第百十一話:依頼・Ⅳ


「おい、あれって……」


「間違いない凍刃馬ブリズトンじゃないか? 俺、初めて見た」


「王国から北東の方に生息しているといっていたがベルリ領地まで来るのか?」


「なんて巨大なモンスターだ。見ろ、あの脚の太さ。鎧の中身ごと一撃で踏み砕いてしまいそうな逞しさ。あれと真正面から戦うなんてゾッとしないな」


「強靭な足腰による機動力に、巨体故の力。それに加えて氷の力を操るという。討伐難易度は確か225じゃなかったっけ?」


「勝てるわけねーだろそんなの」


「せめて連携するならまだわかるんだけどな……」



 ひそひそと声を潜めながら話しているのはオフェリアが領地から連れてきた護衛の騎士たちとオーガスタで雇った冒険者たちだ。

 冒険者たちはともかく、騎士たちに関してはこのような振る舞いいつもの彼女ならば柳眉を逆立てて叱りつけただろうが今回に限ってはオフェリアは見逃すことにした。



「本当に何なのここ……」


「えっとベルリ領ですけど」


「そういうことじゃないわよ!」


「す、すいません!?」


(全く本当に何なのかしら……)


 オフェリアはため息を吐くのをなんとか抑えながら、この王国の東の果ての地を理解しようと頑張った。

 一応、昨日一通り街――ルベリティアを案内されたはずなのだが……。


(色々あれな光景のせいでまるで記憶がハッキリしない)


 というか今の場所からでもチラッ見えてしまう巨大な石像。



(えっ、なに? なんであんなのを……というかあれって本当に石像? いや、そうじゃないなら何なんだって話だけど……なんか違うもののような、見ていると不安になるというな――ってそうでもなくて!)


(とりあえず、あの石像に関しては考えても仕方ないと言うか、触れちゃいけない感じがするから無視するとして……えっとじゃあ、次は子爵の銅像? いや、銅像もいい! 作るやつは居るし、それだけ好きなんでしょう彼女は! ……なんかあれも普通じゃない気がしたけど、それは一先ず置いておくとして)


(……っていうかルベリティアってなに? いや、街の名前なのは聞いたけど自分の名前を入れるとか銅像や石像作るとか、自分アピールに余念がなさ過ぎない? 自己顕示の塊みたいみたいな女かと思ったら話すとそんな風には見えないし)



 ブツブツと心中で呟きながらオフェリアがちらりと視線を飛ばすとルベリと偶然にも視線が合ってしまった。

 すると彼女は困ったように笑みを浮かべ、その様子は正しくただの年相応の少女にしか見えなかった。


(なんというか印象がズレるんだよなぁ)


 貴種の血を引き、平民から貴族へと成り上がった強かな女。

 領地に来る前のルベリに対するオフェリアのイメージはそんな感じだった。


 だというのに実際に会ってみて話してみる限りの彼女はとても普通で――そして、彼女が治める領地はとてもとても普通から離れていた。


 そのことがオフェリアの頭を悩ませるのだ。

 よくよく考えて色々と疑問が浮かぶ気がするが存在感があり過ぎる巨大石像と無数の銅像が頭にちらついて思考が上手く回らない。


(ダメだ、あんなの作ってるような領地のこと真面目に考えても意味がないんじゃないかって気分になる。……というか城作りのための基礎工事までやってるってなによ。確かに領主としての権勢を知らしめるために立派な建物が居るってのはわからなくはないけどさ)


 少なくとも開拓し始めて一年も経っていないのに建てようとしているのはどう考えてもおかしい。

 ペリドットの領地にも確かに侯爵家に相応しい立派なものはあるが、それだけの規模の建物を作るのは相応の労力と時間が必要なわけで――



(ああ、いや……作れるのよね。なんか銅像を量産したり、あんな巨大な石像をこんな辺鄙な場所で作れたんだから……えっ、どうやって? ――深く考えるのはやめよ)



 ベルリ領に関して理解しようとするとすぐこれである。

 石像らがインパクトが強すぎて考えているとそこに流されて行き着いてしまうのだ。

 なら、いっそのこと素直に聞いてしまえばいいのかもしれないが堂々と隠すまでもないとばかりに開き直った態度で居られると、改めて石像とか銅像について話を聞きづらい。



(というかアレだ、単純に触れたくない。なんかお祈りしてたやつとか居るし……)



