第百二十九話:盟友・Ⅲ



「つーかーれーたー」


「ふーはっはァ! よく頑張ったぞ、ルベリ!」


「もっと私を褒めたたえて……」



 本来なら侯爵領の主都でもあるオルドリンへと向かいライオネルと謁見し、その後綿密に計画を立てて向かうはずだった魔物狩り……だが、その予定は叶うことなく、ヘリオストルの暴走で強行軍でシャーウッドの森へと向かい戦う羽目になった。

 それが終わればまたすぐに報告の為にここオルドリンへと向かいライオネルと改めて謁見するという――ともかく、とても大変な一日だった。


 ルベリが全身の力を抜いてぐったりと用意された部屋のベッドに倒れ込むのも無理はないだろう。

 人目がある場所では気を抜かず、出来るだけベルリ家の当主として振る舞いを維持しなくてはならない……それは相当のストレスだったに違いない。


 それもあってかフカフカのベッドに寝っ転がる彼女はまるで水のように力を抜いていた。


「それでぇ? どうだったんだよ、兄貴。交渉の方は」


「ふーはっはァ! まあ、随分と簡単に進んだぞ? それほど大したものではないからな」


「そうなの? 兄貴のことだからもっとこう悪辣なことを……」


「俺様を何だと思っているのだ。開拓自体は順調で現状行き詰っているところもない。なら、あまり強請り過ぎず恩に着せた方がなにかと都合がいい。侯爵家との繋がりというのはそれだけの価値があるからな」


「よかったー。オフェリアに迷惑をかけるんじゃないかと冷や冷やしたぜ」


「だから、貴様の中での俺様はどうなっているのだ? そりゃ、チャンスだと思えばそれこそ毟る取ることに一切の躊躇はないが……」


「まあ、そこら辺かなぁ」


「失礼な奴め」


 ベッドの上でゴロゴロと脱力しながら転がっているルベリはディアルドが行った交渉の内容について問いかけた。

 そこら辺の話は全て彼が調整することになっていたので、ぶっちゃけ詳しくは知らないのだ。


「それで具体的な内容なんだけどさ」


「そうだな、細かいものなら色々あるが。一番の目的は問題なく達成できそうだ」


 そう言ってディアルドが取り出したのは一枚の羊皮紙だ。

 

「これは?」


「彼女たちは一応視察という体裁で来たわけだからなその内容を国に報告する義務がある」


「まあ、それはそうだね」


「そこを上手く利用……というと少し外聞が悪いから口添えと言い換えてもいいか? 要するに「問題は無し。むしろ、開拓は素晴らしく順調である」的な感じで報告して貰えるように頼んだ。これはその草案みたいなものだ」


「……何というか具体的な内容はぼかしたまま、美辞麗句で飾り立てているように見えるけど」


「実際、開拓作業は順調で既にただの村落レベルを超えた規模の整備が出来ているのは事実であろう」


「実態に関しては恐ろしいほど触れてないけどな」


「それでも、というのが重要なのだ。お墨付きたというやつだな」


 侯爵家の後押しもあり、手続き上問題のない書類が王都に提出されれば向こうは受理するしかない。

 そうなると晴れてベルリ領は王国からその運営に問題のない領地として認められることになるわけだ。


「そうなるとなんかいいことあるのか?」


「仮にでも何でも王国が認めたというのが重要なのだ。所詮は開拓したばかりの領地だからな人を集めるにしてもそもそもの信頼性に乏しい、だが今回の視察を受けて「問題ない」という太鼓判が国から認められた形になるとなると話は変わってくる」


「そうか、最低限の信頼性の担保になると?」


「まあ、そういうことだ。少なくとも今までの状態で話を持ち掛けるよりも、色々と都合がよくなるのが確かだ。だから、この件で少し骨を折って貰った」


 骨を折って貰ったといっても別にオフェリアたちが嘘の報告を上げる必要もない、事実としてベルリ領は問題なく治められており、それを彼女たちはその目で確認しているのだから嘘を書く必要もない、その通りに報告すればいいのだ。

