第百三十六話:魔剣と魔剣・Ⅳ
「とりあえず、アレだな……何もしないもなんだから応援しておくか、二人とも」
「えっ、兄貴。この惨状が見えて言ってる? 本当に見えてる?」
「二人とも頑張れー!」
「ちょっ、おまっ――なんかすごいやる気を出してる!? どっちも大好きかよ!」
などという外野の声をどちらもしっかりと捉えつつ、ファーヴニルゥとジークフリートはぶつかり合った。
蒼穹姫が振るうのは神速の刃。
流星が如き美しさを魅せながら、内包するのは破滅的なまでの威力をした蒼き剣閃。
対する魔剣が振るう刃は豪の極致。
空間を削り取らんばかり勢いで放たれる一振りは如何なるものでも防ぐこと能わず、ただ全てを切り裂く。
二つの刃は互いに必殺。
それ故にぶつかり合い、破滅の剣は如何なるものを切り裂く刃は――互いの最強にて阻まれる。
「強いね」
「キミこそ」
「僕はマスターの剣だからね」
「それなら僕だって友の剣さ」
「なら――」
「仕方ないね」
既に数えるのも億劫なほどに二人は刃を交えた。
故に分かった。
互いに――この相手は己の命に届きうる存在だと。
ならば、認めてやらなくもない。
マスターに、そして共に相応しき剣の力を持っている……と認めるのも吝かではない。
だが、
「それはそれとして」
「マスターの前で――いや、マスターの前でなくとも僕に敗北は許されない。例え、それがただの模擬決闘だとしても!」
「そうかな? 気にしないとは思うけどね。ただ、まあ……」
にやり、とジークフリートは嗤った。
それはあまり変化のなかった顔から一転しての明確過ぎるほどの変化だった。
「私としても負けるというのは――あまり好きじゃない」
そんなことを言いながらジークフリートは動いた。
いや、正確に言えば動いたと思った瞬間には――既にファーヴニルゥの前に存在していた。
「っ!?」
種も仕掛けもありはしない。
ただ少し早く動いただけ、それだけでファーヴニルゥの知覚を超える速度で近づきグラムを振り上げ――そして、一閃。
「舐めるな……っ!」
振り下ろされる一撃を両手の剣でもってファーヴニルゥは受け止めた。
幼い身体からは想像もつかないほどの人外の膂力を持つ彼女、だがそんなファーヴニルゥをもってしても僅かに顔を歪めるほどの一撃。
「燎原のファティマより、余程強い……」
「なにそれ」
「内緒」
「そう言わないでくれ」
などと会話をしながら二人の戦いは加速度を増していった。
徐々にギアを上げるように動きが速く、鋭くなっていくジークフリートに対しファーヴニルゥは本当に人間なのかと改めて疑った。
最初は目で追うことが出来ていなかった彼女の動きも今では完全に目で捉えており、こちらの攻撃を捌くどころか平然とカウンターを挟み込んでくる始末だ。
更に言えば何度か剣ではなく、フェイントを挟んで蹴り飛ばしたりもしたというのにジークフリートはピンピンしていた。
そこらのモンスターならミンチになっていてもおかしくないというのに。
(出鱈目だな……流石はマスターの友人)
今まで戦ったモンスターや魔導兵器、魔物よりも理不尽なものを感じながらもファーヴニルゥは喜んでいた。
別にこうして久しぶりに手応えのある敵と戦えているから、というバトル
(弱いやつを倒してもあまり自慢にはならないもんね。それに――得るものもあったし!)
