―ルベリティア騒動記編―
第百三十七話:偉大なるベルリ子爵の憂鬱・Ⅰ
ルベリ・C・ベルリは今日ほどディアルドという男をぶん殴りたいと思ったことはない。
いや、ごめん嘘だ。
わりと頻繁に殴ったりけったりしたい気分になるので、恐らくこの気持ちも後に更新されるんだろうなという予感がある。
非常に残念なことだけど、それはもう彼という人物と付き合う上で仕方ないことであると諦めている。
それで嫌いになれないな、と思ってしまうあたり自分でも毒されているなという自覚があるが……まあ、それはともかくとして。
今、彼女の心を満たしているのは怒りだ。
本当に何をしてくれたんだ、あの野郎――という感じのちょっとうら若き乙女的には少し言葉汚い気持ちがルベリを心のうちを満たしていた。
その原因は言うまでもなく、昨日の決闘騒ぎだった。
彼女の知る最強古代兵器であるファーヴニルゥと王国最強の騎士であるジークフリートの戦い、その戦いは凄絶と言っていいほどの規模で繰り広げられ、一つの大規模演習場が丸々破壊されるほどだった。
(その修復に駆り出されてどれだけ苦労をしたか……いや、そのことじゃない。確かにそのことに関してもまだ怒っているけど、そっちじゃなくて)
ルベリが怒っているのは決闘の結果に起きた出来事だった。
形式上は時間切れのため、引き分けということで決着がついた戦いではあったがそんな化け物のような戦いを直接見た者たちの感想は違った。
そんじょそこらの強大なモンスターを連れて来て潰し合わせてもこうはならないだろう……というほどに破壊されつくした演習場を見たのだ、ハッキリと決闘を見ていた者たちの二人を見る目が変わっていた。
ジークフリートに関しては元から冗談のような噂話が出回る程度には知名度が高かったこともあり、それほどでもなかったが……ファーヴニルゥの場合は違った。
特異と言っていいほどに使いこなす飛行魔法のお陰で「蒼穹姫」の二つ名を持っている彼女だが、ファーヴニルゥ個人のことはあまり知られていない。
ところがあんなものを見せられて……王国最強の騎士と真っ向から戦えるだけの力を持っていると見せつけた。
それは見る目が変わるだろう。
そして、そんな少女を従者にするディアルドという男の存在。
彼の株も上がり、ついでに言えばその男は件のジークフリートとも縁が深いと聞く。
そしてそして、そんなディアルドをルベリは従えているわけで……。
それはつまり王国最強戦力とそれと戦える戦力が彼女の手の中にある――ように見えるとか。
そんな馬鹿なとは思うものの、領へ戻る予定が二日ほど延長され一度歓待を受けたというのに当主であるライオネル直々に再度歓待のために急遽パーティーが行われたあたり……勘違いということでは残念ながらないらしい。
(ううっ、なんでこんなことに……まあ、オフェリアとの仲も応援して貰えて延長で一緒に遊べたのは良かったけどさぁ)
如何に当人がいいとはいってもオフェリアとルベリは貴族同士、立場の差というものがある。
互いに家を背負っている身なので友達だとしても現当主であるライオネルを伺いつつの関係――になるはずだったのだが、決闘騒ぎ後からは彼の態度は一転した。
いや、元からそれほどオフェリアに注意をしていたわけでもなかったルベリとの友好関係、それをむしろ後押しするような発言をしオルドリン巡りを彼女自ら歓待するようにと命を出したくらいだ。
これにオフェリアは喜び、その結果大手を振って二人は街で楽しんだのだった。
まあ、それはよかった。
それ自体は良かったのだが……つまりは侯爵家という王家の中でも上位に位置する貴族の当主にルベリは価値を認められ便宜を図られたということでもある。
そして、これらがただの善意じゃないことぐらいは彼女にだってわかるのだ。
(ううん、実に怖い……なんでちょっと前までただの市民だった私が侯爵様に注目されるなんて。いや、逆に考えよう。伝手づくりという意味では大成功だった、と)
ファーヴニルゥにしてもジークフリートにしても、ディアルド案件なのでルベリがどうこう出来るようなものじゃないという事実は置いておくとして。
ともかく、彼女はペリドット家からかなりの過大評価にも近い評価を受けながら出立するところだった。
「ちゃんと手紙書くから返信はしろよ?」
「あはは、届いたらね」
「田舎だしね、ルベリの領。いや、場所的にはそうでもあれを田舎町と呼ぶのはどうかとも思うけど」
「ま、まあ、あれだ。そこら辺も含めて頑張るよ。手紙の方も……うん」
「ええ、楽しみにしているわ」
ルベリが初めての友達――と言っていいかもしれないオフェリアとの別れを惜しむ中、離れたところではディアルドとジークフリートもまた別れの挨拶をしていた。
「ついていく」
「ついてくるな」
「ついていく」
「まだ下された依頼とやらがあるんだろ?」
「……西方の領土に行かないといけない」
「ふーはっはァ! まあ、頑張るがいいさ。お前には必要は無いだろうが武運を祈っているぞ」
「マスターのことは僕が居るから安心してねー?」
「むっ」
「むむっ」
ファーヴニルゥとジークフリートが睨み合う。
いや、当人たちにとっては睨み合うというほどのものではなかったのかもしれないがそれに挟まれる立場の人間にはたまったものではなかったようだ
「おい、俺様を挟んで睨み合うのやめろ。俺様は貴様たちとは違いか弱いのだ。……それとまあ、なんだ。ほら、これでもやるから」
ディアルドはそう言うと手に持っていた紙袋をジークフリートに手渡した。
「何それマスター」
「覗き込むな……あー、大したものじゃないが昨日露天商で見かけてな。南のアルサイル製やつだ」
「へえ、王都でも滅多に流通しないのに」
「流れて来たんだろうな、それで……まあ、やる」
「うん、ありがとうディアルド。大事にするよ」
ジークフリートはディアルドからのプレゼントを大事そうに受け取った。
その様子を満足そうに眺めて彼は口を開いた。
「それじゃ、王女には俺様のことを――」
「うん、ちゃんと報告しておくね。僕にファーヴニルゥを押し付けて、オルドリンの娼館に行ったことも」
「違う、そうじゃない」
「それとベルリ領にはいづれ行くからね。見てみたいし」
などと言い合っている姿を見て、ルベリはため息を吐いた。
「しばらくしたらまた騒ぎが起きそうだな……。ちょっとぐらい休ませてほしいんだけど」
そんなことを思いながら自らの領地、ベルリ領へと出立し――数日後、到着したルベリの目に飛び込んできたのは――
「……なんだ、これ」
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