第百二十四話:蜘蛛の魔物・Ⅴ



「ファーヴニルゥやれ」


「了解、マスター」



 巣への侵入者としてディアルドたちを捉えたのか、深森の魔蜘蛛キリネアの子蜘蛛たちの一斉に視線がこちらを向いた。

 その様子を見ながら彼は端的に指示を出し、ファーヴニルゥは動いた。


 まるで風のように洞窟内の壁を蹴りあがり――剣を一閃。


 ものの数秒の出来事。

 その間に、一体めの子蜘蛛を切り裂いていた。


 次に二閃、三閃。

 オーディールの銀の刃が煌き、子蜘蛛たちが数体斬り伏せられて天井に張り巡らされた蜘蛛の巣から力なく落ちて行った。


 深森の魔蜘蛛キリネアの子蜘蛛たちはまるで彼女の動きに対応できていない。


「マスター、やっぱりこいつらも殺気の奴同じ力――浸食領域を持っているみたい」


「そのようだな」


 ディアルドは試しに展開した手元の魔法陣が崩れるさまを見ながらそう答えた。


(距離は相応にあるとは思うんだが……子蜘蛛たちの数の問題か? 近距離じゃなくても魔法陣の構築にも苦労するとは)


 深森の魔蜘蛛キリネアと同じ性質なら当然近づくほどにより強力になるのだろう、この巣の中は正しく魔導士殺しと言ってもいい環境なのかもしれない。


「でも、こいらやっぱりさっきのやつとは違ってあんまり固くない。これならやれると思う」


「≪紅蓮の弓矢・三連アーレイ・トライスター≫――なるほど、確かに先ほどの個体より……やはり幼体と言ったところか」


 ファーヴニルゥの言葉を聞きながらディアルドは冷静に状況を整理する。


(相手は子蜘蛛がたくさん……百数十体は居るか? あれが成長しきっていたらとんでもないことになっていたな。それに奥にも大きな影が見える。成長した個体が一体だけということはないだろうから……。ある程度、相手の戦力は高く見積もるとするか)


 やれるな、とディアルドは結論を出した。

 彼の魔法とファーヴニルゥが居れば問題なく処理できるだろうと。


(というかファーヴニルゥだけでも問題はなさそうだがあいつは手加減がな)


 ここがベルリ領なら面倒なのでさっさと巣穴から出て彼女の殲滅魔法で洞窟ごと消し飛ばしてしまうのが一番早いのだが、流石に他所の領地でそこまで無茶苦茶は出来ない。


(魔法は使いづらいが……なんとか行けそうだ。幸い、相手は突っ込んできたファーヴニルゥに夢中なようだし)


 彼女が引き付けてくれているお陰で深森の魔蜘蛛キリネアたちはディアルドの方にはやってきていない。

 これならば魔法は十分に余裕を以て構築できる。

 巣穴な全体が浸食領域に覆われているので弱体化は避けれないが――




「問題はない――≪我が麗しき主の石像ワルキューレ≫」




 彼は魔法を発動させた。

 すると地面が盛り上がり、そしてそれは人型へと変わりそして深森の魔蜘蛛キリネアの子蜘蛛たちへと襲い掛かったのだ。


 人形ゴーレム魔法の一種。

 ディアルドオリジナルの魔法である、それは――



「なーーに、やってんだーー!?」



 洞窟の中に声が響いた。

 彼の耳にとても聞き覚えのある怒声だった。

 ディアルドが振り返ってみるとそこにはルベリとオフェリア、そしてヘリオストルの姿がそこにあった。


 どうやら彼らを追ってきたらしい。




「むっ、子爵ではないか。何故ここに。来るなと言っていたはずなのに」


「心配だったからに決まってるじゃん! いや、ファーヴニルゥも居るし、あに――ディーのことも信頼はしてるけど。それはそれとしてさ……っていうかこの状況なに!?」


「ふーはっはァ! そんなの見ればわかるだろう。どうやらここを深森の魔蜘蛛キリネアは巣としていたみたいでな。こうやってコロニーを作っていた。魔草が群生しているということはこの辺りの土壌は魔力が豊富ということだ。予想だが恐らくはそれを吸収することで――」


「いや、そっちじゃねーよ!? いや、そっちも重要だけど……それよりもあっち!」


「あっち?」





 ルベリが指さした方向を見るとそこにはルベリとそっくりの石像――我が麗しき主の石像ワルキューレたちが深森の魔蜘蛛キリネアと戦っていた。

 ディアルドは向けた顔を戻して彼女に話しかけた。


「何か問題が?」


「おおありだわ!? なんだ、あの魔法!?」


「ふーはっはァ! あれぞ正しく俺様の溢れ出る子爵からの忠誠心から生まれた魔法であり「そういうのいいから」あっ、はい。まあ、なんだほら色々と石像を作っただろう? ヤハトゥに用意させたのも多いが、俺様の作品もだいぶあってだな。なんか作ってうちに楽しくなってきたな。ついでに戦闘に使えるように調整して作ったのだ」


