなりの地位の有る身分での社交の場というのには付き合いというものがあるんだぞ」


「ぜーったい! やだ! ~~~っ、あいたた……頭が……」


「はい、お水だよ」


「ううっ、ありがとうファーヴニルゥ」


 ファーヴニルゥからの水をルベリは感激しながら受け取った。

 多少、まともになったとはいえそれでも二日酔いに苦しむ彼女にはとても有難かったからだ。


「んぐっ、んぐっ……んっ、ぷはぁ!」


 ルベリは一息でグラス一杯の水を飲み干した。


「……はあ、酷い目に合った」


「飲みなれていないからだ。酒には付き合い方というものがある、これで身に染みただろう? 慣れれば何とかなるものさ」


「そういうもん?」


「自分の限界量を知れば多少はな。……特にお前はもっと戒める必要があるしな」


「???」


「あっ、この感じ覚えていない感じだよマスター」


「ああ、いよいよもってちゃんと学ばせておく必要が出来た」


 ルベリの様子を見てディアルドとファーヴニルゥは少し離れ、彼女には聞こえないようにしながらそう言葉を交わした。

 それにルベリは何か嫌なものを感じた。



「な、なんだよぉ……」


「ふーはっはァ! ……まあ、あれだ。そのことについてはあとでヤハトゥにでも聞くがいい。話を戻すが酒と貴族という地位は切っても切れない関係にある。呼ばれて向こうに招かれて歓待の場で出され葡萄酒ワインを辞退する――というのは中々、難しいのはわかるだろう?」


「ま、まあ……そりゃ」


「ペリドット家の一件は上手くいったとはいえ、これから他所と交流が増えることになるだろうし、考えていかないといけないからな」


「わかったよ、兄貴。……それでなんでヤハトゥが関係を――」




「そんなことはどうでもいい。宴もやって英気も養えたところだし、仕事と行こうじゃないか領主様」


「えっ、あっ、おう。そうだな、外に出ていた分領地の仕事は出来なかったしちゃんとやっていかないと……ただ、何から手を付けるべきか。――あとなんか誤魔化してないか兄貴?」


「俺様が誤魔化していることなんてあるわけないだろう。だが、これは善意で言ってやるが今この場でエスメラルダを通してヤハトゥを読んで説明させるのは良くないと思うぞ。――それはそれとして仕事内容に関してだが、基本的にはペリドット領に行く前とは大して変わらないが、一つやりたいことが増えたので提案したい」


「なんか凄い嫌な予感がするけど、一応その助言には従うよ兄貴。――それにしても提案? なにかやりたいことでも? まあ、今のところ喫緊に解決しないといけないような問題はベルリ領内で発生はしてないからいいけどね。採掘資源の回収や農地の開拓、討伐によるモンスター素材の回収も順調そうだし。兄貴は何をやりたいんだ?」


「いや、昨日ふと思いついてな。「葡萄酒ワインを作ってみたいな」……と」


「…………」


 ディアルドの言葉にルベリは嫌な顔をした。

 まあ、今初めてのお酒の洗礼を受けている真っ最中でそんなことを言われればそんな顔にもなるだろう。


 というか、作るなら勝手に作ればいいだろう。

 今のタイミングで言うのはただの嫌がらせだろう――といった顔だ。


 そんな彼女の態度に少し笑い彼は言葉を続けた。


「言っておくが別に個人的に飲むために作りたいという話ではない。ベルリ領として作らないか……という提案だ」


ベルリ領ウチとして?」


「うむ、別にどうしても葡萄酒ワインじゃなければダメというわけでもないのだが……まぁ、要するに名産品を作ってはどうかということだ」


「名産品、か」


「うむ、領地が発展していく上で自然と外部との交流も増えていくだろう? そうなってくるとやはりベルリ領独自のものというものが必要となってくる」


「ベルリ領独自のもの、かー……必要?」


「まあ、無いよりはあった方がいいのは間違いない。知名度に繋がるからな。そういったものは何かと便利だ。他の領地との差別化というか独自性をだな」


「独自性……ねぇ」


 ルベリは何となく窓の向こうに見えるルベリティアを眺めた。


 そこには彼女の居城から見える機界巨神像アマテラスが魔力砲撃を放っている姿が……どうやら一定以上の力を持ったモンスターが街に近づいていたようだ。

 機界巨神像アマテラスはハワードら一般領民では命の危険がありそうなモンスターが近寄ってくると自動迎撃を行う、まずは追い返すための威嚇射撃が行われそれでも引き返さないようなら殲滅砲撃が行われる。


 今回のモンスターは逃げなかったらしい。

 紅色の追尾式の魔力砲撃が放たれたのを見てルベリは悟った。


「…………」


 ルベリは無言で更に視線を下に向けルベリティアを眺めた。

 そこには機界巨神像アマテラスの砲撃のことなど気にもせず働く領民の姿が、最初こそ騒いでいたものの人はなれる生き物だということか……。


「…………」


 彼女が更に視線を動かすとそこにはオフェリアたちも居ないので堂々と動き回っている普通の魔導騎兵ファティマたちとルベリの石像型に外装を変えられたファティマたちが働いている姿が……。



(もう、あれよくない? ダメかな??)



 そんなことを考えながらルベリは呟いた。




「独自性の塊だろ、ウチって」


「あれやこれやのこと、いっそのこと全部前に出してみるか? それはそれで楽しいことになると思うが」


「やめとく」


「賢明な判断だな」




 がくりっとしながらルベリは話を戻すことにした。


「……それで葡萄酒ワイン作りか。安直と言えば安直じゃない?」


「まっ、どのみち酒類に関しては作る予定はあったからな。ハワードたちの年齢で酒の一つも飲めないとなると不満がたまるし」


「ああ、そういう」


「これでダメなら仕方ない。ここはこのベルリ領における宝にして、王国の東の果てに咲く一凛の花――ベルリ・C・ルベリ子爵の銅像とかパンとかペナントや絵画などでも作ってそれを売り出すことで名産とするしか」




「よし、わかった。酒造りを許可する。なんでもやっていいから、それだけは絶対にやめろ。いいな? じゃないと私も本気で対抗策を実行してやる」


「ほう、この俺様に対する対抗策だと? 俺様の意思を簡単に変えられる秘策など――」




 そんなディアルドの言葉にルベリは真剣な顔で答えた。




「泣くぞ」


「えっ」


「すんごい泣くからな。三日ぐらい子供のように兄貴のそばで泣いてやるからな。^「うわーん」って――覚悟しろよ」


「ごめんなさい」




 彼は素直に謝った。

 恥も外聞も捨てて泣いてやるという覚悟にこっそりと進めていたルベリちゃんグッズの制作の凍結をヤハトゥに指示するのだった。

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