第百四十一話:偉大なるベルリ子爵の憂鬱・Ⅴ
「……あはは、なんか気分が良くなってきた♪ 兄貴、もう一杯ー!」
「思った以上にあっさりと酔っぱらったな。大半はジュースだからそれほど度数が高いわけではないはずだが」
「弱かったんだろうね」
「兄貴ー、もっとー」
「はいはい」
ディアルドは赤ら顔で強請るようにしなだれかかってきたルベリを適当に相手をしつつ、葡萄酒入りのジュースをまたも手渡した。
「わーい、飲ませてー」
「はいはい」
するとルベリはそんなことを言い出した。
どうやら、彼女は酔うと色々と無防備になって甘える性質らしい。
ディアルドはそんなルベリの様子をヤハトゥのドローンで当然のように撮影しつつ、言われたとおりにグラスを片手に飲ませてやった。
完全に酔っぱらっている彼女はコクコクと飲み、どこか満足そうな笑みを浮かべた。
「想定以下の耐性だな。これは少し考えないと」
「普通にお持ち帰りされそうだよね。しかし、彼女は酔うと甘えるタイプなのか」
「うむ、本格的にちょっと手を打たなければな。いくらんでも無防備過ぎるだろ」
「……それに関してはキミだからじゃないかと思わなくもないけど。まあ、いいか。それとシレっと記録しているのは酷くないかな?」
「ふーはっはァ、偉大なるベルリ子爵の栄光の記録だからな。余すところなくするのが天才たる配下の務め……」
「本音」
「そんなのこれを見せてやったらどんな話をするかなって――「あーにーきー、もう一杯-! そーれーと、わたしとーおはなしするのー!」はいはい」
明らかに素面の時とは違うテンションと距離感でぐいぐいとしがみつくるルベリをあしらうディアルド。
迷惑そうにしつつもしっかりと酒入りの七色のジュースを渡して更に面白いことにならないかなとやる辺り、彼は鬼か畜生の類であった。
「それでね、おふぇりあがね。ぷれぜんとをしてくれておてがみもだしてくれるって、でもわたしっておてがみだしたことないからどうしたらいいかなって――」
「そうだな、これからもっと領地を発展させるためにはどうするか。それは如何に優秀な人材を集められるかが焦点となるだろう。専門性の高い技能を持った人材や人が多くなると領内の管理の問題も出てくるからそういった能力を持っている人材も欲しくなる。まあ、ヤハトゥに任せてもいいが便利だからと言って頼り過ぎるのもどうかと思うからな」
「全く話が噛み合って無くない?」
「酔っぱらいの言葉にまともに返しても意味ないし……」
ディアルドの言葉にはどこか実感がこもっていた。
そして実際に酔っているルベリは彼の返答を聞いているのか聞いていないのか、調子よく自分だけ喋っている。
「それで……だから――」
「うむ、そうだな。ほら、飲め飲め」
「わーい、あかーい! きれいー!」
面倒になったのかグラス一杯になったたっぷりと注いだラ・べリアの葡萄酒を渡すとどこか幼児退行したかのように幼い言動の感情はそのまま無警戒のままに先ほどまでの勢いで飲んでしまい。
「きゅう」
「よし」
「自身の領主を酔いつぶす配下のクズ。これ絶対、明日の朝は酷いことになりそうだね」
「酒飲みの通る道だから……。まあ、酔いつぶしたしそれじゃあ俺様は別のところに――あれ」
「がっしりとしがみ付かれて離れないね」
「うむむ、この機会に領民であるハワードたちと交流をしたかったのだが……まあ、いいか。離れないなら仕方ない。このまま、持っていくか」
「……いや、それはやめておいた方がいいんじゃ――まあ、いいか」
「マスター、行ってらっしゃーい」
会話に参加せず、モンスターの肉の焼き加減に集中していたファーヴニルゥの声が響いた。
オルドリン産のスパイスを試したいらしい。
◆
「ふっ、飲んでいる様だな」
「おう、旦那。これほどいいものを飲めるなんて――って、あの……旦那、その……」
「留守の間に城作りにも積極的に参加していたらしいじゃないか。そのこと関して俺様が代わりに感謝の意を示すとしよう」
「いや、こっちとしても楽しかったからそれは別にいいんだけどよ」
ディアルドがエリザベスの元から離れ、話しかけに行ったのはハワードのところだった。
若い連中とは少し離れたところでちゃっかり一瓶丸々確保し、ちびちびとやっていた彼にディアルドは話しかけたものの、対するハワードは微妙な反応だった。
まるで何かを気にしているような……。
「うへへ、あにーきー」
「はいはい、というかさっさと寝ればいいのに……」
「やっ! ふぁーゔるぅみたいによしよしってして……!」
「うむ、これでいいか? 良い子だから大人しくしているんだぞ?」
「うん」
彼の視線がディアルド抱えている人物に注がれているのはきっと気のせいだろう。
両腕を首に回して抱っこされて頭を撫でられて喜んでいる領主様が居るなんてそんな……。
「これはこれでありだな」
「わかるか」
甘えるように摺り寄せているルベリの姿に思わず零したハワード。
それに対しディアルドは片手を差し出し、彼はそれをガッチリと握った。
二人の男はわかり合った。
とりあえず、今もその様子を記録している飛行ドローンの映像を当人に見せる日が楽しみだ、と互いに言葉を交わさずに通じ合いつつ話を始めた。
「それでどんな感じだ?」
「酒のことか? ああ。そりゃもうとても楽しんで飲んでいるが……」
「そっちじゃない。留守の間、オーガスタに行ったのだろう? その結果はどうだったのだ? と聞いているのだ」
「はっ、流石は旦那だ。お見通しってわけだ」
悪そうな顔で笑ったハワードにディアルドは肩をすくめて応えた。
「一応、持っていた伝手とは繋がりがまた持てたがな上手くいくかはわからんぞ?」
「わかっている。いい人材が得られれば儲けものぐらいの期待しかしておらん」
「仮に来たとしてもウチと関わり合いがあったものなんて脛に傷があるようなばかりだぞ?」
「ふははっ、そんなの今更だからな。ちょっとバレたら困る秘密の一つや二つや十や二十……」
「思った以上に多いな……」
「まあ、ともかくしばらくは人材集めだな。何かいいものを知らんのか? ウチだとアレだぞ? 魔法の習得とかも今後は進めていくつもりだぞ?」
「そりゃ確かに
「ふっ、なに心配するな。そこら辺は一応考えている。……とはいえ、それが必要になるかも微妙だが」
「?? どういうことだ?」
「いや、何でもない。それでうまく引き抜けそうで優秀な人材とか居ないのか? あっ、王国への武装蜂起による革命とか過激な思想は勿論なしで。まあ、場合によっては最後の手段として俺様自ら矯正するのも吝かではないが」
「一体何を――いや、いいや。具体的なことは言わないでくれよ、旦那。ただ、まあそうだな。革命黎明軍でも穏健派に属する人間はいるし、そこなら……あくまで貴族などによる魔法の独占に対して反対を示しているだけだから――」
などなどとディアルドとハワードらが話し合っている中、
「うにゅ……あにき、もっと……かまって……」
スリスリと頭を摺り寄せながら満足そうな顔をしながら眠るルベリの姿が……。
「ゆるゆるに緩んでる……」
「ああ、なるほど」
「やっぱり」
などと噂されていることを知らずに彼女は抱き着いたまま、そのまますやすやと寝入り始めたのだった。
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