外伝 第十三話:ファーヴニルゥ日記 その⑫
■月■日
今日、衝撃の事実が判明した。
あのヤハトゥの致命的な欠陥の話だ。
例の視察団の件で僕たちは色々と急ピッチで準備を進めていたのだが、不意にアリアンが思いついたように呟いたのだ。
「恐らく泊りになられると思うんですけど、食事はどうしましょうか?」
そんな言葉だった。
その言葉を聞いたマスターは確かに、と頷いた。
一応、料理ができる人材が少なすぎるのでその場合はマスターが料理をすることは決まっていた。
僕も練習して色々と簡単なものならできるようになったとはいえ、お手伝いはともかくまだまだ経験不足だ。
その点、マスターは料理の経験もあるし、特に珍しい料理にも詳しいので本職じゃないとはいえ、そこは物珍しさで多少の腕の差は誤魔化せる。
だから、マスターが料理係というのが決まっていたのだが何を作るかまでは決まっていなかったのだ。
忘れていた、というよりもマスター曰く、どう手を付ければいいのかわからないとのことだ。
なにせ、視察団が来る――というところまではこちらも把握しているものの、具体的に誰が……どんな立場のどんな人間が来るかは不明なのだ。
これでは対策の打ちようがない。
そこで後回しにしていたのだが……まさかぶっつけ本番でやるわけにもいかない。
マスターは何か助けになりそうな知恵が無いかとヤハトゥへと尋ね、彼女はそれに対しイリージャルなら食料の生産も可能なので上手く利用してみたはどうだと返した。
それにマスターは乗っかり、是非それを食べてみたいと用意させ、僕も未知の食べ物というものに興味があり、少しわくわくした気持ちでお昼を待ち……そして――
な ん だ こ れ ?
ふざけんなよこの白いどろどろとしたペースト状の何かと全くと言っていいほど味を感じない黒い棒みたいなやつの何が食べ物だ。は?栄養素は完璧?少量で補給できるからとても効率的?舐めてるの?ねえ?食べ物っていうのはそういうのじゃないんだ。マスターと初めて食べたサンドイッチは惜しかったしパンとかステーキとか果実水とか色々あって美味しいのもたくさんあったけど口に合わないのもたくさんあった。それはそれでいいんだよマスターだって好みっていうものがあるって言ってたし僕の口に合わなくてもそれを美味しいと感じる人も居るだろうさ。でもこれってそれ以前の問題っていうかこれを食べる行為を食事と定義することに僕は強い反発を覚えるというか味も食感も匂いも全部かなぐり捨てた軍用携帯食を僕は食べ物とは認めな――
■月■日
昨日の分の日記を改めて見返すと……何とも酷い。
僕としたことが冷静さを失ってしまっていた。
でも、まあマスターも珍しく真面目に怒っていた案件だから悪くはないはずだ。
何というかアレだったからね、単に食べられないほどマズイとかそういうものですならなく味も食感も風味もひたすらな虚無の荒野が広がり、食事という行為をただただ栄養を摂取するだけの行為に貶める存在。
食事には拘りがあるマスターが許せる存在じゃなかった。
僕も同意見だよ。
結局のところマスターの強権によってヤハトゥには金輪際、食料の生産をさせることはやめさせることになった。
正確に言えば加工食品の生産行為の禁止だ。
あの後、色々と作らせて用意させてみたのだが最初に用意された軍用携帯食料のみならず、ヤハトゥが用意した加工食品はどれもこれもマズかった。
途 轍 も な く 不 味 か っ た 。
いや、本当に不味かったのだ。
単に軍用携帯食料だったからあんなものが出て来たのかと思ったのだが、再チャレンジしてヤハトゥが出してきた加工食品はどれもこれも似たり寄ったりのなんかドロドロとしたペースト状のものか、ゼリー状の飲料とかそんなものばかりだったのだ。
これが当時のスタンダードだったらしい。
古代という時代は今の時代とは比べ物にならないほど技術が繁栄していた時代だったらしいけど、それと引き換えに味音痴という業を背負ってしまったようだ。
最終的にマスターから加工される食料が可哀想だから作らないように、と命じられてヤハトゥはどこかショックな顔をしていたけど――うん、これはしょうがないね。
■月■日
そんなこんなのトラブルがありつつもとりあえずもてなすための準備は出来た。
今できる範囲ではこれが精一杯。
相手もそれほど長居をするわけではないのだから一先ず誤魔化せればそれでいいのだ。
ならばなんとかなるだろう。
そうマスターも言っていた。
それにしても視察団と言ってもいったい誰が来るんだろうか。
ふと気になったのでマスターに尋ねてみた。
マスター曰く、無難に考えれば王都の役人辺りじゃないかと答えた。
何かしらの意図があってのこの急な視察なのだろうけど場所が場所だけにそれほど立場の高い人間が来るとは思えない、面倒ごとを押し付けられたそこそこの地位の奴だろうからあまり心配する必要もないとのこと。
まあ、王国からすれば僻地も僻地と言っていい場所だからね。
とはいえ、不味いことを知られて報告されるのは面倒なので油断はできない。
ただ、ある意味で貴族としてはまだまだ新米のルベリが相手をするにはちょうどいい立場の人間でもあるからいい経験にもなるだろうとマスターは言っていた。
最初、視察のことを聞かされたときは文句を言っていたのにこうやって物事を肯定的に受け止めるところがマスターの特徴なところだと思う。
前向きというかなんというか。
確かに考えてみるとベルリ領へのお客さんということでもあるのかな、ハワードたちはカウントしないことにすると。
そう考えると少し楽しみになってきた。
明日には来るらしいし、どうなるだろうか……。
■月■日
あれ、侯爵家のご令嬢ってそこそこの地位の人間だっけ? マスター。
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