第百二十八話:盟友・Ⅱ
ペリドット侯爵家の現当主であるライオネル・ダグラス・ペリドットという男はダンディーという言葉のに似合う、独特な気品と落ち着いた雰囲気を思った男性であった。
王都にはやたらとゴテゴテとした装飾の服を好む貴族が居るが、そういった貴族たちとは違い豪奢な服というのは嫌いらしい、決して安物ではないし上品ではあるが……侯爵ともあろうものが着こなす服と見ればやや質素な服だなというのがディアルドの正直な感想だった。
(とはいえ、それが侯爵の品格を落としているようには見えない。纏っている雰囲気のお陰か?)
そう思いつつ彼は居ずまいを正した。
「お待たせしました。此度のこと、何とお礼を言っていいか……」
「いえ、私を仕事をしただけですから」
答えたのはジークフリートだ。
「私が到着した時には既に魔物たちは壊滅状態に陥っていました。私がしたの既に手負いになっていた魔物の親玉に止め刺しただけ、称賛されるべきは彼らの方でしょう」
そう言ってチラリとその碧眼をこちらに向けて促した。
「そうだったのですか。まだ詳しい報告を聞いていなかったので。巣を形成し増殖するタイプの魔物であったとか。森の奥に籠って大人しいと思い時間を与えていたらどうなっていたかと思うと……。ベルリ子爵、大変ありがとうございました」
「えっ、あっ、はい」
「流石はあの魔龍を倒した御方。王国の盾とも言われたあのベルリの血を継ぐだけのことはある。シャーウッドの森の怪物をいとも容易く打倒すとは」
「それはその……私は殆ど……ディーとかファーヴニルゥの功績で――グぅっ!?」
「おっと失礼。肘が上がりました子爵様」
話を振られてしどろもどろに話しているルベリの横腹を隣に座っていたディアルドは肘でやった。
本来であればもっと格式ばった雰囲気でライオネルとは会う予定だったのが事態が事態であった為、応接間のような場所での対面となったからこそ出来た行為だ。
普通なら自身の領主の隣に座るというのはあり得ないのだが、今だけはライオネルの好意もあって隣に座ることが出来ていた。
(ええい、ライオネルに会う前に言い含めておいたことを忘れているな? 謙遜は美徳だがそれも時と場合によるぞ。ここはちゃんと恩に着せる場面だぞ)
「ま、まあ、私の助けもあってこその功績でもありますが」
「そうですね。確かに配下であるお二方の活躍も著しかったですけど配下の功績はそれを統べる子爵の功績と言えますもの。それに加えて我々なんてとてもとても……」
「あっ、いえ。オフェリアたちにも大変助けられて――おぐっ!?」
「おや、失礼。足が当たってしまいました。大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です……」
(ふーはっはァ! そこは素直に乗っておけ。向こうが依頼した形でしかも
とはいえ、こういった場の素人であるベルリにそれを察しろというのも無理な話だ。
それでも彼女が上位者である以上、ライオネルと言葉を交わすことから逃げることはできない。
オフェリアでも大概だったというのに今度の相手は正真正銘の侯爵家の現役当主である、ベルリにかかっている精神的ストレスはどれほどのものか……。
(まあ、よくやってるか)
それでも何だかんだと体裁を保ちながらも会話で来ている辺り、やはり彼女は土壇場で強い。
まあ、ライオネルがディアルドやオフェリアの行動を敢えて気づかないふりをしてくれたのも大きいのだろうが。
「――ともかく、こんな形でシャーウッドの森の怪物。蜘蛛の魔物の討伐に成功しました」
「ありがとうございます、ベルリ子爵。ペリドットの領地を救って貰ったことを改めて感謝いたします。それに騎士団の方も……」
「は、はい。えっと、友達の大切なものですから」
「ほう、友達?」
「ば、馬鹿! 何を言っているのよ!」
「えっ、オフェリアのことで……あっ、ライオネルの許可がまだとか?」
「いや、そういうことじゃなくて。こういう場ではもっとこう――」
「ふっ、オフェリアに友達……か」
「はい、えっとその報酬で」
「おや、オフェリアが討伐の報酬に自身の友になる権利でも?」
「違いますよ!? ルベリのやつが勝手に……っ!」
天然なのか緊張で混乱しすぎているのか、ポロポロなルベリの言動。
その様子に思わずといった風にライオネルは吹き出した。
「なるほど、報酬に娘と友になることを求めたと。中々……面白い御仁だ。私の許可など必要ありませんよ、出来るだけ仲良くやってください。オフェリアも気に入っているようですし」
「そ、そんなことは……ないわけではないけども」
「とはいえ、領地の危機を助けてもらったのに――それだけというわけにもいきません。こちらとしても立場があるのでね」
「は、はあ」
「そこでそれ以外の報酬の件に関し、是非とも忌憚のない意見を交わしたいところなのだがよいだろうか?」
「え、えっと……」
「なにこれでも侯爵家。人、物、金、それなりに動かせるものは多い。開拓にはいくらあっても足りないはずだ。それらの支援をこちらは惜しまない。それぐらいやって当然だと思っている。娘の友にもなるのだから――特にね」
「あ、ありがとうございます」
「その内容に関してなのだが……」
ライオネルは言葉を切ってディアルドの方へと目を向けた。
「彼に尋ねた方が宜しいかな?」
「あっ、是非!」
「おい、丸投げするなベルリ様。まあ、その方が確かに早いか……。俺様は偉大なるベルリ子爵の配下にして、永世名誉全担当大臣のディーと申します。役職は今決めました。よろしくお願いいたします、侯爵閣下」
「やっぱダメじゃないかしらあの男!」
「ふはは、愉快な男のようだ」
ディアルドの自己紹介にライオネルには快活に笑い、オフェリアは思わず声を上げた。
だが、彼は大して気にした様子もなく話を続けた。
「それで支援を約束してくれると?」
「ああ、此度の功績もあるが……ベルリ領とは今後とも贔屓にして欲しくてね。オフェリアのことが無くともね。それで何かあるかね?」
「そうですね、それでは二つほど是非とも協力を頂ければ幸いなことが」
「それはいったい?」
「ええ、それは――」
ディアルドはそのままライオネルとの交渉に移った。
わざわざ領を離れてまで来たのだ、彼の中ではただ疲れだけで終わらせるつもりは毛頭なかった。
というわけで今回の一件解決で最大限の成果を発揮するために、天才であるディアルドは口を回し、その様子をジークフリートは――
「変わらないな」
と、呟きながら眺めていた。
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