 ちょっとベルリ領で見たに関しては言葉を濁らせる必要はあったが大した負担ではない。


「これでベルリ領の対外的な最低限の信頼性を確保できた。ギルドや冒険者たちの誘致とかもできる」


「冒険者か……」


「オーガスタからとベルリ領の間の行路、それの間引きや行商人とかの護衛を依頼すれば定期的に物資が手に入れられるかもしれない」



「「おおっー」」



 ディアルドの言葉に思わずルベリもファーヴニルゥも声を上げた。

 自給自足体制が出来ているとはいえ、やはり色々と物が足りていないのが今の足りていないのが今のベルリ領だ。


 いや、この言い方だと語弊があるかもしれない。

 この場合の足りない、というのは種類の多様性のことだ。

 どうしたって一つの領地で生まれるものには偏りが生まれてしまう、領地の発展を考えれば外の物を得られる交易という手段はとても大事な要素であった。


「それは素晴らしい。わざわざ、細かいのを調達にしに行かなくてもいいのか」


「行商人が来るなら溜まってる素材の処分も?」


「ああ、いけるかもしれんな。あとでまとめて持っていこうと思っていたら思った以上に溜まって、「一気に持っていったら換金大変だろうなー。でも回数に分けていちいちオーガスタまで行って換金するのも面倒だな……」と放置気味だったアレらも処分できるかもしれん」


「おお、流石兄貴だぜ!」


「ふーはっはァ! 当然であろう、俺様は天才だぞ!」


「でも、いくら国がお墨付きを与えたとはいえそう簡単に商人たちが関わって来るかはわからないんじゃない?」


「ふっ、当然の疑問だな。とはいえ、そこら辺もライオネル様と話を詰めて縁のある商会をそれとなく促してくれることになっている。それを上手く使えるかは俺様たち次第だが……。まあ、天才である俺様が居るのだ。なんとかなる」


「それは助かるな。侯爵様からのお言葉なら乗り気になるものも居るかも」


「他にも色々と話を通しておいてくれるという確約も貰ったわけだが……まあ、こっちはオマケみたいなものだ。こうして領地としての発展、運営に問題ないということが公に認められることになれば、ベルリ領地への移住者を大々的に募ることが可能となる」


「移住者か」


「領地において何よりも大事なのは領民だ。これは多ければ多いほどいい。人無くして発展無し! ハワードたちだけではなぁ……」


「まあ、そりゃそうだよな」


「ちょっとへし折ったせいか素直になってヤハトゥの助けも借りて、色々と覚えて始めているのは良いことではあるのだ。元より今の王国の体制に不満を持っていた連中だからな、良くも悪くも外れたベルリ領によく馴染み始めている」


 ラグドリアの湖の一件から心を入れ替えた、というか入れ替え過ぎたというべきか……。


(ちょっとルベリのことを持ち上げすぎたかな? とりあえず全部ルベリの功績として押し付けて活躍を面白おかしく脚色したが、そのせいでちょっと……まあ、領民に畏敬の念を持たれるのは悪いことではないからいいだろう。――俺様は困らんし)


 などと口に出したらまたルベリが怒りだしそうなことを考えながら、ディアルドは話を続けた。


「アイツらは予想外に手に入った労働力だったが、基本的に開拓村なんて他所から集めるのが基本だ。元からある程度形になったら細々と集めて始める予定だったが、今回の一件で国からのお墨付きが得られるなら話は別だ。とりあえず、ギルドとかに移住者の募集の張り紙でも出させるかな」


「確かに。今までは森の奥でどうなっているからわからない領地でしかなかったわけだけど、国から派遣された視察団のお墨付きがあれば行ってみようかなって人も増えるかも」


「まあ、とはいえ場所が場所だからすぐに押し寄せてくるというわけでもないだろうが。今までよりも移住者を呼びやすくなるのは間違いない。ふふっ、ワクワクしてくるなぁ!」


「確かにな……っ、あっ、でもどうするんだアレ。ファティマのこととか色々とぶっ飛んだものが多いけど」


「なに、そういうものだと洗n――わからせてやれば問題ない。それに多少バレたところでペリドット侯爵家の後ろ盾が出来たからな。ベルリ領に何かしらの問題がある――というのがバレてしまったら、それに気づかず報告したペリドット侯爵家も……ほら、な?」


 不味い立場になったら容赦なく巻き込む気だこの人……ディアルドの言葉にルベリはジト目になった。

 シレっとベルリ領の秘密の共犯者に巻き込んでいる辺り、彼はかなりイイ性格をしている。



 それはそれとして、だ。



「まあ、侯爵家との交渉に関してはそのくらいでいいや」


「うん、そうだね。僕としても知りたいところなんだけど」


 ルベリの言葉にファーヴニルゥが追従し、二つ目の議題に入ることになった。




「兄貴って結局、ジークフリート様とどんな関係なのさ」





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