第百三十四話:魔剣と魔剣・Ⅱ
戦いの火蓋は静かに切って捨てられた。
一帯にはただ広い空間が続いている演習場の中心、そこで対峙する二人は気負いもなく始まりを告げる号令を聞いて互いに剣を構えた。
両者の間に空気は不思議なほどに静かだった。
「さて、始まったようだ。では、やろうか?」
「すぐに終わらないといいんだけどね」
「努力しよう」
ファーヴニルゥの言葉にそう返答をしながらジークフリートは身の丈ほどの長剣であるグラムを構えた。
「じゃあ、いくよ?」
その体幹に一切のブレはなく、まるで重さを感じさせずに構えるジークフリートに対しファーヴニルゥはそう問いかけると返答を聞くまでもなく――加速した。
一切の淀みなく行われる魔力の行使、魔法術式の展開。
それは人の域ではありえない神速と評してもいい――魔法の発動速度。
元来、魔法の発動には手順が存在し、どれだけ発動までの工程を削ぎ落したとしても……人が発動できる魔法の速度には限界がある。
だが、魔導兵器として生まれたファーヴニルゥは違う。
効率的に、かつ大規模で複雑な術式の戦略級魔法を使えるようにデザインされた彼女の術式展開速度は異次元のそれだ。
仮に全神経を集中し、魔法の発動の予兆――即ち、魔法陣の構築を捉えようと気を張っていたとしても……それを凌駕するほどの速度で魔法を発動し、音速を超える加速をファーヴニルゥは自らに付与することが出来た。
常人では捉えられるのは構築され、役割が終わったために崩壊する魔法陣の残滓が精々。
それを捉えた時には既に超加速によって彼女は距離を縮め、オーディールを振り抜いていた。
一筋の銀閃が煌いた。
開始早々の最短かつ最速の一撃。
余人ならば認識することすら難しいその一撃は――
「いや、驚いた。凄いな……全く発動が見えなかった」
「その割に受けきって見せたんだ」
「ああ、見えなかったから勘で受けた。それにしても速い……注意深く見ていたつもりだったんだけどな」
「速いだけじゃないよ?」
「そうだと嬉しいね」
ファーヴニルゥは開始直後の不意を突いた一撃を受けられたことに対し、特に動揺もせずにそのまま攻撃を続行した。
子供のような体格と比べると大きさの際立つジークフリートの身体に目掛け、彼女はそのまま連続で斬撃を放つ。
「おおっ、これは凄い。速過ぎて全然見えないなんていつぐらいかな?」
銀色に煌く無数の剣閃。
それらをジークフリートは淡々と処理していく、長剣であるグラムを器用に操り危険なものは直接捌き、それ以外のものは鎧によって受けて防いだ。
大型の剣の使い手であるジークフリートに対し、細身の剣であるオーディールを操るファーヴニルゥ。
互いの体格差も相まって初手で距離を潰し、非常に近距離を維持しながら切りかかる彼女の方が有利。
事実としてジークフリートは防戦一方で、ファーヴニルゥの剣撃の嵐を捌くことしかできていない。
傍目から見れば一方展開。
だが、
「器用だね」
「案外いけるものだね。じゃあ、そろそろこちらからも……」
ファーヴニルゥは気づいていた。
彼女の攻撃の速度は圧倒的で相手に反撃の余地を与えず、またジークフリートも全ての攻撃を防御できているわけではない。
その証拠に相手の鎧にはファーヴニルゥの攻撃によって無数の傷が刻まれている。
(けど、違う。傷ついているの表面だけだ……鎧で受けているんだ、こいつ!)
