第百十七話:シャーウッドの森・Ⅰ
「何ですって!? どういうこと!?」
早朝のラウルの街を出発しようとした一行。
そんな時、一匹の鳥の形をした
その翼にはペリドット家の家紋が刻まれ、どうやら手紙をオフェリアに運んできたらしい。
騎士の一人が受け取り、罠が無いかを魔法を使って調べ――そして確認が取れるとすぐに彼女へと渡した。
オフェリアはその手紙を開き、読み終えた途端に声を上げたのだった。
「どうなされたオフェリア様」
「それが……」
「なにかトラブルでも?」
「シャーウッドで少し問題が――」
最初こそ、言い辛そうにしてはいたものの隠しては置けないと判断したのか不承不承と言った形で彼女は話し始めた。
曰く、オフェリアにはヘリオストルという名の彼女直属の近衛騎士団が存在するらしい。
次期当主となるであろうオフェリアの為に父であるライオネルが用意したもので、将来的には彼女の側近となるであろう才気にあふれた若者を集めたものだったという。
(ああ、確か街で聞き込みをしている時に聞いたなそんな話。流石に侯爵家ともなると豪快なことをするものだとも思ったものだが……)
つまりはペリドット侯爵が娘の為に集めた未来の家臣団というわけだ。
彼の配下の貴族や騎士の子息、子女、在野の優秀な人材などを中心に構成されているらしい。
(騎士団長の名前は確か……ああ、ヘルモートとかいう名前だったか。ペリドット侯爵の右腕とも言われているグラン男爵の息子の)
特徴があるとすればヘリオストルの構成員は皆年若い少年少女だということか。
オフェリアがまだ若いというのもあるが、ペリドット侯爵もまだ四十代前半と若いためじっくりと時間をかけて彼女と共に育てていく方針だったのだろう。
そんなヘリオストルだったのだが……。
「そのヘリオストルが……そのシャーウッドに?」
「ああ、今回の一件関わるなと言っていたのに……あのバカどもっ!」
端的に言ってその彼らが暴走してしまったらしい。
シャーウッドが魔物に奪われてしまった今回の一件、彼らは何度もヘリオストルの出陣を嘆願したらしい。
「「侯爵領の危機を解決してこそヘリオストルである」ってな」
「ふーはっはァ! まあ、当然のことながら侯爵は却下したのだろうな」
「まあ、そういうことです。更に言えば子爵たちに助力を得るという決定もどうやら納得がいかなかった様子で」
「なるほどな……まっ、おおよその見当がつくが」
つまりは若者らしい無鉄砲さが爆発したといったところだろう。
実際、事実として優秀な人材が集められているようでオフェリアと共に若いながらも何度も領内で着実に功績を出していたのだとか。
その実体験は自尊心となり、向上心へと上手く作用していたのだが……それが今回の一件で変に作用したのだ。
魔物がシャーウッドの森を支配したという一報を聞き、当然のようにヘリオストルはオフェリアに彼らの派遣を直訴した。
自分たちならばなんとかなる、と思ったのかあるいは領地の危機だからと奮い立ったのか……結果はライオネルからの却下という結果だった。
まあ、当然といえば当然だ。
彼からすれば大事な娘の将来の家臣団だ、無駄に危険には晒したくはない。
だが、そんな決定に不満を持っていたのだろう。
特にベルリ領へオフェリアが赴いて助力を依頼する――という決定に強い憤りを露にしていたのだとか。
「自分たちの力を疑われている、と感じたのかもしれない。本来はベルリ領へと向かうための護衛はヘリオストルに任せるつもりだったんだけど、それもあって……」
「急遽変更した、と? そして、置いてきた結果がこれでは笑い話にもならないな」
「ちょっ、ディー?!」
「いや、全くの事実だわ。こんなことを起こすなんて……」
ディアルドの言葉に返す言葉がないのかオフェリアはため息を吐いた。
流石にショックなのか落ち込んでいるように見えた。
「それでヘリオストルはシャーウッドの森へと向かってしまった、と」
「ああ、どうやらヘルモート――騎士団長が主導したらしい、が」
「魔物を自らの手で討伐するつもりか。……それでどうするつもりだ?」
「……どう、とは?」
「予定では子爵と共に一度侯爵のもとへと行く手はずであったが、ではシャーウッドの森へと向かったヘリオストルはどうするつもりなのか。このまま、放置するのか……と」
「でぃ、ディー。えっと、そのヘリオストルがシャーウッドの森の怪物をそのまま倒してしまうってことは……」
「正直なところ、私には何とも言えません。私個人としては彼らはとても優秀で高位の魔導士や魔法騎士も居ますのでもしかしたら――とは考えてはいますが」
「AA級の冒険者のパーティーが二つ壊滅されているのだろう?」
「っ、何故それを……」
「ふーはっはァ! 昨日、色々と聞きまわったからな。それでヘリオストルはどれくらいまでのモンスターなら倒した経験が?」
「……集団戦なら討伐難易度220の
「優秀だな。だが……厳しいな」
