第百四十話:偉大なるベルリ子爵の憂鬱・Ⅳ
「うぉーい、飲んでるか旦那ぁ! へへっ、これほどいい酒が飲めるなんて……」
「何、俺様たちが留守の間もきちんと働いていたようだからな。領民が真面目に働くなら、そのたまに労うのも領主の務めというやつだ。ベルリ子爵に感謝をささげるがいい」
「ははっ! 大変ありがたく頂きます、子爵様!」
「いや、まあ……うん、別に私は言ってないというか……まあ、喜んでるならいいか。感謝を捧げられるのも悪くは無いし――」
「よし、子爵様の許可が出た! 広場の中央の子爵様の石像に感謝を捧げに行くぞ野郎ども!」
「や め ろ」
日も落ちてきた頃合い。
街の広場にてルベリ達がハワードたちと何をやっているのかと言えば、端的に言えばただの宴だった。
「領地の未来とか行く末みたいな話をするはずじゃ……」
「ふーはっはァ、そういうものを「こうしてこう」と決めるものじゃないからな。手探りで心の中に形作るものだ。俺様にどんな領地を――自らの国を作りたいかと問われて、今明確な答えが出せるのか?」
「……それはそうだけどさ」
「どのみち、あっちで土産として嫌というほど地酒とか押し付けられてしまったからな。それの処分も兼ねてだ。城の建設にも関わっていたようだし、城の完成記念に慰労の意味も兼ねてな」
「ハワードたち、凄い喜びようだったな」
「まあ、平民にはちょっと手が出ないものも多いからな。ある意味、一生ものの思い出にもなるかもな」
「僕、お酒ってあんまり好きじゃない」
「あー、酔っぱらうと不味いからか?」
「いや、その程度は単純に調節できるけど単純に苦いし……」
「ああ、そういう」
「ファーヴニルゥは甘いものが好きだからな。ふーはっはァ、俺様特性の配合果物ジュースを飲むと言い!」
そういってごそごそと魔法陣を展開し何やらやっていたディアルドが取り出したのレインボーなカラーをした飲み物だった。
オーガスタで買い込んだ高級なクリスタルなグラスの中には何層にも色分けされた液体が入っている。
どうやら、ベルリ産の果物をそれぞれジェルのようなジュースに変えて無駄に器用に重ねた逸品らしい。
「わーい!」
ファーヴニルゥを嬉しそうに受け取った。
ディアルドがあげるものなら何でも喜ぶ彼女ではあるが、ジッと楽しそうに眺めている様子からすると随分とその見た目が気に入ったらしい。
そんなファーヴニルゥを様子を眺めながら、傍にやって来ていたエリザベスが口を開いた。
「王都の貴族が見たら、怒りそうなほどに下らないことに使っているね」
「ふははっ、確かにそうかもしれないな。全く頭の固いやつらだ」
「それについては同感だね」
「だが、まあそれに関してはここでは問題ないだろうさ。どうだ?」
彼はそう言って空のグラスをルベリへと向けた。
どうやら彼女のちょっと物欲しそうな視線に気づいたのだろう。
「お、おう……まあ、献上するなら飲んでやらないこともないぞ?」
「ふーはっはァ、見ろ。我が子爵様は大変開明的である! どれ、作ってやるとするか」
「あっ、術式見せて貰っていいかな? 参考にしたい」
「なるか……コレ? 七色のジュースにする魔法とか」
「知的好奇心というやつさ。いつか為になるかもしれないしならないかもしれない。知るというのはそういうものさ」
「ふっ、違いないな」
ディアルドは手慣れた手つきファーヴニルゥにあげたもののように果物の果肉や果汁を綺麗なジェルに変え、七層に重ね合わせた。
それにライオネルから渡された
「わぁ、綺麗」
「ふーはっはァ、そうだろうそうだろう。天才的であるだろう。もっと褒めたたえてくれてよいのだぞ」
「なんというか兄貴って本当にこういうの得意だよな。器用というか……」
市民には手に入らないような高級なクリスタルなグラス、そこに注がれた七色の飲み物をキラキラとした表情で見つめながらルベリは受け取った。
「あっ、でも葡萄酒か……」
「ん、そういえば始めてか? まあ、ならば慣れるためにも飲んでおけ。貴族たるものそれなりに贅沢というものを知らねばな」
「うん」
興味津々という顔でグラスを眺めながらチロチロと舐め始めた彼女の様子に思わずディアルドは笑った。