 侯爵家令嬢にだって触れたくないものぐらいあった。

 改めてルベリを伴って街の様子を回ることにしたオフェリアの素直な感想だった。


 そして極め付きが目の前の光景だ。


 彼女の目の前には巨大な蒼い馬のようなモンスターの遺骸が荷車に括りつけられてきて運ばれていた。

 モンスターの名は凍刃馬ブリズトン、オフェリアが連れて来た騎士や冒険者たちが言っていたように危険なモンスターだ。

 並の冒険者や騎士が相手が出来るようなモンスターではなく、凍刃馬ブリズトンを討つなら腕利きのチームを作らせて向かわせる必要がある。



 そんな強大なモンスターがただの一刀で切り殺されて運び込まれていた。



 何故ただの一撃で殺されたのかがわかるのかと聞かれれば、それは遺骸の様子を見ればすぐにわかる。

 凍刃馬ブリズトンほどの強大なモンスターであるならば生命力も高く、倒せたとしても相応の戦いで身体には傷が残るはずだ。


 だというのにその凍刃馬ブリズトンの身体には目立った傷はなく、ただ胴体と首だけが綺麗に断ち切られていた姿だったからだ。


 即ち、それほどの実力差で蹂躙されてしまったということ。

 そして、それを為したのは――



「おい、ちょっと遅くなかったか?」


「いや、そのファーヴニルゥさんがどうしても大物じゃないと嫌だって聞かなくて」


「途中でいい感じの大きな蜘蛛を見つけたんだけどね。でも、ダメだっていうから……」


「あれはダメでしょ。睨まれただけで死ぬかと思いましたよ」


「コレより強そうなやつだったのに」


「強けりゃいいってもんじゃないって言われたじゃないですか。ファーヴニルゥさんにとっては誤差でも強すぎるのもマズいんですって。いい感じに知られているレベルで強そうなモンスターって話だったんだから。程々でいいって言われてたのに妥協をしないから……」


「なんか大変だったみたいで――ご苦労」



 荷車の上にドヤッとした顔で立っている少女――ファーヴニルゥの手によるものだろう。

 オフェリアは彼女の顔を知らなかったがそれでも一目で気づくことが出来た。

 何故なら特徴として「驚くほどに美しい少女である」と聞かされていたからだ。


(特徴で「驚くほどに美しい少女」とは何だと思ったが、なるほどこれ以上なく明確に特徴を掴んだ説明だな。あれが――噂に名高き「蒼穹姫」)


 ルベリと共に黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンを討った仲間の一人。



(空を翔る魔法と絶技の剣を使うという魔法騎士、か。誇張半分に聞いていたけど凍刃馬ブリズトンをあんなに一撃で――)



 オフェリアは内心で溜息を吐いた。

 一目で見抜けた、つまりは本物ということだ。



(クハィレイト卿のような――理外の強者の類、か。……事実でけど。それはそれとしてベルリ領の戦力っておかしいよな。)


 彼女はそう呟きながら口を開き、何やらファーヴニルゥと話しているルベリへと話しかけた。



「ベルリ子爵、大変見事な成果ですね。これほどのモンスターを軽く討伐するとは流石は黒骸龍ダーク・スケルトル・ドラゴンを討っただけのことはある」


「は、はい。えっとファーヴニルゥはこの地で最も強き者ですから」


「それは素晴らしい。そこでなのですがその力を見込んで実は折り入って頼みがございまして」


「頼み……ですか? ええっと、ご存じのように開拓をしている最中なのでそれほどのことは」


「無論、侯爵家として頼みごとをするというのに報酬の一つも払わないということはあり得ません。ベルリ領への特別な支援でも……とか思っていたけど、思った以上に大丈夫そうなので困りましたね。――何かありますか、欲しいもの? 何でも言ってごらんなさい」




「欲しいものですか? えっと、……あっ! じゃあ――」




 オフェリアの言葉に素直に考えるルベリ。

 この話の流れ、報酬として欲しいもの答えてしまっては話を聞いてもいない状態なのに引き受けるしかなくなるのだが、経験の浅い彼女はあっさりと流されてしまい……そして、思いついた答えを口に出してしまった。




「オフェリア様! 友達になってください!」


「…………はい?」



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