ディアルドはそう断じた。
一般的な尺度で見れば優秀の域では確かにある。
仮にも侯爵家が集めた人材なのだから相応の実力もあるのだろうが、相手が未だに情報も少ない魔物相手となるとかなり心許ない。
特に若いが故に戦いの経験が足りていない点が一番のネックだ。
話によると何度も領内に現れたモンスターを討伐した経験はあるらしいが、その際は経験豊富なお目付け役が一緒にいたらしいが今回はそれも居ないらしい。
(そもそも将来的な家臣団ともなると戦ってばかりいればいい……というわけではないだろうしな。ルベリもそうだが領地を治める側の人間として色々と学ばなければならないことも多くなるわけだし……)
つまりはそもそもがヘリオストルは戦い一本で鍛えている集団ではないというわけだ。
(騎士団という形にしたのは将来的な箔付けの為だろうが……)
ライオネルとしてはその程度の理由だったのかもしれないが、戦功というのはわかりやすい功績の指標で認められたい若者はそちらに流されやすい。
本来ならいろんなことを満遍なく学んで成長してほしかったのだろうがそっちへと傾倒してしまっていたのだろう。
今のところ大きなトラブルもなく順風満帆だったらしく、いやだからこそ今回のようなことが起こったのかもしれない。
「とにかく、これからどうするかだ。ヘリオストルは単独での魔物の討伐をするためにシャーウッドの森へと向かってしまったわけだが……」
「……いえ、このまま予定通りにオルドリンへと向かいます」
「えっ、でも」
「良いのです。侯爵からの通達があったにも関わらず、こんなことをしでかすなんて……私は知りません。私たちは予定通りに侯爵と顔を合わせ、準備をしてしかる後に――」
「で、でもですねオフェリア様……」
「いいのです!」
そう言うと話は終わったとオフェリアは護衛として来ていた騎士たちに指示を出しに行った。
その背を心配そうに見つめていたルベリは小声でディアルドに話しかけた。
「あ、兄貴……」
「まあ、そういうしかないだろうな。今から向かったところで森に入る前に接触するのは不可能だ。となるとヘリオストルを止めるにはシャーウッドの森の中で捕まえる必要があるわけだが……」
強大な魔物の縄張りに助力を請うた相手を自らの配下を助けるために碌に準備もないままに向かわせる――というのはオフェリアの立場から口が裂けても言えることではないだろう。
「でも、オフェリア様全然大丈夫そうじゃないっていうか」
「話を聞く限り幼少期からの仲らしいからな。歳も近いというのもあって単なる配下というだけではない関係なのだろうさ」
「あ、兄貴……」
「俺様はどっちでも構わんぞ」
「えっ?」
「だからどっちでもだ。別段、ヘリオストルなど知らぬ赤の他人だからな。どうなろうが知ったことではない。なんならそいつらが壊滅した後で改めて俺様たちが魔物を討伐すればそれだけ評価もされるだろうし」
「兄貴っ!」
「だから、俺様としてはどっちでも構わんのだよ。……だから決めるのはお前だ、ルベリ」
「わ、私……?」
驚いたように目を見開いたルベリを真っ直ぐディアルドは見つめた。
「ああ、そうだ。最初に言っただろう? お前はもっと強欲になるべきだ。欲しいものは素直に欲して求めればいいのだ。仮にも俺様の主だろう? ならばもっと何に縛られなくこともなく求めて命じればよいのだよ」
「…………」
「お前はどうしたいのだ?」
彼のそんな言葉に少しの間、無言になった彼女は意を決したかのように歩き出してオフェリアの元へと向かった。
「ベルリ子爵? そろそろ出発を……」
「オフェリア様、ヘリオストル……でしたっけ? 彼らを助けに行きましょう!」
「っ!? な、なにを言って……彼らのことは良いのです。彼らも子供ではありません、自らの行いには自らが責任を持たなくては……。ベルリ子爵のその気持ちだけで私は――」
「嫌です! だってそれ……ズルじゃないですか!」
「ず、ズルって突然なにを……」
「ヘリオストルって人たちとは仲がいいんですよね? そんな人たちが傷ついたらオフェリア様はきっと笑えなくなります。報酬で折角友達になってくれるって話だったのに、悲しい顔をしているんじゃ……それはもうズルじゃないですか!」
「その話、まだ有効だったのかよ!?」
「ぶはははァっ! どういう理屈だそれは……っ!」
「ルベリって偶に馬鹿だよねー」
ルベリの言葉にオフェリアは呆れ果て、ディアルドは爆笑し、ファーヴニルゥは面白そうに眺めていた。
「とにかく! そういうわけで助けに行きましょう! 魔物のことは……ディー! なんとかして!」
「ふーはっはァ! 言いたいことだけ言って後は丸投げではないか! いいだろう、何とかしようではないか」
「貴方達……何といったらいいか……その、ありがとうございます」
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