第百三十三話:魔剣と魔剣・Ⅰ
「ファーヴニルゥと≪魔剣≫の決闘!?」
ルベリがその報を聞いたのは夕方になってのことだった。
ペリドット領で最も栄えた城下街であるオルドリン、その日彼女はオフェリアに連れられて散策していた。
元から案内をして貰えるという約束があったのもそうだが、何だかんだとオフェリアはルベリのことを認めたらしく、彼女は照れながらもオルドリンに泊まることが決まったルベリを誘ったのだ。
ルベリとしても不相応と言ってもいい地位になってしまったため、生涯対等な友人など出来ないだろうなと諦めていたのであってそれを快諾。
堅苦しいこと抜きで今日は楽しく街を巡ろうと微罰中のヘリオストルをこき使い、立場を隠しながら一日中を遊んだ――その帰りに伝えられた。
(なんでそんなことに……? いや、兄貴だな。絶対、兄貴のせいだ)
寝耳に水な話に一瞬困惑するもルベリはすぐにその原因に思い至った。
「へえ、それは面白い。蒼穹姫の強さはこの目で見たけど、想像を絶する強さだった。彼女なら≪魔剣≫を相手にしても」
「ああ、あれほどの少女の見た目で我らでは相手にならぬほどの強さだったからな」
「だが、相手は≪魔剣≫だぞ? 山を打ち抜く剛剣を見ただろう? あれこそ噂に名高き王国最強。流石に――」
話が知れ渡るとヘリオストルたちは色めき立ってそんな風に言い合い始めた。
聞くところによるとペリドットではこうした決闘形式の模擬戦は珍しくはないらしい。
「へえ、面白いことになったじゃない。貴方はどっちが勝つと思う? ルベリ」
「えっ、あー……そうだな」
「まあ、流石にそこは蒼穹姫よね」
「それはまあ、うん」
オフェリアの言葉にルベリはそう答えた。
あまりこういった文化に馴染みがない彼女からすると決闘と言われると凄く物騒で困惑の方が強かったが……それでもその言葉に嘘はなかった。
(戦えば勝つのはファーヴニルゥ。相手が王国の英雄だとしても)
彼女の正体を知っているというのもあるし、事実としてその途方もない力を見て来た経験に裏打ちされた思いだった。
「とはいえ、相手は彼のジークフリートよ? 王家の至宝を与えられた最強の騎士……こうしてその戦いを視れることになるなんてな」
楽し気に笑うオフェリアを横目に見ながらルベリは思った。
彼女からすれば戦えば勝つのはファーヴニルゥだと考えている。
信頼云々の前にファーヴニルゥの力を直接見たことがある反面、ジークフリートのことは伝え聞く噂しか彼女は知らないのだ。
けど、
(兄貴は違うはずなんだよなぁ。兄貴はどっちの力も知っているはず)
それなのに今回のような場を設けたということはどういった考えのもとのなのか、それがルベリにはわからなかった。
(少なくともファーヴニルゥにみんなの前でやっつけて貰う――とか、そういうことじゃないよな。そもそも模擬戦とはいえ王国最強の騎士を皆の目の前で倒してしまうというのは色々とマズイ気がする、利点がない上に無意味に騒ぎになりそうだし。そもそも、仲が良さそうに見えたからな)
ディアルドという男は何だかんだと身内には優しい人間であることは彼女は既に見抜いている。
まあ、それはそれとして迷惑とかは普通にかけてくるが悪辣に貶めようとする人間ではないと思っている。
(となると……この決闘にそういう意図が無いとすると何なんだ?)
そこでふとルベリの頭にある可能性が過った。
彼は考えていないようで考えている、と見せかけて考えているようで考えてなしに行動することが多々ある。
(単純にどっちが強いか見てみたくなったから――とか?)
彼女の知るディアルドからするととてもあり得そうな理由ではあったが、だとすればこの場合一つの事実が浮かび上がることになる。
それは――
(兄貴は……ファーヴニルゥが勝てない可能性もあると思っているってこと?)
「……まさか、ね」
◆
オルドリン郊外、第三演習場。
それはオルドリンから一番離れた場所であり、そして広大な演習場だった。
主に軍事訓練や広範囲の魔法の修練に使われる場であり、殺風景な光景が広がっている。
「ふむ、ここでよかったのかね」
「ええ、ありがとうございます」
「他にも演習場はあったのだがね。一番広い演習場をと所望されたため、ここを選んだが……やはりここでは寂しく感じるな」
ライオネルが言うようにこのオルドリン近郊には他にも演習場があった。
決闘儀礼や鍛錬を見学しやすいように設備を整えられていた演習場も存在し、最初当然そちらを薦められたのだがそれをディアルドは断ったのだ。
「ふーはっはァ! いえ、これくらいの広さは絶対に必要ですからな。我が従者は正しく蒼穹を翔ける騎士であるが故」
「なるほど、これぐらいの広さが必要というわけか。しかし、これほど離れる必要があるのかね? もう少し近くで見たいのだが……」
再度、ライオネルは彼へと尋ねた。
何しろこの決闘の見学者である彼らは一ヶ所に集まり、かなりの距離を置かれて配置されていたからだ。
武門に属する彼らからすれば勇名を轟かせるジークフリートの戦いというのはとても心躍らせるものがあるらしく、この対応には少々の不満があるらしい。
無論、彼らとて広範囲攻撃魔法は使わないあくまでも剣技を主体とした決闘方式であるとはいえ、戦いに事故はつきもので万が一を考えるのは当然というのはわかるのだが――だとしても距離を取り過ぎていた。
「まあ、視覚強化の魔法を発動させるのでそれで我慢してほしい」
だが、ディアルドはそんな言葉を聞きながらしながらせっせと地面に文様を描いている。
術式自体を大地に刻み込み魔法陣を作っているのだ、その内容は彼が口に出した通りに視覚を強化する魔法術式に加え、更に防護魔法の術式を各種取り込んだものだった。
難解すぎて手伝いとして顎で使われているヘリオストルの者たちでは解読できないレベルではあったが。
「これぐらいでいいか? やはり複合させると面倒だな。とはいえ、手を抜くわけにはいかんし……」
「あのー、兄貴? そこまでする必要は無いんじゃ」
いつも通り過ぎるマイペースさに思わずこっそりとルベリが話しかけるが、対するディアルドの返答はあっさりとしたものだった。
「死にたいのか?」
「え?」
「いや、だから死にたいのかと。安全対策はしっかりとしないとな」
「いやいや、いくら何でも……ヤバい魔法は使わないんだろ?」
「ああ、勿論だ。広範囲爆撃魔法や都市殲滅砲撃魔法とかの使用は禁止するように言い含めているし、ジークの方も……まあ、殺し合いをして欲しいわけじゃないからな」
「ファーヴニルゥのやつ、如何にも危なそうな魔法を……まあ、知ってたけどさ」
「でも、やる気満々だからな。ちょっとやる気を出させるためにジークの奴が俺様の剣とか言ってることを引き合いに出したから」
「どうしてそんなことをしたんです??」
「いや、盛り上がるかなって思って」
「ジークフリート様、死なない!?」
「まあ、……そこら辺は大丈夫だろうさ。何せアイツは王国最強の騎士だからな」
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