第百十四話:ペリドット侯爵領へ・Ⅰ


「それではしばらく留守にする。だから、留守を頼んだ」


「ええ、お任せされましたベルリ子爵」


 そう答えるエリザベスを見ながらルベリは微妙な顔をして答えた。


「……冷静に考えて外部の人間であるワーベライト様が留守ってどうなんだろうな?」


「まあ、実際をやるのは彼女ですし問題はないでしょう。私としてはイリージャルの書庫にとても興味があって籠る気で――」


「ああ、うん。頑張って。……ヤハトゥ?」


〈――回答します。ルベリティアに関してはお任せください司令官。我々は完璧にオーダーを達成します〉


「うん、頼りにしているよ。それじゃあな」


 そう言って出発する彼女の姿を見送りながらエリザベスはふと何かを思い出したかのように呟いた。


「……あっ」


〈――質問。どうかなさいましたか?〉


「いや、ディアル――じゃなくてディーに聞いておきたいことを思い出したんだよ。落ち着いたら尋ねようと思ってすっかり忘れてたなって」


〈――内容。どんな話なのでしょうか?〉


「いや、ね。向こうに行ったときに彼のことを知っている人に会ったから、それについて言っておこうかと思ってたんだ。君はかの有名な≪魔剣≫とどんな関係なんだい? ってね。どうにも探していたようだから……まあ、帰って来てからでいいだろうさ」




〈――了解。わかりました。それではヤハトゥは城の建設作業に注力しますので何か問題があれば一報をお願いします〉


「わかったよ。それにしてもなんかやる気を感じるね。勘だけど」


〈――回答。別に一緒についていったファーヴニルゥのことなど全然気にしていませんが?〉


「ああ、そういう……程々にね」



                   ◆



「ふーはっはァ!」


「ふーはっはァ!」


「「ふーはっはっはァ!!」」



 ベルリ領から離れペリドット侯爵領に向かう道中。

 その早朝の馬車の上でディアルドとファーヴニルゥに腰に手を当てて高笑いをしていた。


「いや、うるさいわよ?! ちょっとベルリ子爵!?」


 そして、そんな行為は当然のように怒られた。


「すいません、毎朝の日課なんで許してやってください……」


「日課!? この奇行が!? ベルリ領ではそんなことを……なるほど」


「あっ、うちの領地だからって理由で納得されるの……思ったよりも結構傷つく」


 もはやオフェリアの中で固まっている印象にルベリがショックを受ける中、ディアルドが話しかけた。


「ふーはっはァ! 朝から元気がいいなオフェリア様よ、どうだ一緒にやらないか? 気持ちいいぞ」


「気持ちいいぞー?」


「やらないわよ!? そんな馬鹿なこと! 見なさいな、周りの騎士たちの視線。「なんだあいつ……」という視線を」


「天才である俺様が注目されるのは当然のことだからな」


「引かれてるんですわよ!? 貴方バカぁ!?」


「?? 俺様は天才だと言っただろう? 話を聞いてなかったのか??」


「ちょっとベルリ子爵! どうにかしなさいな!」


「あ、あはは……」


 肩を怒らせながらそう言ってくるオフェリアをなだめながら、恨めしそうな視線をルベリはディアルドとファーヴニルゥに向けるが彼らはやっぱり自由にやっていた。


「「ふははっ!! ふーはっはァ!」」


「兄貴めぇ……あの野郎」

 

「ちょっと聞いてますの!」


「は、はい!」


 依頼を受けシャーウッドまでの道中はそれなりに時間がかかる。

 ディアルドとファーヴニルゥは飛行が出来るがまさか置いていくわけにもいかないのでゆったりとした馬車の旅となったわけだが……。


「くっ、なんであの男……あんなに優秀なのよ。凄いムカつくわ」


「ええ、それは本当にいつも思います」


 憎々しげに言い放つオフェリアの言葉にルベリは神妙な面持ちで同意した。

 何故、彼女がディアルドに対して苛立っているのかと言えば……単純に癇に障ったとしか言いようがない。


(うん、予想通りだな)


 ルベリの思った通りというかなんというか。

 ディアルドは彼女に対して貴族的なコミュニケーション力が足りないという割に自分はさほど態度を改めるようなタイプではなかったのだ。


(よくよく考えればロナウドの時も別段態度を改めてたわけではなかったな。一応、抑えてはいたようだけど……)


 基本、唯我独尊系の人間なのでハッキリ言って気位の高い貴族からすればムカつくタイプの人間だ。

 しかも、ルベリのように知識がないからではなくわかっていてなお自分のスタイルを変えない人間なのが余計に厄介だ。


 正直、ルベリとしてはいつ無礼者と言ってオフェリアがキレださないかヒヤヒヤとしているのだがそれでも彼女が一定以上、ディアルドのことを認めているような言動をしているのは今までの道中の出来事があったからだろう。

 ベルリ領は人里離れた場所であり、ある程度マシになるオーガスタ周辺までの間は特にモンスターの出没が多い。

 実際、オフェリアたちがベルリ領を来るまでの間、それほど強いわけでもないが多くのモンスターに襲撃され、足を止められたとの話だったのだが――




「はいはい、≪蝕ノ儀アザトース≫」




 帰りの道程はディアルドのお陰で驚くほどにスムーズだったのだ。

 オフェリアたちの騎士や冒険者たちでもそれなりに苦労した道中、彼は襲撃しようとしてきたモンスターを発見すると同時に拘束し、動けなくなったところを攻撃魔法で貫いて処理したのだ。


 その手慣れた手つきと魔法の腕。

 自身も優秀な魔導士であるオフェリアだからこそというべきか、流石はあの黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンを倒したうちに一人であると不承不承認めているらしい。


「だからってあの魔法はないわよ。なによ、あれ。貴方からも言ってやったらどう? あれ、完全に邪悪な魔法じゃない。見た目的に。貴族としてやっていく以上、戦い方にも気品ってのは大事なのよ?」


「はい、全く持っておっしゃる通りです」


 とはいえ、ギリギリ認めているだけで評価が向上しているわけではなかったが。


(兄貴の奴……もうちょっと見栄えの良い魔法の一つや二つ知っているだろうに。変なところで物臭なんだから)


 ブチブチと隣で文句を呟かされているルベリは相槌を打ちながら怨嗟の念をディアルドに送った。


 おおよそのことはわかっている。

 ああやって真面目に道中のモンスターを彼が積極的に狩ったのはさっさと進むためと、自らの実力を示すためだろう。

 単に排除するのが目的ならファーヴニルゥに任せればそれで済む話。

 だというのに彼女はディアルドが魔法を使っている横で呑気にしていた辺り、言い含めていたのは間違いない。


 まあ、それはいい。

 彼の実力を見せた方が色々と話が早いというのはわかるのだが、どうしてそれで選ぶ魔法が≪蝕ノ儀アザトース≫なのか。


 確かに強くて便利ではあるのだろうが見た目が悪すぎる。

 最悪だ。


 最初見た時にオフェリアたちはどん引いてたし、その反応を見てもう慣れてしまっていた自身にルベリは改めて引いたものだった。



(兄貴のあれ、絶対に深いこと考えずに面倒だったからだよな。兄貴そういうところあるからな、「考えていないようで考えているし、考えているようで考えてない」――絶対、後で文句言ってやる)




「ちょっと! 聞いてます!?」


「はい」



 そんなことをしつつ一行はペリドット侯爵領への道を進んでいくのだった。

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