第百三十五話:魔剣と魔剣・Ⅲ
「ふむ……何というかアレだな、ディー殿」
「ふーはっはァ! なんでしょう?」
「そのさっきは済まなかったな」
「ふっ、わかってくれればそれでいいのです」
神妙な面持ちで告げられたライオネルからの言葉にディアルドは鷹揚に返した。
立場を考えると向こうは侯爵家当主であり、彼は対外的には子爵であるルベリの腹心、臣下というポジションである、それを考えるとあまりにも気やす過ぎて問題のある態度なのだがそれを注意できる者は居なかった。
何故なら――
「ぎゃー!? 岩が飛んできたぁ!」
「だ、大丈夫だ! ちゃんとこの防護魔法を維持し続けていればこちらに被害は……ひィ!」
「目の前までいきなり地面が裂けたんだけど!? 遠距離魔法は禁止のはずでしょ!?」
「現実逃避をするな、あれはジークフリート卿が剣を振って出来た衝撃波というか斬撃というか――そんな感じのものだ!」
「出るのそんなの!?」
「出てるんだからしょうがないだろ! ほら、また蒼穹姫とぶつかり合ってなんか周囲の空間が歪んだ! すぐに衝撃が来るぞぉ!」
「ついでに瓦礫とかなんかその他諸々も!」
「演習場が酷いことに……」
などなど。
そこには狂乱があった。
主に騒いでいるのはディアルドが敷いて維持を任されたヘリオストルの魔導士たちだ、彼らは必死になって定位置についたまま魔力を流し防護結界を保っている。
相応の防御力を有しているとはいえ、人なんか軽く殺せそうな勢いで飛んでくる岩やら斬撃の余波に泣きそうになっていた。
「いやはや、ディー殿の魔法が無ければどうなっていたことやら」
「というかこの視覚強化の魔法が無ければ戦い自体が碌に見えませんでしたわね」
「確かにな、改めて礼を言うぞ。それにしてもこれが王国最強の騎士の力……ただ、剣を振るだけで大地は裂けるとは」
興に乗ってきたのだろうジークフリートの動きが加速し、グラムを振り抜く回数が増えていく。
その斬撃の度に大地に爪跡を刻まれ、ついでと言わんばかりに爆発したりもしていた。
「それに対する蒼穹姫も……いや、素晴らしい。雷鳴すら置き去りにするような動きに閃光の如き鮮烈なる剣撃の嵐」
蒼き魔剣を抜き放ち、ギアを上げた高速機動を行い戦うファーヴニルゥ。
殲滅兵装としての一面を僅かに解禁した彼女のその戦い様はまるで死の妖精そのものだった。
見惚れるような美しさを纏っていながらも、音速を超えた機動は動くたびに周囲に破壊を振りまく。
二体の最強、二振りの魔剣は演習場を盛大に破壊しながらもなお戦い続けていた。
「いや、何というか……なるほど、確かにこれは王国最強だ。まだ若い身に大きすぎる名ではないかと思っていたが、それ以外にあげられる名がない。流石は陛下だ」
「それと戦えている蒼穹姫……彼女はいったい」
瓦礫となっていく演習場をどこか呆然とした様子で眺めながら会話をしているペリドット親子。
まあ、それも仕方ないことだろうよほど強大なモンスター同士の抗争でもこうはならない――と言った迫力の戦いが人の身で行われているのだから。
これがまだ魔導士の戦いで魔法の打ち合いならば理解も出来る光景だったのだが……。
「兄貴……兄貴!」
「うん? どうしたそんなに声を潜めて……というか人の眼である場所でそれはやめろと――」
「いや、そんなのはいいから。それよりもあれ何? ファーヴニルゥはわかるけど、それと戦えているジークフリートは何なのさ! もしかしてあの人も古代の生体兵器とか!?」
「うむ、実は人型の魔物じゃないかと疑ったこともあったりしたのだがあれで人間なのだなぁ」
「いや、でもなんか剣を振るたびに衝撃波みたいなのは出てるし……あっ、もしかしてそれが魔剣と名高いグラムの――」
「使ってない。なんかこう……凄い勢いで振るって出してるんだろう」
「適当過ぎない!?」
「天才にだって……わからないことぐらいある。昔からアイツはアホみたいに強かったからな」
「それで納得できる強さじゃないんだけど」
ルベリはジト目になってチラリと未だに戦っている人の形をした怪物たちに視線をやった。
そこではファーヴニルゥの魔剣を真っ向から受け止めるジークフリートの姿がそこにあった。
