第百十九話:シャーウッドの森・Ⅲ


「うわぁあああ!」


「ま、待て! 逃げるなっ!」


「くっ、この――っ! ≪炎球ファイアー・ボール≫、≪炎球ファイアー・ボール≫!」


「≪二重の雷鎖ダブル・チェーン・ライトニング≫……っ! だめ、効いてない!」


 シャーウッドの森の奥、そこの洞窟の入り口の近くで怪物――深森の魔蜘蛛キリネアと出会ってしまったのだと生き残った冒険者は言っていた。

 だからこそ、ヘリオストル――若き騎士団である彼らはそこへと向かい、こうして現れた敵と戦っていた。


(こ、こんな……こんなはずじゃ!)


 そこまでは良かったのだ。

 ヘリオストルの騎士団長、ヘルモートには勝算があった。

 ≪花位ブルーム≫の魔導士が複数、彼に至っては≪色位カラー≫の魔導階級にもなった。

 彼らの魔法による波状攻撃で一気に仕留めに入れば深森の魔蜘蛛キリネアとて襲るるに足らず、とそう考えていたのだ。


(討伐チームは失敗したようだが、彼らの中の魔導士は最大で≪花位ブルーム≫が居た程度……それに比べ私たちは鍛錬を重ねて強力な魔法が使える。上級の攻撃魔法だって使ったんだぞ!?)


 ≪色位カラー≫へと至れたヘルモートは上級の攻撃魔法を習得することが出来ていた。

 だからこそ、驕っていたというのもあったかもしれない。

 あるいは魔物をただのモンスターの延長線上で考えていたのが悪かったのか。


(それなのにとはどういうことだ!? 魔物というのはあんなに出鱈目なのか!?)


 彼らは上手くやった。

 作戦自体は非常にシンプルであったものの、深森の魔蜘蛛キリネアを見つけ出し、さらに気付かれるよりも早く先手を取れる位置を陣取って攻撃をした手腕は確かなものだった。

 相手がこちらに気付いた時にはヘルモートたちの準備は済み、魔法による一斉攻撃が行われ――命中。


 理想的な先制攻撃。

 仕留めきれなかったとしても十分なダメージを与えられたはずだ、と誰もが思った次の瞬間……ヘルモートの前に立っていた騎士が宙を舞った。


 下級攻撃魔法と中級攻撃魔法を複数、それに加えて彼の上級攻撃魔法を喰らったはずの深森の魔蜘蛛キリネアは悠然と立ち込める爆炎の中から現れ襲い掛かってきたのだ。


 あり得ない。

 ヘリオストルの誰もがそう思っただろう。


 避けられたならまだわかる。

 殺しきれなかったというならばまだわかる。


 だが、あんな風に何事も無かったかのように向かってくるのは異常と言って差し支えなかった。


(意味が解らない……どういうことだ!?)


 深森の魔蜘蛛キリネアの黒く硬質な身体には多少の煤けたあとのようなものが見て取れる。

 そこから察するに攻撃が届いていなかったということはないだろうが、それにしてはダメージが少なすぎる。

 見た目以上に頑丈であったとしてもそれでは説明が使ないほどに深森の魔蜘蛛キリネアはダメージを負っていなかった。


「だ、団長……これではっ!」


「くっ、この……っ!」


「っ!? 硬い……まるで剣が通らないぞ!」


 魔法攻撃だけで決着がつかない場合も考え、気を抜かなかったのが幸いしたのか前衛の騎士たちは役目を果たすように壁になり応戦するも鋼の剣や槍での攻撃に深森の魔蜘蛛キリネアはまるで苦にしない。

 金属がぶつかるような音を立てて弾かれてしまう。


「ええい、まるで鉱物系のモンスターを相手にしているみたいだ!」


「こういう時こそ魔法なのに!」


「効かないんだからしょうがないでしょう!」


 まるで理不尽の塊のような相手にヘリオストルの動揺が広まっていく。

 こちらの攻撃がまるで効いていないのだ、経験の浅い彼らは想定外の事態が起こった際の立ち直りに慣れていない。


「団長! 撤退指示を!」


「馬鹿な! そんなことできるわけが……」


「しかし、このままでは全滅です!」


「……っ!」


 副官の言葉にヘルモートは歯ぎしりをした。

 彼とて状況が悪いことは理解していた、予想外のダメージの低さに動揺していた魔導士たちを守るために前衛の騎士たちが盾になってくれた。

 そのお陰でヘルムートたち魔法が使える者たちは生きながらえることが出来たが、その代わりに前衛の人間に負傷者がたくさん出てしまった。

 幸い死傷者こそ出ていないものの、ここは最低でも場を仕切り直す必要がある。


「だが……我々はライオネル様の言を破ってここにきているのだぞ? それにオフェリアにどんな顔で会えば」


「死んでしまえばそんな心配をすることも出来なくなります。今ならまだ……」


「そうか……そうだな。よし、総員撤退を――」


 副官の言葉にヘルモートが決断し、声を上げるより一瞬だけ早く深森の魔蜘蛛キリネアは動いた。



「っ、なんだ!?」


「跳んだっ!?」



 鋭利な鋏のような形状をしている前脚を振るい、近くの騎士たちと戦っていた深森の魔蜘蛛キリネアだったが巧みに戦い、特に連携して凌ぐ彼らの様子にじれたのかその巨体からは想像も出来な程の跳躍で上に跳んで見せたのだ。

 その動きに一瞬困惑したヘルモートたちであったが深森の魔蜘蛛キリネアから放たれた巨大な蜘蛛糸の網を見て失策を悟った。


「全員避けっ――くそっ! だめか」


 広範囲に一斉にばら撒かれた蜘蛛糸は恐るべき拘束力と粘着力で以て彼らの動きを封じしてしまった。

 そして、身動きが出来なくなった彼らに向かって深森の魔蜘蛛キリネアは迫り、そして――




「すまない、オフェリア……」



                   ◆



「っち、あの女め……」


「姉上、まだ言ってるんですか。ダメですよ、相手は侯爵家のお人なんですから」


「いや、しかしだな」


「子爵様に迷惑がかかるところだったんですから。ほら、今日の文の仕事をしましょう。あとで姉上にも魔法を教えていただきたいですし……」


「そ、そうだな。さっさと終わらせて鍛錬に移るとしよう! ……そろそろ増やさないと。悔しいがあの魔女に頭を下げるべきか」


「姉上?」


「い、いや、なんでもない。うん」


「それにしても子爵様たちは大丈夫でしょうか? ファーヴニルゥ様が居るなら大丈夫だとは思うけど」


「……まあ、あの巨大なファティマも倒すやつだ。大丈夫だろう、オフェリアが前に出なければ」


「オフェリア様がですか? 侯爵家の令嬢ともあろうものが、前に出て戦うなんてそうはないと思いますけど」


「ああ、確かに前に見た時よりもうまく猫を被っていたな。アリアン、あいつはな――」


 そんな会話がある姉弟の間で行われていたちょうど、その時のことだった。







「煌々にて紅蓮よ染まれ、其れは黄昏をかき消すもの――」


「そのお声はオフェリアって、ちょっ……まっ!?」





「≪焔の断罪カーマイン・アルグノーツ≫!!」





 勇ましい声と共に紅蓮の炎の暴虐がシャーウッドの森の一画を吹き飛ばした。




「こん……のッ! 馬鹿ども!! あとで私直々に全員焼きを入れてやるから覚悟して逃げるんじゃねぇぞ!!」




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