第百二十話:蜘蛛の魔物・Ⅰ


「ええぇ……」



 ルベリはドン引いた。

 目の前の光景……というそれを引き起こした人物から僅かに距離を置いた。


 何故、こうなったのか……。

 シャーウッドの森に入ったディアルドたちは、まず生還者の言っていた深森の魔蜘蛛キリネアが目撃された場所へと向かうことにした。

 まずはヘリオストルと合流できなければ話にならないが、シャーウッドの森は「森」という名称ではあるものの自然豊かな山々の一帯を指し、かなりの広大さを誇っていた。


 地道にあてもなく探してもまず見つけられる可能性は低いだろう。

 空から探す案も出たのだが、生い茂った森のせいで空からだと誰が居るのか判別するのは難しい、そこで深森の魔蜘蛛キリネアを倒そうとしているのだからこちらも深森の魔蜘蛛キリネアを探せばいい――と考え、その場所に土地勘のあるオフェリアに案内してもらったところ……彼らを運よく見つけることが出来たのだった。


 問題があるとすれば一つ。

 捕捉した時には既に深森の魔蜘蛛キリネアという魔物との戦闘が始まっていたという点だ。


 しかも、見た限りでは負傷者まで出ていた。


(最悪だ、どうすれば……)


 そんなことをルベリが考えていた――その時、




「≪焔の断罪カーマイン・アルグノーツ≫!!」


「え」




 一瞬だった。


 ルベリが気づいた時には既にオフェリアの手によって魔法陣は描かれ、魔力も充填されていた。



 流麗なほどに美しく、そして素早い魔法陣の構築。

 見事な魔法の腕と称賛せざるを得なかったが……それはそれとして。



 一拍遅れて爆熱によって熱せられた風を感じながら溜まらずルベリは声を上げた。



「いやいやいや、オフェリア様!? なんで全部吹っ飛ばしたんですか!? ヘリオストルいましたよね!?」


「安心しな。ヘリオストルの防具には耐火式の特殊な魔法が付与されています、ですから問題はないんだよ」


「そうなんだ……いや、だとしても容赦なく巻き込むのはどうかと思うんだけど!?」


「なるほど……流石はペリドット侯爵家とでもいうべきか。国境の領地を任される武門名だけはある。騎士団に火の魔法に関する防護を万全にすることによっていざという時は巻き込んで吹き飛ばす運用……合理的で考えられている」


「いや、感心しちゃダメだろ!?」


「大丈夫だって、何度もやってるから。今まで問題は起こったことない。ペリドット侯爵家の耐火魔法は万全に機能しているって」


「そこも心配はしてるけど、別にそこだけを問題視しているわけじゃないですからね!?」


 ルベリは声を荒げて突っ込んだ。

 所詮は元庶民の生まれの自分とでは色々と価値観が違うだろうとは思っていたがまさかここまでのぶっ飛び具合をかましてくるとは想定の範囲外であった。

 いくら対策をしているからと言って自身の配下を効果範囲に巻き込んで範囲攻撃魔法を初手で叩きこむ所業……彼女の知っている限り、荒くれ者が多かった冒険者たちよりもよほど好戦的だ。


「いや、えっ……ええっ」


 とりあえず、ルベリの中で貴族のお嬢様というイメージがガラガラと崩れ去っていった。


「いや、ロゼリアもあんな感じだし……案外、貴族のお嬢様ってこんな感じなのかな?」


「あの女の名前を出すんじゃねぇ」


「あ、うん。じゃなくて、はい」


 思わずぼやいてしまった言葉を拾われ彼女は慌てて謝罪し、ディアルドへこっそりと話しかけた。



「なあ、なんか……その……オフェリア様って雰囲気変わってない?」


「あれが地なんだろうな。噂に聞くとだいぶお転婆な姫だったと聞くが……俺様の中で凄い好感度が上昇している」


「ああ、うん。兄貴は好きだよね、ああいった感じの。いや、そうじゃなくてさ」


「ペリドット侯爵はバリバリな軍閥に属する武門の貴族の家柄だ。あれぐらいの気の強さがなければ舐められて終わりだからな。力こそ正義というか、それを示さなければ女だてらにやっている行ける世界じゃない」


「そうか、そういうものなのか。怖いなぁ、貴族の世界。大変なんだな、ペリドット侯爵家……」


「…………」



 どこか他人事のように呟いているルベリを見て、ディアルドは思いっきりベルリ家もペリドット家と同じく軍閥に属していた家柄だということを言おうか迷ったが、とりあえず今のところはやめておくことにした。

 最終的に彼女にもオフェリア並みの気の強さというか力強さを手に入れることが出来たらなぁ、と思わなくもないが性格的に無理だろう。


(あっ、なんか一人だけ豪華な格好をしている男を見つけたと思ったら有無を言わさずに顔面に蹴りを入れた。多分あれがヘルモートというやつなのだろうな)


 どうでもいいが倒れている相手に蹴りを入れるのはどうなのだろうか、特にスカート姿で。

 などとディアルドとしては思わなくもないがアグレッシブお嬢様は止まらない。



「オフェリア……いえ、オフェリア様……わ、私は……」


「とりあえず、遺言は後で聞くとして――今はこの場を治めることが先決です。ヘルモート、状況を説明しな。ヘリオストルは全員無事ね?」


「は、はい! わ、我々は全員ここに……深森の魔蜘蛛キリネアを見つけ、討伐しようと魔法による攻撃を敢行するも失敗して――はっ、そうだ!? オフェリア様、お気を付けください! 深森の魔蜘蛛キリネアはあれぐらいでは」


「わかってる。もろに受けたとはいえそれで倒せたとは私も思っていない。とはいえ、それなりに手傷は負わせられたはず、その隙に体勢を立て直す。ヘルモート、まずは――」


「ち、違うのです! オフェリア様、そうではなく……やつにはのです」


「……なんだって?」



 ヘルモートの言葉に一瞬、ディアルドアたちを含め全員の意識が向いたその瞬間、まるで狙っていたかのように立ち込める土煙の中から巨大な影が現れた。

 その影は巨体故の速度を活かし、恐ろしいスピードで近づくと同時にその鋏のような前脚を振り上げ――



「そうはさせない」



 振り下ろすよりにも先に一瞬で深森の魔蜘蛛キリネアの前にファーヴニルは回り込むと、飛行魔法と加速魔法による重ね掛けの速度を活かして斬撃を叩き込もうとして……。



「あれ? 魔法が……っ!?」


「ファーヴニルゥ!?」



 まるで空中でつんのめったかのように体勢を崩したファーヴニルゥ。

 その隙を見逃さずに深森の魔蜘蛛キリネアの前脚は振るわれて、彼女は大きく弾き飛ばされた。




 ルベリが悲鳴を上げるがディアルドは慌てずに魔法の準備をその間に整え終え、そして発動する。




「≪蝕ノ儀アザトース≫」




 魔法陣の中から現れた冒涜的な触手が巨大な蜘蛛の魔物である深森の魔蜘蛛キリネアを拘束する。



 だが……。




「なるほど、流石に一筋縄ではいかないか」




 拘束し動きを止めたかと思ったのもつかの間、崩れていく≪蝕ノ儀アザトース≫の術式の様子を見ながらディアルドは呟いた。


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