≪バルムンク=レイ≫による斬撃、それを受けてグラムが壊れていないのは――あれがドルアーガ王国における神器の一つとも呼ばれる宝剣であるから……で、納得するにしてもジークフリートが二歩後ずさっただけで受け止め切っているのはどう考えてもおかしかった。
加速を利用したファーヴニルゥの斬撃は鋭さもそうだが単純な斬撃に乗せられた物理的なエネルギーも凄まじいのだ、現に受けたジークフリートの足元はまるでクレーターのようになっている。
それほどまでの一撃だったのだ。
如何に魔剣グラムが堅牢であり砕けないとしても、破壊的なまでの威力はどうしようもない――だというのにジークフリートはこともなげにすぐさま体勢へ立て直し反撃に移る。
どう考えてもおかしい光景がそこにあった。
「あれは……おかしいだろ」
「まあ、おかしいな。ファーヴニルゥの加速が載った斬撃、グラムの強靭性があるとはいえ受け止めるのは明らかに異常だ」
音速を優に越す加速による物理的なエネルギー、それをジークフリートはただねじ伏せている。
「出来るのかよ、そんなこと」
「実際、出来ている。……何度か授業してやったことがあったな、魔法について。それに身体強化の魔法についてもあったはずだ」
「身体能力を強化する魔法だろう。今使っているみたいに視覚強化をする魔法や筋力上げたり、他にも身体を硬質させることで防御を高めたり……」
「その源流となったのは一人の剣士であったという伝説がある」
「伝説?」
「ああ、そうだ。魔法というのは魔力を源として発動している。それは知っているだろう?」
「そりゃ、基礎だもん。その魔法に指向性を与えるのが術式であり魔法陣、それらによって魔力は魔法へと変換され力へと変わる」
「ふーはっはァ、その通りだ。勉強しているな。ここで重要になるのは魔力を変換することによって魔法という――現実世界において何かしらの変化を起こす現象は引き起こされるということ。つまるところ、術式は必ずしも必須ではないのだ」
「えっ、どういうこと? 魔法には術式が必須なはずじゃ……」
「所謂、術式と呼ばれるものは言ってみれば計算式、公式に近い。適切な数値を入力することで正しき答えを出力する。ただ、結果的に出力する数値が正しければ計算式をスキップすることが可能だ」
それが≪神武式≫と呼ばれる特殊な流派だ。
体内に持つ魔力を操り、体内で完結させ特殊な魔法を発動させる剣の流派。
「魔法陣を発生させることなく魔法を使う技術。体内で完結させるため、基本的には効果は身体強化系のみに絞られるがな」
「そんな流派が……」
「≪神武式≫ではそれなりに体系を作られている様だが、似たような力を使っているものは意外に多い。主に騎士の連中だな。ほとんど、無意識で自覚もしてないだろうが……まあ、要するに自身の魔力を感覚で操って力に変えているということだ」
「へえ、そんな力があるなんて……。そうか、つまりはジークフリートも――」
≪神武式≫とやらの使い手なら、あの埒外と言えるほどの暴れっぷりにも納得が出来るとルベリが頷くも、
「いや、アイツがそれを納めているなんて聞いたことないなぁ」
ディアルドはあっさり否定した。
無意識レベルで模倣している可能性は否定できないが、彼はそもそも≪神武式≫使いの暗殺者と戦ったことがある。
その経験から言わせて貰えばあんなことが出来る流派ではないと考える。
「そもそも≪神武式≫は魔法陣を発生させずに魔法と同じ身体強化を行えるが、利点はそれぐらいというか……。マニュアルで魔力を操作して強化を行う分、普通に魔法で身体強化をかけるよりも技術的に効果が不安定でもあるし、そこまで大したものじゃない。ただ、まあ偶に感覚やセンスがずば抜けて無意識に使ってやたらに強い戦士とか騎士が居るのも確かではあるが……アイツはちょっとおかしい。正直、引く」
「えっ、じゃあ……結局、ジークフリートはなんであんなに強いのさ」
「ふむ……ジークフリートだからじゃないか?」
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