第百二十五話:蜘蛛の魔物・Ⅵ



「う、わわっ!? お、っ!? 地面がっ!?」


 皮肉にも一番早く現状を理解できたのはルベリだった。

 直接的な戦闘力という意味では一番下であったが故に一歩引いた視点で状況を把握していた彼女だからこそ――今を正しく認識できていた。




 突如として大地が崩壊し、崩れた先――地面の底には巨大な深森の魔蜘蛛キリネアの姿があった。




「なるほど、二体いたのか」



 その姿にポツリとディアルドは呟いた。

 ファーヴニルゥが向かう先……天井にて巣を作り、無数の繭を作り子を作っている深森の魔蜘蛛キリネアは女王。


 産み出すもの。


 対して地の底に隠れ潜んでいたもう一体の成体の深森の魔蜘蛛キリネアを超える巨躯を持つ深森の魔蜘蛛キリネアはそれと対なす存在、つまりは深森の魔蜘蛛キリネアの王。


 滅ぼすもの。


 巣に害をなそうとした存在を排除するための存在。

 彼は地の底にて獲物がかかるのを虎視眈々と狙っていたのであろう、それが牙をむいたのだ。


「二体で一体の魔物。ふーはっはァ、聞いたことが無いな! 完全に予想外だ、女王以外にもいるとは。これは一杯食わされた!」


「いや、言ってる場合じゃないから!? 落ちてるから!? 兄貴の飛行魔法で――」


「あれは繊細な魔法なのだ。こんな状況ではな……」


 地面がいきなり崩され宙に放り投げられたディアルドたちは当然のように下に落ちて行く。

 そして、落ちて行くその下にはまるで迎え入れるように大きな深森の魔蜘蛛キリネアの顎が開けられている。



「く、食われるっ!?」


「まあ、それは困るな。――≪蝕ノ儀アザトース≫」



 ディアルドの魔法陣が展開した瞬間、魔法陣から現れる不定形の触手の群れ。

 それらは恐ろしい素早さと精度で以って落ちながらもルベリ、オフェリア、そしてヘリオストルらを絡めとったかと思うと勢いをそのままに放り投げた。



 突如として開いた大穴、その外へと逃がすように。



「きゃっ!?」「うおっ!?」「ヌルっとする!?」「わひゃっ!? わ、脇を……っ!?」


「ディー!?」


 ぬるんっと微妙に湿度のある絡めとり方をした≪蝕ノ儀アザトース≫の触手、それに対しそれぞれの反応を示しながら投げ捨てられる中でルベリは咄嗟に声を上げた。

 落ちて行く中で魔法を発動したディアルド、その魔法は崩壊し一番に逃れられるはずだった彼はそのままの状態で落ちている。



「不味い!? あの深森の魔蜘蛛キリネア……!」


 ヘルモートが咄嗟に零したように、当然のことながら彼の地の底に居た深森の魔蜘蛛キリネアも同じ性質を用しているらしい。

 浸食領域という術式を侵す性質、魔導士殺しともいえる領域。


 この領域では並の魔導士では魔法の発動すら困難。

 ディアルドほどの魔導士であったとしても――大した差はない。


「ディー!?」


 ルベリが悲鳴を上げた。

 彼は驚くほどの身軽さでもあって落ちながらも態勢を整え、着地の隙を狙った深森の魔蜘蛛キリネアの攻撃をかわした。


 だが、かわせたのは最初の一撃のみ。

 次いで行われる連続攻撃には耐えられない。



 魔法の十全に使えない魔導士。

 魔物を相手に渡り合えるはずも――




「……ちっ、全く。こんなものを持たせるとは――」



 はずだった。

 ディアルドはヘリオストルの持っていた剣だろう、それを助け出す際に一つ抜き取って拝借していた。


 その剣を鞘から堂に入った動きで抜き放つと恐ろしい速度で放たれた深森の魔蜘蛛キリネアの王の一撃を受け流して見せたのだ。


「なっ?! あいつ、剣も使えるのか!?」


「い、いや私も初めて……でも、これなら」


「いや、ダメだ。やりあえてはいるがこのままじゃ」


 明らかに素人ではない動きで剣を操り地下に潜んでいた深森の魔蜘蛛キリネアの王と渡り合うディアルドの姿、それに喜色を浮かべたルベリではあったがオフェリアの言葉に水をかぶされた。