「――こうでしょ?」
「っ!? この……っ!」
不意にファーヴニルゥの剣閃の軌道が変わり、ジークフリートを捉え大きく吹き飛ばした。
「……やってくれる」
彼女の剣はある意味では剣ではない。
雷光の如く、ただ最短最速の軌道を描きその全てを切り裂くもの。
言ってしまえばそれだけであり、単調であり愚直でもあった。
無論、視認すら困難なその剣閃に反応できるのがどれだけいるか――という話でもあったが。
だが、現にその速度に対応できる存在が現れてしまった。
そして、ジークフリートはその規格外な性能だよりのファーヴニルゥの戦い方に慣れて始めたのか、時間をかけるごとに攻撃が当たりづらくなってきていた。
では、どうするべきか。
答えは簡単だ――学習すればいい。
手本は目の前に存在していた。
空を飛ぶことこそできないものの、自身に匹敵するほどの速度で動き対等に戦う騎士の動きを解析し、模倣し、取り込んでいく。
「やるね」
ジークフリートの戦いぶりも人外染みたものがあったがそれでもファーヴニルゥとは違い、その剣を主体とした動きには確かな術理があった。
これならば確かに取り込む価値がある。
彼女はそう判断したのだ。
「本当に楽しませてくれる」
「僕も感謝するよ。これでまた少し強くなれる」
王国最強の騎士の剣技を模倣し、習得していくファーヴニルゥにジークフリートは押し込まれていく。
剣の筋の一つ一つが洗練されていくのが手に取るように分かった。
戦いはさらに過熱していく。
強さを増していくファーヴニルゥに対して、負けじとジークフリートの動きも激しくなり、それを更に彼女は吸収していく。
そして――
◆
「で、どうするんだよ。兄貴」
「……ふーはっはァ!」
「とりあえず、笑って誤魔化すのやめよーぜ兄貴」
「はい」
ディアルドはルベリの冷たい視線を浴びながらそう答えた。
目の前にはものの見事に荒れ果ててしまった演習場だった場所がただただ広がっていた。
「いや、これほどまでに二人が盛り上がるとは思わなくてな。もうちょっとこうほどほどの感じで終えるのかと」
「煽ってたよね?」
「まあ……そっちの方が楽しいかなって。でも、ほらちゃんと時間制限有りの決闘にしておいてよかっただろう? こういったことも考えて俺様は手を打っておいたのだ、流石天才と褒めたたえてくれてもいいんだぞ?」
ファーヴニルゥとジークフリートの決闘は結局のところ決着はつかなかった。
元より決められた時間が過ぎたら終わる予定にディアルドがしていたからだ、幸いにして両者ともにそれを忘れるほどに戦いに熱中していたわけではなかったらしい。
彼が鐘を鳴らすと互いにあっさりと剣を納めて、ディアルドたちのもとにやってきた。
因みに決着はつかなかったがファーヴニルゥの方には魔法障壁などがあるせいか、互いに同じくらいに諸に攻撃を食らっていたのに汚れてはいなかった。
ジークフリートの方はそういったものがないため、鎧の方が酷いことになり服も汚れていたが……身体の方にはまるでダメージが残っていないのかピンピンとしていた。
「なんで?」
「ジークだからなぁ……とりあえず、演習場をどうにかするか」
「いや、出来るのか? なんか大地に裂け目が出来てたり、隆起してたりするけど」
「ただの物理的な破壊だ。貴様の魔法で何とかなるだろう。……ほんと、ただの物理的な剣同士の戦いの結果なんだよなぁ。この理不尽感……ふっ、懐かしいな」
「そんなことだろうと思ったけど、この規模はちょっと……兄貴も手伝えよ」
「仕方あるまいな」
どんなモンスターや魔物が戦えばこれほどのあり様になるのか、と言わんばかりの光景にため息を吐きながらも尻拭いをするためにとりあえず動き出したルベリ。
彼女としても二人の戦いはハッキリと言って引くレベルだったのだが、それでも慣れもあってか再起動も早く、一先ず何とかしなければという気持ちで行動を開始したのだが――
「オフェリアよ」
「はい、父上」
「ベルリ子爵とはこれからも縁を深くな? 絶対にな」
「はい、父上」
演習場をド派手に破壊しつくした二人に懐かれているディアルドを顎で使って演習場を修復し始める彼女は、後ろでどういった目で見られているかまるで気づくことはなかった。
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