「おい」


「ふふっ、見ろ。一体一体、結構拘りがあるだぞ」


「いや、知らねーよ。というかなんでそんな魔法を作った」


「だってこの魔法を使って見せたらベルリ子爵はとてもびっくりするだろう?」


「ああ、そうだな。それで?」


「それで?」




「…………」


「…………」


「…………?? もしかしてそれ以上の理由が必要なのか?!」


「あとで説教な。逃げんなよ」



 ベルリはとても怖い顔でディアルドに宣言した。

 その目は確実に殺意が宿っていた。


「なんというか……とてもユニークな魔法を使わせてるんだな」


「すみません、オフェリア様。是非とも記憶を消去してくれませんか。一生のお願いなんですけど。あと地味に私がやらせてるみたいな誤解も……ああ、そうだったこの人的には領地のあれも私の命令で作らせていることになってたんだった!?」


 彼女の悲鳴を清涼剤にしながら彼は冷静に戦況を分析する。

 状況は悪くはない。


 やはり、深森の魔蜘蛛キリネアの子蜘蛛はそれほど強くはない。

 数の多くなったディアルドたちに向けて何体かやってきたが、ヘリオストルの騎士たちが危なげなく対応して剣で切り裂く、あるいは魔法で対処していた。


(剣でも十分にダメージを与えられている。浸食領域は厄介で我が麗しき主の石像ワルキューレの一体も倒れてしまったが――問題はない、十分わかった)


 ルベリが怒っていたが別に彼とて面白半分で我が麗しき主の石像ワルキューレの魔法を使ったわけではない。

 単純に試したいことがあったのだ。


我が麗しき主の石像ワルキューレが動かなくなったのは動かしている「操作」の術式が崩れたからか。だが、我が麗しき主の石像ワルキューレ自体の形は崩れていない。それは俺様が一度「成型」し終えてから改めて「操作」の術式を刻んだから……)


 本来は一度にやってしまう魔法術式であったが、今回は敢えて分割して魔法を発動させた。

 その結果がこの通り――つまりは魔法によって形を変え終えた「物」は「物」でしかないということ。



「まあ、さっきの≪砂の牢獄デス・グランド≫で大体わかっていたことだが。となると――こうだな≪鉄剣作成ソード・クリエイト≫。……やはり、俺様にそっち系の才能は……いやいや、俺様は天才なわけだからいづれ」


「ディー、何を」


「なに、手っ取り早く済ませようというやつだ。一体一体は弱くても集まってくる浸食領域も重なって厄介なことになるからな、近づかずに対処できるならそれに越したことはないということだ。――≪多重なる剣幕葬ミーティア・オブ・ソード≫」



 ディアルドの使った魔法は単純明快。

 作り上げた鉄剣を宙に浮かせ、切っ先を標的に向けて解き放つだけ。


 飛翔する鉄剣は次々に深森の魔蜘蛛キリネアの子蜘蛛たちは見る見るうちに討ち取られていった。

 浸食領域など意味がない、飛んでくる冷たいの金属の刃を受け止めるにはまだ彼らは幼体過ぎた。


「おおっ、凄いこれなら……」


「待て、天井の奥で何かが」



 次々に黒い霧に子蜘蛛たちが変わっていく中、遂に天井の奥に潜んでいた深森の魔蜘蛛キリネアが遂に動き出した。


「で、デカい。さっきのよりも……っ!」


「さしずめ、あれが本体だな。ファーヴニルゥやれ!」


 慄くヘリオストルの騎士たちを無視して、ディアルドは声かけファーヴニルゥはそれに答えるように跳躍した。

 短時間で既に彼女の周囲に居た深森の魔蜘蛛キリネアの子蜘蛛たちは壊滅しており、追いかける敵は居ない。


「待て、流石に無茶では」


「いい所の一つでもやっておかんと後で拗ねるからな。それよりもこっちにも来るぞ」


 ディアルドがそう言うと同時に現れたのは子蜘蛛とは違う大型の深森の魔蜘蛛キリネアだ。

 外で戦った深森の魔蜘蛛キリネアに似ており、成体の個体なのだろう。


 数は二体。

 彼らは一斉に襲い掛かってきた。


「くるぞ! オフェリア様を守れー!」


「おー」


 そんな声を聞き流しながらディアルドはルベリに声をかけた。


「後ろに居ろ。問題なくファーヴニルゥが処理してすぐに戻ってくる。無理に倒す必要は無いからな」


「わ、わかった」


 そういって彼女を庇いつつも魔法の準備を整える。

 いなす程度など大した労力ではない、そう計算しながら向かい討とうとした――その瞬間、




 びしりっ、という異音が洞窟内に響いた。




 そして、不意の浮遊感にディアルドたちは襲われたのだった。






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