 まるで落とし穴のように作られた地下の空洞、そこに彼は落ちてしまったため助け出すのは困難だ。

 飛行魔法が安定しない以上、昇るしかないが当然深森の魔蜘蛛キリネアの王は逃がしてはくれないだろう。

 援護をするにしても浸食領域のお陰でルベリ達がいる位置からでは魔法攻撃も意味をなさない。


「兄貴……っ」


(ファーヴニルゥは上の女王を討ちに向かっている。こっちの異変も察知しているだろうからすぐに倒して戻ってくるはず。だとしても――)


 討伐し、反転してディアルドの下にたどり着くためにはどうしても十秒ほどはかかるだろう。

 その間、ディアルドは単身でこの境地を乗り越えなくてはならない。


(兄貴っ……頑張って!)


 ルベリは祈り。




(ふーはっはァ! うむ、これ……無理だな。という剣の方が持たん!)




 ディアルドは普通に諦めかけていた。

 だって思った以上に強いんだもの。


(というか成体のやつよりも頑丈そうだったから嫌な予感がしていたけど本当に効かないな! こっちの刃が削れていくわ! 時間稼ぎしようにもこの状況下ではまともな魔法の維持も難しいし……このままじゃ、ファーヴニルゥが戻ってくる前に殺されてしまうな! 俺様!)


 冷静に状況を判断し、彼は時間を稼いで無敵の剣であるファーヴニルゥに任せるという手段を――捨てさった。







(――仕方ない殺すか)







 決めた瞬間にディアルドはかけ出した。


「兄貴!?」


「突っ込む気!?」


「死ぬぞ!? 諦めたのか?」


 その行動をヘルモートはそう評した。

 なにせ綱渡りのように深森の魔蜘蛛キリネアの王の攻撃を捌いていたかと思っていたら、いきなり相手の懐へと飛び込んだのだから。



「諦めた?」


 そんなヘルモートの言葉にルベリはハッとなった。

 彼女が知るディアルドはそんな男ではない、なら――




「そんな諦めのいい男じゃないですよね?」




 ルベリの声が届いたのか届いていないのか。

 ディアルドは首筋を撫でる冷やりとした感覚と共に一気に深森の魔蜘蛛キリネアの王の攻撃を搔い潜り、足元へと到着すると同時に魔法を発動。




「≪蝕ノ儀アザトース≫」




 闇色の触手の群れが現れ、深森の魔蜘蛛キリネアの王を拘束する。

 だが、それはほんのわずかの間のみだった。


 浸食領域の影響ですぐに崩れ始める触手たち。

 だが、その一瞬がディアルドは欲しかった。


 触手と深森の魔蜘蛛キリネアの王の身体を器用に足場にして一気に頭頂部まで辿り着いた。



 そして、その頭部目掛けて剣を思い切り振り上げた。



「辿り着いた!?」


「だが、それだけでは……あの剣では」



 数合渡り合っただけの鋼の剣。

 だが、刀身にはひびが入り、仮に渾身の一振りを放ったとしてもどれだけのダメージが与えられるか。



「だが、あの男は魔導士だ。さっきのように魔法を無理やり使って火力を上げるつもりなんじゃ」


「だとしても――届くのか?」




(まあ、無理だな) 




 別段、ヘリオストルの騎士たちの声が聞こえていたわけではない。

 だが、ディアルドは天才なので想像ぐらいはつく。



 その上で彼はそう心中で呟いたのだ。



 深森の魔蜘蛛キリネアの身体は異様に耐久力がある。

 恐らくだがモンスターと違い、全身を魔力で構築する魔物は人で言う魔法に近いなにか自身の身体を強化しているのではないかと前々から思っていた。


 深森の魔蜘蛛キリネアはそれが耐久に寄っているのだ。


 だから頑丈。

 仮に多少の魔法による強化をしたところで剣の一撃程度でそれほどのダメージを与えることは難しい。




「術式強制使用。蒼き輝きよ、万物を切り伏せ――≪バルムンク=レイ≫」




 鋼の剣は蒼き輝きに包まれた。

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