冒険者をやっていたのだから縁がなかったわけではないだろうが、大体そういった類の人間で酒飲みというのは粗野で乱暴者なものが多いため、ルベリは酒にあまりいいイメージは持っていなかった。
とはいえ、興味自体はあったし更に言えば侯爵家という貴族の中の貴族と言ってもいい家柄の家から送られた葡萄酒だ、彼女が興味をそそられるのも無理はない。
「んくっ……甘い」
「甘いね!」
「うん、美味しい」
などと言っている二人の少女を尻目にディアルドは手に持ったワインボトルをエリザベスの方へと向けた。
「貴様は飲める方なのか?」
「嗜み程度は」
「なら、結構」
「まあ、思考が鈍るから好きじゃないけどね。でも、侯爵家からの頂き物となると少しご相伴に預かりたい程度にはあるかな?」
「ならば遠慮なく飲むと言い。ここらでは手に入らない代物だ」
彼女の返答を聞くと彼は開いていたグラスに注いで渡した。
「頂こう。……うん、いい味だ。それに……これって王都でもそう手に入らないやつじゃないかな」
しげしげと瓶に張られていたラベルを眺めながらエリザベスはいった。
「ああ、年代物だな。好事家に渡せばそれなりの金になりそうだな。金貨何枚重なることになることやら」
「うえっ、一瓶でそんなに……なんか飲みづらくなってきた」
「売ったらお金になったの? マスター」
「まあ、俺様もそこまで詳しくはないから具体的にどこまで行くかはわからん。だが、このラベルは見たことがある。好事家の中では有名でな、王国の西にラ・べリアという街がある。土壌が良かったかのそこでは昔からとても味わい深い葡萄酒が出来るということで有名でな、ただラ・べリアはそこまで大きな街ではない。だから流通するものも多くなくてな」
「ああ、それで高騰していると」
「そうだ。元は細々とやっていたらしいが味の良さからある貴族の好事家の目に留まり、数の少なさからこっそり自分だけ買い占めて楽しんでいたらしいんだが……」
結果としてそれは破綻した。
その貴族がうっかり喋ってしまったのか、それとも財力を使って買い占めていたことを知られたのか定かではないがラ・べリアの葡萄酒は他の好事家の目に留まってしまったのだ。
「そこから先は奪い合いだ。本数の少ないものを奪い合うのだから当然手に入らない者も多くなる。そして、人間というのは不思議なもので手に入りづらいものは「それだけ価値があるものだ」と認識するようになる」
「どういうこと?」
「希少性を勝手に物の価値に加えてしまうのだ。「これだけ数多くの好事家が求めて奪い合って手に入らない葡萄酒なのだから、当然それは素晴らしい葡萄酒なのだろう」とな。どこぞのオークションでは一瓶に家一つが建つほどの値がつけられたとかなんとか」
「……兄貴、なんか飲みづらくなってきたんだけど」
「ふーはっはァ、金貨を飲んでいるようなものだと思うがいい。そうすると味わいも変わってくるというものだ!」
「いや、無理だって?!」
「ふっ、冗談だ。だが、言っただろう? 希少性なんてものは酒そのものの価値においては不要なものだ。酒の価値とは美味いか、不味いかであろう?」
「それは……そうかもだけどさ」
「希少性だとか噂だとかそういうものに惑わされ過ぎると本質の価値を見失う。風評だけが誇張され実体の価値とはあっていない……というのはよくあることだ。ラ・べリアの葡萄酒もそれと似たものだと思っていたのだがな――」
ディアルドは自らのグラスに注いで一口飲み、そして呟いた。
「うむ、美味い。ラ・べリアの葡萄酒は美味かった、それだけでいいだろう?」
「うーん、そういうもんか」
「というかいくら一財産になるとはいえ貰い物を売るとか品性的にちょっとどうかと思うし」
「それはそうかもしれないけどさ……。というか、兄貴に品性?」
「俺様は天才で品性の塊だろうが!」
「あー、はいはい。それにしても葡萄酒って案外飲みやすいんだな。兄貴、もう一杯!」
甘くて飲みやすかったためかゴクゴクと飲んでいくルベリを眺め、ちょっとエリザベスが視線をディアルドに飛ばしてくるが、彼は肩をすくめるだけで応えた。
酒に慣れるというはそういうことである。
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