第百十五話:ペリドット侯爵領へ・Ⅱ


 ペリドット侯爵領へと行く道程、その途中にラウルという街がありディアルドたちはそこで一泊することになった。

 かなり近くまで来ているとはいえ、ペースを考えると野営を挟んでの到着となる。

 危険な夜道を無理に進むより、無理をせず一泊してから早朝に出れば日が暮れる前には到着する出来るからだ。


「シャーウッドへは急がなくても?」


「出来るだけ急いだほうがいいのは事実ですけど……。今のところ、縄張から出てきたこともありません、それに森に入ることも禁止するようお触れを出していますから」


 シャーウッドという宝の山で採取が出来ないのは領地としては確かに痛手なのは間違いないが強行軍で戻るほど切羽詰まった状態ではない、と言ったところなのだろう。

 あとは単純にオフェリアに疲れが見えていたのもその判断を下した要因の一つだろう。

 話から察するにペリドット領からベルリ領へ来て、そして過ごして三日過ごしてまた出発という流れ、屋敷で普段暮らしている彼女にとっては疲れが残っても仕方ないともいえる。


(というかベルリの奴も少し疲れているからな……あいつ馬車に慣れてなかったか。まあ、慣れる機会もなかったか)


 とディアルドは彼女たちの様子を眺めつつ声を上げた。


「よし、そういうことなら自由行動だな。明日になったら集合だな、ふーはっはァ!」


「おい、主を置いてさっさとどこかに行こうとするなよ」


「これは命の洗濯というやつだ、ベルリ子爵! ベルリ子爵様におかれましてはオフェリア様とご一緒に街のご観覧でも楽しんでいただきたく!」


「いや、命の選択って本当にどこに行く気だ!? ほんとマジで」


「そりゃ、ベルリ領にはお酒やら女性がいるやらが居る場所で羽を伸ばそうと……あっ、情報収集だから勘違いしないように」


「嘘つけぇ!? あに――じゃなくてディーが割とオーガスタで女遊び酷かったの知ってるんだからな!」


「ちーがーいまーすー。あれは女遊びじゃなくて真剣なワンナイトなラブの結果だ! ふっ、まだまだお子ちゃまな子爵にはわからないかもしれないがそういう大人な世界があるのだ」


「あの……貴方、それほど年齢高くありませんよね」


「おっと、なるほどオフェリア様もお子ちゃまでしたか」


「侮辱ですか、良い度胸ですね」


「すいません、すいません」


「年齢で子供か大人かを判断するなど、それほど子供というものだ。大人というものは経験の深さがものをいうのだ」


 まあ、ディアルドの場合は単純に前世の記憶がある分、自分は大人だという自負があるだけなのだが。


「金を抜き取られたり、騙されたり、大金を貢がされたりと俺様は真剣で様々な体験を経た――つまりはそれが大人になるということだな」


「ただの馬鹿だろ」


「馬鹿ですわね。取られてるじゃないですか」


「違う、取られたんじゃない。素敵な時間を過ごせたことに対して、俺様は対価として渡したんだ。……そう思い込めばノーダメだ! ふーはっはァ!」


「思い込もうとしている時点で自覚しているじゃありませんか」


「まあ、そういうわけで言ってくる。では、行くぞファーヴニルゥ!」


「うん、行くよマスター。おやつ買っていい?」


「おお、勿論だ。いいぞ」


「えっ、ちょっとファーヴニルゥも連れていくのか!?」


「ふーはっはァ! 当然だ、俺様の従者だからな!」


 ルベリが慌てて声を上げるもさっさと離れて行ってしまうディアルド。

 その横に当然のようについていくファーヴニルゥの背を眺めながら彼女はがくりとした。


「もうちょっとちゃんと躾しておいた方がいいわよ、ベルリ子爵。あと蒼穹姫ってあんな感じだったっけ?」


「あの子はディーと絡むと大概止まらないというか」



                   ◆



「あぐあぐっ」


「ふーはっはァ! よし、聞けるところは聞けた! 次に行きぞファーヴニルゥ」


「ん」


「おっ、なるほど。先ほどの出店の焼き菓子はいけたか。どれどれ……ふむ、悪くはないな。とはいえ、これ出来たてが上手いやつだな。土産には向いていないか」


 ファーヴニルゥの差し出してきたチュロスにも似た焼き菓子を口にくわえながらディアルドは手元の手帳に何やら書き込んでいく。

 それは複数の言語を歪に混ぜ合わせたもので彼の「翻訳」の目を持ってしか解読不能のメモだ。


「終わった?」


「まあまあ、だな。ペリドット侯爵領にも近いからそれなりに情報は集まったがやはり噂程度か。とはいえ、それだけでも無いよりはマシだ」


 ディアルドたちがルベリたちと別れて何をしていたかと言えば、それは足を使った情報収集だ。

 主にペリドット家や領地について、それから例のシャーウッドの森の怪物について……彼は限られた時間を有効に活用して、自らの足で出来る限りを集めようとラウルの街のギルドや酒場などに出向き、話を集めていた。


 当然、それなりに口を滑らかにする心づけは弾む羽目にはなったが。


「でも、そんなに情報なんて集めないといけないものなの? シャーウッドの森の怪物とやらがどれだけ強くても僕なら勝てるから気にすることないんじゃない?」


「そりゃ、お前なら勝てるだろうさ。俺様もそれは微塵も心配していない。我が美しき剣よ。……というかお前が勝てないような相手なら天才である俺様とて手に負えないので逃げる一択なので考慮に入れないとして、だ。考えるべきは色々あるのだ」


「例えば?」


「今回の一件、本当に魔物退治だけで終わるのか……とかだな。手に負えない魔物が現れたので俺様たちに助けを求めてきた。それだけの話なら問題はないのだろうが」


「嘘ってこと?」


「いや、シャーウッドの森の怪物の話はここまで届いているから話自体は嘘じゃないだろう。それによって色々と混乱しているのは事実らしいから魔物の存在もそれの対処に困っているのも間違いない。問題はそれ以外の意図があるかどうか……」


 貴族の世界というのは非常に面倒で変なところで足を取られかねないというのを嫌というほどに知っているディアルドは、情報収集に余念がなかった。

 特に最近はベルリ領での開発が楽しくて籠っていたおかげで世情の流れにも少し疎い、なのでこの機会に精力的に集めているのだ。


(何をするにしても判断材料がないことにはどうしようもないからな。ペリドットについても詳しくはないし、領地に入る前に出来るだけ集めておきたい)


「では、もう少し散策するとするか。付き合わせて悪いな」


「ううん、僕はマスターと一緒なら別にいいよ」


「ふーはっはァ! そうかそうか。よしよし、色々と買ってやるからな。さて、ルベリの方も上手くやっているといいが……あの様子からして案外相性も良さそうに見えるからな」


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