だが、彼女の斬撃は本来ならそんな生易しいものではない。
ジークフリートの鎧は確かに上物ではあったが、それでもファーヴニルゥの剣撃で切り裂けないほどのものというわけではない。
だというのに最小限の被害で済んでいるのは偏にジークフリートが上手く斬撃を受け流しているからだ。
刃が鎧を捉える際、身体を調整し上手く力を逃がす形で受けることで抑えている。
どんな技術だというのか。
(いや、技術じゃない。こいつのは――)
「――反撃に行こうか」
唐突にジークフリートの動きが変わった。
受けの体勢から攻めの体勢へ。
そうはさせじとファーヴニルゥも剣閃を放つもジークフリートはその神速の剣閃を最小限の動きで捌き切り、お返しとばかりに豪快にその巨剣を振り抜いた。
――轟っ!!
彼女はそれを一瞬受け止めてやろうと思ったが、いやな予感を感じ回避すると大きく距離を取った。
「今度は完璧に避けて見せた」
「慣れたからね」
まるで当然のように言い放ったジークフリートに、ファーヴニルゥの中での警戒度が上がった。
「次はもうちょっと広く使うよ?」
「いいよ、どんどん来るといい。それにしても流石は彼の秘蔵っ子だ。いやはや、なんとも――」
ジークフリートが口にする言葉など聞き流しながら、ファーヴニルゥは動き出す。
今さっきやっていたのはあくまでもわざわざ相手の距離につきあっての近距離戦――ここらは違う。
「蒼穹姫」の名に相応しく、飛行魔法と加速魔法の重ね掛け。
オーディールにも再度の保護と強化魔法をかけ、ファーヴニルゥは一筋の流星となった。
軌跡でしか認識することができない高速攻撃。
縦横無尽という言葉に相応しき軌道で獲物へと襲いかかり、放たれるファーヴニルゥの剣撃は降り注ぐ雨の如く、そして氷の如きの鋭利な冷たさをもってジークフリートへと向かう。
「もっと速くなるのか!」
これまでとは違い空間を立体的に使った高速機動の攻撃。
それにさしものジークフリートと言えども翻弄されファーヴニルゥの動きを捉えることが出来なかった。
それほどまでに速く、振るわれる一つ一つの剣閃に宿る力に思わず――最強の騎士は楽し気な声を上げた。
「これで――っ!?」
「なら、私も少しだけ本気だ」
ジークフリートを翻弄し、背後を取ったファーヴニルゥは咄嗟に攻撃動作を中止して無理やりに軌道を変更――次の瞬間、彼女が一瞬前まで居た空間が割れた。
いや、違う。
それはただの錯覚。
ただ、空間が分断された――そう一瞬誤認するほどの斬撃がファーヴニルゥが居た場所を切り裂いたのだ。
「……いや、ちょっとやり過ぎたな。ディアルドに怒られるかもしれない」
一体どういった速度で振り抜いたのか、そしてどれほどの力があればこんなことが出来るのか……演習場の大地に深い斬撃の跡を剣圧だけで刻み込んでしまったジークフリートは軽く頭をかきながらファーヴニルゥへと向き直った。
「まあ、でも今のも避けられたわけだし……これぐらいならいいよね、うん」
「……キミって人間?」
「それはこちらの台詞なんだけどね。まあ、私はディアルドの無二の親友だよ」
「そっか、じゃあそう言うこともあるか」
ファーヴニルゥはジークフリートの答えになって答えに納得したように頷くとオーディールを腰に下げていた鞘へと納めた。
今の一振り、間近に味わった一閃を見て彼女の中での脅威度の判定が跳ね上がった。
元より内包する魔力量と手に持っている古代兵装から高めに設定していたがそれは誤りだった。
甘い見積もりだった。
それを認めるが故にディアルドから賜った剣を納め――そして、自らの蒼の魔剣を抜き放った。
「流石はマスターの友……それは認めてあげる。でも、マスターの剣は僕一人でいいよ」
「それはちょっと譲れないかな?」
ファーヴニルゥの言葉にそう言うとジークフリートも改めてグラムを構え直し――そして次の瞬間、二つの魔剣はぶつかり合った。
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