第百二十二話:蜘蛛の魔物・Ⅲ
例えば≪
魔力を水へと変換し、それを刃のような形にして飛ばすことで、相手に斬撃を与えるという魔法だ。
この際の水への変換、刃への形状変化、遠距離への発射までの諸々の条件を整えるのが術式であり魔法陣となる。
魔法は魔力がなければ発動することは出来ないが、術式がなくても魔法とはなりえない。
魔力というのは魔力単体では意味をなさないのだ。
術式を使わずに≪
「つまりは……だ。魔法というのは術式を阻害されてしまうと魔力へと戻ってしまい拡散してしまう性質がある。本来はそうそう起こることではないがそれを疑似的に起こせるのであれば――それは強力な防御手段になるということだ」
「ど、どういうことだ……?!」
「ふーはっはァ! 貴様が使ったという≪
「なっ?!」
「基本的に魔法というのは魔力を強く術式で縛り、形作ることによって成り立っているがその縛り自体を揺さぶれると弱い。それに下級魔法も上級魔法も関係ない。……いや、むしろより複雑な分、上級魔法の方がそう言った意味では繊細といえる」
「つまり、ヘルモートたちの魔法が解除されたから相手にダメージが届かなかったってこと?」
「恐らくはな。ファーヴニルゥが先ほど飛行魔法の制御に失敗したことから察するに……
「あっ、だからファーヴニルゥは……」
「その性質からして直接相手を狙う形式の魔法はダメだな、相手に命中するときにはほとんど魔法としての構築が崩壊しているから碌なダメージを与えられない。拘束系の魔法がある程度持ったのは術式の硬度の問題か……? とはいえ、それも多少壊れづらい程度の違いでしかなかったが」
「いや、待て。その話が正しいとするなら何故オフェリア様の魔法は効いたんだ? その予測が正しいのならオフェリア様の魔法だって」
「……恐らくは性質の問題だ。≪
「なら、その魔法で削っていけば……」
「いずれは倒せるだろうが流石に手間だな。魔力の消費が大きいから倒しきる前にこっちが切れる……という場合もある」
「だったら――」
「考えはある。耳を貸せ、ファーヴニルゥが時間を稼いでいる内にな」
◆
「おいおい、なんだあの娘……」
「一人で魔物と渡り合っている」
「あの美しさ、噂に聞く「蒼穹姫」?」
「かわいい」
聞こえてくる雑音を聞き流しながらファーヴニルゥは踏み込んだ。
一瞬だけ発動する加速魔法、それによる神速の踏み込み。
対する前脚の一振りを涼やかに掻い潜り放った銀閃の一撃は
生物ならばひるむ一撃を受けるも
傷口から鮮血の代わりに黒い液体をまき散らしながらもその鋭利な前脚をつかって彼女を切り裂こうと振り回した。
「おっと……やっぱり近いと術式が維持できないな。マスターの言った通りだ」
まるで痛覚などないかのように襲い掛かってくる
加速魔法を使用し彼女は余裕を以て回避していく。
(距離が近づくほどに術式への干渉が強くなる、か。こういった形での魔法への干渉は想定されてなかったな。となるとやはり僕の時代以降の産物なのかな? こういった技術があったのなら対策の一つや二つぐらい搭載すると思うけど……いや、対策する間でもなかったからしてなかった可能性はあるか)
オーディールを振るい
魔法術式への干渉。
それによる魔法の弱体化。
確かにそれは強力な力ではあった。
だが、完全無欠かと言われればそうとも言えない。
少なくとも殲滅兵装であるファーヴニルゥにとっては。
(術式に干渉してくるといっても、問答無用で解体するようなものじゃない。じゃなきゃ、これだけ近いのに発動が出来るってのがおかしい。術式への干渉強度、速度にも限界が存在するってこと)
それさえわかっていれば対応も難しくはない。
ディアルドがやった真似事ではないがこうして連続で魔法を使用すれば問題はないし、
「――≪
更に言えばこのように瞬間的に発動する魔法ならすぐに崩壊しても特に問題はない。
効果を発動した後に魔法が崩れても加速した事実は変わらないからだ。
「き、消えた……?! いや、それほど早く」
「なんであれだけ魔法を連発できるんだ!?」
掻き消えたかと思ったら次の瞬間、
(うん、問題ないね。正直、今のスペックのままでも十分に倒せるや。制限を解除すれば言うまでもない。けど、それはマスターの指示とは違うからなぁ)
心中でぼやきながら彼女は剣を構えた。
周りの騎士たちからすれば一進一退の戦いに見える戦いだったが、ファーヴニルゥにとってはそれっぽく見せているだけのものだった。
多少厄介な性質を持っているだけで攻撃手段にも乏しく
それでもファーヴニルゥはマスターの指示通りに真面目に相手を演じ、そして――
「ファーヴニルゥ、離れろ」
「了解、マスター」
その時はやってきた。
「――≪
ディアルドの声が聞こえ来たのと同時にファーヴニルゥは大きく後方へと飛んだ。
それと同時に地面に魔法陣が奔ったかと思えば土の地面は一瞬で砂漠のような状態になってしまった。
「う、うわっ!? の、呑み込まれるっ!?」
「捕まって!」
それが彼の放った魔法の効果だった。
大地を砂の海へと変わり、その場に立っていたものを呑み込んでいく。
地面を流砂に変えることで相手を拘束する魔法。
当然、
そこに追撃するようにディアルドたちの方向で巨大な魔法陣が顕現した。
「ちょっ、これ……っ! 本当に大丈夫なんだろうな?!」
「魔法陣の術式をその場で手を加えて書き換えるなんて出来るわけが……というか攻撃魔法は効果が薄いはずじゃ」
「細かいことは後で説明するがこれで問題はないはずだ。――あとベルリ子爵」
「わかってるよっ! ≪
オフェリアが作り上げた大型の魔法陣、その侵攻方向に更にもう一つ魔法陣が発生した。
それはルベリが作り出した「イーゼルの魔法」による時間加速の魔法陣。
(なるほど、そういうことか。流石はマスターだね)
魔法陣を解析することでファーヴニルゥはディアルドのその意図を読み取った。
干渉による速度に限界があるのなら、つまりはそれを超える速度の魔法なら――
「術式の対象を
「子爵の魔法は魔法にも適応される。それは既に証明済みだ。だからこういったことも出来る。今ですオフェリア様」
「いいさ、ここまでお膳立てされて臆する私じゃない。とりあえず、よくもうちの領地を荒らしてくれたな。これは礼だ――とっておけ!」
そう言い放ち、放たれ紅色の炎の一撃はただ軌跡だけを残し、シャーウッドの森を貫いた。
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