第百二十一話:蜘蛛の魔物・Ⅱ



「や、やはり奴には魔法が効かないんだ!」


「そんな……そんなやつをどう倒せば」


「お、オフェリア様だけは……オフェリア様だけはお守りするのだ」



 周囲の騒ぐ声を聞き流しながらディアルドは冷静に今の現象を解析していた。


(……流石に魔物というのは一筋縄ではいかないな)


 驚いていないというわけではない、だが彼らよりも多少そういったものに慣れているのもあって……耐性が出来ているというべきか。

 古代関係ならそれぐらいやってもおかしくないな、という信頼感だ。



「≪蝕ノ儀アザトース≫、≪蝕ノ儀アザトース≫、≪蝕ノ儀アザトース≫……」



 ≪蝕ノ儀アザトース≫の術式がなぜか崩壊し、すぐに攻撃を加えてこようとしてくる深森の魔蜘蛛キリネアに対し、ディアルドは連続で魔法を発動させることによって対応をした。

 それらの魔法もやはり数秒拘束しただけで崩壊してしまうが、逆に言えば確実に数秒は確保できる。



 故に連続的に発動させることで遅延戦術を可能としていた。



「あ、兄貴……どうするんだよ。魔法が効かないんじゃ」


「いや、違うな効かないんじゃない。少なくとも……見ろ、さっきのオフェリア様の魔法によるダメージは負っている」


「えっ? あっ、ほんとだ。なんか身体が焼き爛れている……」


「なに!? おおっ、流石はオフェリア様の……私の上級魔法では大した傷にもならなかったというのに?」


「……なんだと?」



 とはいえ、これはあくまでも時間稼ぎでしかない。

 魔法の発動には魔力が必要となるため、無限に使い続けるわけにもいかずディアルドとしては考えをまとめる時間が欲しかっただけの行為だが……彼はそんなヘルモートの言葉を聞き逃さず、そして違和感を覚えた。


(……どういうことだ? 見たところ彼女が放った魔法はある程度の効果を発揮している。とはいえ、致命傷には程遠いがそれは単純に深森の魔蜘蛛キリネアがタフなだけと思っていたが)


 彼の言葉から察するにそういうことではないらしい。


(いや、単に魔法に対する耐性が高いだけならファーヴニルゥの異変や≪蝕ノ儀アザトース≫の異変が説明できない。となると魔法それ自体に対する耐性というよりもこちらの魔法への何かしらの干渉と考える方が正着か……だとすると)



「≪蝕ノ儀アザトース≫――っち、もう無理だな。これ以上は魔力を消費しすぎる。……そっちの状況は?」


「ああ、問題ないぜ。毒に侵されていたのにはもうダメかと思ったが……子爵の魔法は毒も回復できるんだな」


「それはそうだ。「イーゼルの魔法」は時間を巻き戻すことによって怪我をしていた事実などをなかったことにすることで治す。毒を受ける以前に戻せば当然毒に侵されたという事実自体が無くなる」


「……そうなんだ」


「子爵はもうちょっと自身の魔法について理解を深めるとして……それでヘリオストルの方の立て直しは出来たんだな? ならば、これより魔物狩りだ。各々手を尽くすように」


「に、逃げるのが先決では?」


「大人しく逃がしてくれるなら、な」



 ディアルドの言葉と共に≪蝕ノ儀アザトース≫の囲いを突破してきた深森の魔蜘蛛キリネアが襲い掛かってきた。

 図体からは想像もつかない俊敏な動きで迫ってくる。


「っ!? む、迎え撃て!」


 ヘルモートの言葉と共に隊列を組みなおして戦うヘリオストルの姿を見てディアルドは呟いた。


「ふーはっはァ! 中々の兵だな」


「はっ、当然だろ? とはいえ、さて……どうするか」


「謎の魔法への耐性、そして俊敏な動きに頑丈な身体。巨体故の力――厄介だな。幸いにも攻撃力に関してはそれほどでもないというのが救いというべきか」


 オフェリアの言葉にディアルドは答えた。

 こちらの攻撃がまるで通用しないというのを除けば深森の魔蜘蛛キリネアの攻撃はさほど強力なものではなかった、毒を持った糸による拘束は厄介ではったがどうにも毒糸は火に弱い性質を持っているようでヘリオストルはそれを理解したのか上手く対処していた。

 毒糸による攻撃さえ警戒すれば基本的な攻撃方法は前脚による攻撃しかなく攻撃パターンとしてはとても単調だった、それ故に上手く対応できている。


(とはいえ、このままでは打開できないのも事実……か)


 問題は深森の魔蜘蛛キリネアの謎の耐性。

 単にタフなだけなら手段としてはいくらでも対策はあるのだが、いまいちディアルドとしても全容が掴めなかった。


(ふーむ、このまま千日手に持ち込んだとしても相手がそもそもスタミナの概念があるかどうかも不明な相手だと……勝ち目は薄そうだな。今は良い感じで戦えているとはいえ……)


 故にディアルドは思考する。


(相手の防御能力……単なる魔法耐性ではない。≪蝕ノ儀アザトース≫ が崩壊したから魔力に対する干渉……減衰や消失かとも思ったが、そうなるとさっきのヘルモートが矛盾する。一定一律に作用するものなら魔法による耐性に魔法の種類は関係ないはずだ)


 最初、彼が魔法が効かなかったといった時、ディアルドはてっきり彼が等級の低い魔法を使ったのだと思ったのだがヘルモート曰く上級魔法を使ったという話だ。

 オフェリアが使った魔法も等級においては上級攻撃魔法、だが彼の言葉が正しいとするならばダメージに明らかに差があるとのこと。


「おい、ヘルモートとやら」


「な、なんだ!? 急に……というかお前たちはいったい――」


「そんなことはどうでもいい。それよりもお前が使ったという魔法はなんだ」


「何故、それをお前に言わなくては――」


「ヘルモートが使ったのは≪弾劾の炎刃クライン・エッジ≫だろ。というかこいつそれ以外の上級攻撃魔法を使えないし」


「オフェリア様!?」


「……そういうことか」


「あに――ディー、わかったのか!?」


「相手の力について予想はついた。――ファーヴニルゥ」


 ディアルドが呼ぶと当たり前のように深森の魔蜘蛛キリネアに吹き飛ばされたはずのファーヴニルゥが現れた。



「なに、マスター」


「なっ、大丈夫だったのかこの娘」


「あの程度で怪我をするわけじゃないじゃん。それで?」



 ヘルモートが驚きの声を上げたがディアルドにしてもルベリにしても別に心配をしていなかった。

 彼女の美しい身体にはまるで怪我一つなかった。




「大体、相手の力は把握できた。力を借りるぞ」


「借りるも何も……僕はマスターの剣だよ。ご自由に」





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