第百十三話:とある侯爵令嬢のモヤモヤ



『ベルリ子爵に? 助けを求めると』


『そうだ。シャーウッドの森の怪物……生き残った者たちからの証言を集めると魔物である可能性が高い』


『魔物……ですか』


『お前はまだ見たことはなかったな。あれを相手にするのはいささか厄介だ。冒険者たちにもだいぶ被害が出てしまったからな』


『でしたら兵を集めればいいのでは? シャーウッドは我らの領地、侯爵家たるもの自領での出来事に他所に助けを求めるというのは――』


『オフェリア』


『は、はい。お父様』


『これは既に決定事項だ。お前はベルリの地に向かい彼らの力を借りれるように尽力せよ。そして、出来る限り縁を強く持つように。……なに、彼のベルリ子爵はお前と同じ年ごろの娘だという。個人的に友好を結ぶのは難しくは無かろうて』




 ベルリ領に来て二日目の夜。

 オフェリアが思い出しているのはそんな父――ライオネルとの会話だった。


(一先ず、お父様からの頼まれたことは上手くいった……はず、うん)


 ルベリたちの力を借りるというという当初の目的は達成できた形だ。

 そのことに関して彼女は安堵の息を吐いてもいいはずだった。


 ベルリ領に来るまでの道中、本当に強いかどうか以前の問題として開拓を始めたばかりの土地を一旦開けて来てくれるかどうか……正直なところ、オフェリアとして不安があったからだ。

 無論、その場合はあの手この手を使って引っ張り出す予定ではあったが、あまり無理強いをすると今度は友好的な関係を結ぶという目的に合致しなくなる。

 そこら辺の塩梅をどうするべきかと頭を悩ませていたのだが、予想以上に開発されていたルベリティアのお陰かさほど問題なさそうなのが幸いした。


(ベルリ子爵もちゃんと了承してくれたし、問題なし……問題なし、よね?)


 ちょっと意地の悪いやり方だったが、それでも依頼を受けさせることにも成功した。

 ルベリ達の実力に関しては未知数だが、それでもファーヴニルゥの強さを見れば期待が出来るほどのものであることは確かだ。

 それを借りれるというだけでも十分すぎるほど、つまりは順調そのものと言ってもいいのだが――




(報酬が友達になることって……ど、どういうつもりなの!?)




 オフェリアの頭を悩ませているのはその一点だった。



「なにが「オフェリア様! 友達になってください!」よ。バカじゃないの?! あー、もう変なこと言われて上手く言い返せなかったし……」



 完全に予想外なことを言われてしまい、彼女は護衛の騎士たちの目の前でありながらわかりやすく動揺してしまった。

 オフェリアとしてはそれはとても恥であった。


 ペリドット侯爵家の令嬢としていつだって優雅な自分というものを意識していたというのに、だ。


「そうよ! 私は侯爵家の人間なのよ?! かつては伯爵家だったベルリの家を継いで爵位を賜ったとはいえ、少し前まで平民だった分際でおこがましいとは思わないのかしら! 全く……」


 最初、言われたときには何かしらの裏があっての言葉かもと彼女は考えた。

 貴族同士で「お友達になろう」というのは敵意がないことを示したり、あるいは互いに刃を向けず共存共栄でやっていきましょうとかそういった感じの意思表示なのが普通だからだ。


 それならそれで良かった。

 むしろ、こちらとしては望むところだったのだが……。



「あの子、絶対そんなことを考えてなかったわ……っ!」



 オフェリアにはわかる、わかってしまえた。

 これでも侯爵令嬢として若くとも数多の社交場に出た経験もあり、そして聡明な彼女だからこそ――あれはそういう打算込みの一言ではないとわかってしまうのだ。


 だからこそ、本当に対応に困る。

 いつもの自分を維持することも場を上手く取りなすことも出来ず、あの後微妙な空気のままでルベリと過ごす羽目になったのだ。


「というか、なんか言いなさいよ! そこは……こう……なんていうかさァ! 「あの時の真意はこうでした」とかそっちから振れよ! そうすればこっちも合わせることも出来たのに……」


 あの後の彼女はともかく無口かつ挙動不審で話をこちらに振る余裕などまるでなさそうな振る舞いだった。

 まあ、オフェリアの方も動揺のせいで似たようなものだったが……。


「そこはそれ下の立場の人間が上手く気をきかせるべきでしょ! それなのになに照れてるのよアイツ……っ!」


 彼女はぐちぐちと人が周囲に居ないのを利用して、溜まっていた不満をぶちまけていた。


「くそぉ……実は高度な頭脳戦ってことじゃないよな? 確かに報酬を尋ねて「私とお友達になること」なんて言われたら、こっちとしても上手く対応するのは難しい。言ってみれば無報酬で受けますよって言ってるもんだから……」


 オフェリアが下手な態度をすれば悪いのは彼女という方になる。

 これを拒否すればペリドット侯爵家はベルリ子爵家を友達と認めるほど評価していないと言っているようなものだからだ。

 そう考えれば上手くオフェリアの話術に対し、上手く返答したと感心しなくもないが――




「あれ、絶対そんな感じじゃないんだよなー。……はー、なんていうか裏の意図とかそんな感じのがあって欲しかったんだけど」




 感情としてはそうであって欲しいと思う反面、オフェリアの見識がそうではないと判断してしまうのだ。


 だから……本当に困る。



「「友達になってください」か。身分の差も考えない無礼者だけど――」



 本来なら相手の考えはともかく、こちらの目的としてもベルリ子爵家とは縁を結んでおきたいのだから喜んで利用するべき事態のはずなのだが。




「そんな言葉……初めて言われたな」




 モヤモヤを抱えたまま、オフェリアを一夜を明かし――そして、出立の日を迎えた。


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